ようこそ「勝手創千界」のホームページへ

最終更新日  2016.07.20

 

 

 

この世界が持つ多くの問題への解決は待っていては果たせない

より良き社会を目指して我が「勝手自由なる提案」を創り上げていく

そして「勝手創千界」の描く世界から解決に向けての一歩を踏み出す

 

 

それは自由なる創造的発想の中から生まれてくる

「フリーエネルギー」こそに人類の未来がある

この混沌とした時代にあって新しいエネルギーモデルの提示が必要だ

 これまでの人類史で繰り返し探求されてきた「フリーエネルギー開発」の夢を

我に課して生きてゆく

 

 

  フリーエネルギー(トーラスと共にあらんことを)

 

電磁エネルギーとトーラスと磁場と循環システムの考察

 

(electric field, torus field and magnetic field ,Circulation system

 

 「あらゆる生命は動きである。自然界の動きに直線はなく、らせん形、あるいはらせん状の渦巻きの形をとる。らせん形は混沌から秩序を発展させる流体エネルギーの本来の姿である。ヴィクトルは、これを銀河の構造から原子にいたるまで、生命の自然な動きととらえた。らせん形は本書で一貫して見ていくように「調和的対応」を生むための最も普遍的媒体なのである。上の如く、下も然りなのだ。渦巻きは実にさまざまな方法で発達する。渦として上向きあるいは下向きに動いたり、円を描いて回転したり、渦自体が逆転したりする。動きがあるところには必ず渦巻きが生じる。水の場合、それは目に見えるものだが、気体、さらに電界も渦巻きやドーナツ状の形をとる。筋肉、組織、血液、骨その他の多くの有機生命の形も渦巻き型である。」

 

ー自然は脈動する―ヴィクトル・シャウベルガーの驚くべき洞察ー

 

「我がフリーエネルギー装置」はここから創造される。

 

 

 

「動き」についての洞察は、ヴィクトルの発見の中でもっとも重要なものだろう。機械的動きと自然の動きの違いを、遠心性の動きと求心性の動きと捉え、「渦巻き」を宇宙のもっとも重要な創造的運動システムとし、竜巻から植物の成長にいたるまで、らせん形はエネルギーを異なるレベルに変換する自然のメカニズムと捉えた。

 

ヴィクトルは、まさに万物創造のエネルギーは

トーラス構造にあることを示唆している。

 



人の生きている時間感覚はそれぞれであり、多くを求めれば短く、求めないのであれば長く感じる。そして人の一生はトーラスの如く流転し、変化し、形を変え、膨張し、収縮している。人も悠久の時間をもつ自然の一部であり、素粒子が集合し、長い時間を経て、ひとつの形態としてデザインされ物質化されているのである。


 

 

May the Torus be with you

 

(トーラスと共にあらんことを)

 

 

 

Space creation principle

 

(宇宙創造原理)


 

  今日の思い -過ぎ行く時間の中で思考を捉える-

 

マイジェネレータ開発への道 2016/07/10

 

 

防水携帯ケースの中にバッテリー(suaoki G7 18000mAh大容量 ジャンプスターター モバイルバッテリー 12V車 出力12 16 19V スマートブースター PC 携帯にも充電可能)を格納する。走行風タービン発電機からモバイルバッテリーに充電させる予定です。

 

 

「ファブラボ」が生まれた理由

個人による自由なものづくりの可能性を拡げ、『自分たちの使うものを、使う人自身がつくる文化』

 

 

 田中浩也=慶應義塾大学環境情報学部 2016/06/20

 

「ファブラボ」とは何か

 

 今思えば、2010 年に筆者らが日本で初めて「ファブラボ」の準備を始めた当時、この言葉、そしてコンセプトを知る人はまだとても少なかった。しかし6年が過ぎた今、ファブラボは筆者が知る限り日本各地に16 か所(準備中も合わせれば30か所、世界には約700 か所、またファブラボ以外の「ファブ施設」まで概念を広げれば、国内にも100 か所以上が存在する。その地図は文献(1)に公開。)まで草の根で輪が広がり、その活動は政府の報告書にも頻繁に取り上げられるようになった(2)~(4)。2015 年の春、筆者が大学1 年生の授業で「ファブラボを知っていますか?」と質問を投げ掛けてみたところ、およそ半数の学生が手を挙げていた。書籍・雑誌・メディアでの紹介も進み、国際会議・国内会議も開催し、その様々な可能性を議論し実践してきたことが、ある程度実を結んでいるのだろうと考えている(5)、(6)。

 

 しかし、改めて、そして何度でも、繰り返し問うてみたい。「ファブラボ」とは何だろうか? これは、この原稿を読まれているあなたにも、そして実は筆者自身にも、依然として開かれた問いなのだ。

 

 筆者ら有志メンバーで運営している「ファブラボ・ジャパン・ネットワーク」の公式ホームページ上には、次のような説明を掲載している。「ファブラボは、デジタルからアナログまでの多様な工作機械を備えた、実験的な市民工房のネットワークです。個人による自由なものづくりの可能性を拡げ、『自分たちの使うものを、使う人自身がつくる文化』を醸成することを目指しています」。

 

 これは2012年の時点でメンバーで話し合った末の文言だった。ここで言う、アナログな工作ツールとは、のこぎりややすり、はさみなどであり、そしてディジタルな工作機械とは、近年になって急速に認知が進んだ「3Dプリンタ」や「レーザカッター」「CNCルータ」「ディジタル刺しゅうミシン」などディジタルデータから物質を加工する技術群を指す。3Dプリンタを含むディジタル工作機械は、過去から存在していたもので、特に最近登場したというわけではないが、一昔前までは、ほとんどが数百万円か数千万円オーダであり、企業だけが試作目的で所有している状況であった。しかし、特許の期間満了等幾つかの要因があって、2000年代にこれらのオープンソース化・小形化・低価格化が一気に進んだ。現在では10万円を切る価格で家電量販店でも3Dプリンタが購入できる時代になり、「ディジタルデータからものを作る」機械に、市民が気軽にアクセスできる状況になってきた。

 

こうして、技術の展開だけを見れば、ディジタル工作機械が「企業向け」から「個人向け」へと展開してきた変化を指摘できるが、ファブラボの登場には、実はもう一方での社会の意識変化も大きく影響している。社会の側では、20世紀型の「個人」という概念、そしてそれとセットである「所有」という概念に揺らぎが生じているのだ。確かに工作機械は安くなったが、そこまで頻繁に使うわけではない個人向け工作機械を、一人一人が「個人で購入」して「所有」する必要は本当にあるのだろうか?また、個人的なものづくりをするためにも、それが個人的だからこそ、ソーシャルネットワーク等の「仲間」が必要なのではないだろうか?こうした一連の考え方が「ソーシャル」と呼ばれる時代のメインストリームとなった、「シェア=共有」のパラダイムである。

 

 こうしたことから、工作機械を共同で保有(シェア)し、仲間とともに実験し、分担して維持(メンテナンス)しようという発想が生まれる。そして更に、限られたメンバーだけに閉じるのではなく、参加したい人々に対して機会を常に開き、新たなコミュニティ形成にもつなげていこうという流れが生まれる。それぞれの地域コミュニティにおいて、ディジタルからアナログまでの多様な工作機械が一体何に使われるのか、どのように役立つのか、その可能性を様々な人々を包摂しながら開拓し、実験しよう、という意識が芽生えてくる。その方向性に共感した地域から、続々とファブラボが立ち上がってきたのである(図1)。以上が市民工房「ファブラボ」の最も簡単な説明と言えよう。

 

 この説明は、もちろん情報として誤りはない。実際、この説明に基づいた「ファブラボ」の理解が、一定程度国内に広がっていることも事実である。3Dプリンタやレーザカッターに触れてみたい、見てみたい、何か作ってみたい、とする人々がファブラボには毎日訪れている。

 

 しかし、ここで筆者は自省してみたいのだ。「3Dプリンタ」や「レーザカッター」といった機械が置いてありさえすれば、それが「ファブラボ」なのだろうか?直感的な答えは、もちろん否である。それだけでは単なる「サービス」にすぎないだろう。ファブラボが「ラボ(研究室、実験室)」であるための必要条件と十分条件は、同じではない。それがなぜ「ラボ」であるのか。

 

 そこで次は、まずファブラボの起源にまで遡ってみよう。

 

「ファブラボ」の誕生

 

 時は、2000年前後にまで遡る。パソコンとインターネットによる情報革命がまだ全盛の時代、恐らく次には「ディジタル工作機械」こそが、パソコンと同じように、小形化・低価格化そしてパーソナル化・デスクトップ化の歴史をたどるのではないか、と予測していた研究者がいた。マサチューセッツ工科大学教授のニール・ガーシェンフェルドである。元々は物理学者であり量子コンピュータを研究していた彼は、MITメディアラボに所属していたが、NSF(National Science Foundation)の資金を得てMITの中に新しい研究センター(Center for Bits and Atoms)を立ち上げることになった。そこで中核テーマに据えたのが、情報と物質をつなぐ新しい工作機械やその制御ソフトウェアなどの研究開発であった。

 

 程なくして研究活動が開始され、システムが完成し、電子回路から立体造形まで一通りのプロトタイピングを「個人」が行える技術環境を順調に開発することができた。開発目標が定まり、優秀な工学者が集まったこともあって、比較的順調に技術開発が進んだのであった。

 

 しかし、ここまで来て彼らはふと立ち止まるのである。

「このシステムは誰に何の目的で使ってもらえるのだろう?」

 

 確かに彼らは、企業しか使えなかった高価な技術を低価格化し、個人でも使えるようにダウンサイジング化することに成功した。それまでは企業しかできなかったようなプロトタイピング作業を個人でもできるようにすることを目指し、そうした開発目標を彼らは「技術的に」達成しつつあった。しかし彼らは、自分たちが作った進化した技術を使って、実際に自分たち以外のどのような個人が、社会の中で、どのような方法で、どのようなものを生み出すのかが、具体的にイメージできなかったのである。

 

 新技術は完成したが、実際の利活用のイメージが固まらない。こういう状況は、工学の研究者であれば、誰しもが思い当たることがあるだろう。最近であればこうした場面で、研究者自身が一生懸命「ユーザのペルソナ」を設定して利活用のシナリオを描き、ビデオを撮影して「こんな風に使われるんじゃないか」、「こんな風に使われるといいな」という想像を巡らし、それをビジョンとして提示するやり方が好まれる。そこには専ら技術に込めた「夢」や「期待」が色濃く表れる。SIGGRAPHやCHIといったインタラクションの学会ではこうした作法が広がりつつある。

 

 しかしニール・ガーシェンフェルドはそのやり方を選ばなかったのである。ここで全く別のアプローチが試されることになった。MITから電車で1時間ほどの場所にある地域コミュニティセンター「サウスエンドテクノロジーセンター」に、MITで開発した個人用工作機械と制御システムを全て設置し、近隣の市民に自由に、好きなように「使ってもらえるように」したのである。そこで日常生活の中で、現実に何が起こるのか、そして何が起こらないのかを、やや長い期間、観察することを通して、技術の利活用の可能性を、「架空の(頭で思い描いた)シナリオ」ではなく、「現実に根差したエビデンス」として捉えようと考えたのだった。そのときに設置された「実験的な市民工房」こそが、世界で最初の「ファブラボ」であった。

 

 設置された施設は、当時スラム街だったエリアの一角にある。(注:2016年現在はエリアの環境は大幅に改善されている。)治安は悪く、異なる国からやって来た移民の間の不信も強く、コミュニティは崩壊、そして学校に通うことのできない子供がたくさん住んでいた。道路の落書きが増え、ゴミは散乱し、小競り合いや事件も絶えない。そのような荒れた場所ではあったが、唯一、小さな学びのためのコミュニティセンターがあった。そこには、インターネットとパソコンが使えるITルーム、そして音楽室が設置されていた。ここに後追いでファブラボがインストールされたのである。こうして、大学(MIT)の中にあった機材を、「社会問題を抱えた地域」に持ち出し設置したことが、ファブラボの方向性を大きく決めることになる。

 

 結果として、そこで起こった技術の利活用のされ方は、ニール・ガーシェンフェルドの当初の想定を大きく上回るものであった。スラム街に作られたファブラボは、地域の子供や大人が毎日通う場所になり、「作った本人」の人生を劇的に変えるような、ユニークな電子ガジェット、プロダクト、デバイスの数々が次々に生まれた。作った本人はそのプロダクトのヘビーユーザとなり、その幾つかは販売されることにまでなった。他方、販売はされないが家庭や職場の環境を劇的に改善する一点ものも多数あった。いずれにせよ、ここには、アノニマスな「製品」ではなく、一人一人の「固有名(個人名)」と「ストーリー(ものがたり)」と「もの」とが不可分に基づいた個別一品生産の可能性が顕在化したのである。

 

 このことが理系の技術者であるニール・ガーシェンフェルドにもたらしたであろう意識変革は想像に難くない。一般的に、理系の研究者は「一般論」のわなにどうしても陥りがちな傾向を持つ。技術の使われ方を考える際にも、「世の中の多勢」つまり「平均的な大衆」像を脳内に勝手に作り上げてしまいがちである。しかしそうした「架空の想定」のあい路にはまり込むことなく、現実の中での、一人一人の顔、一人一人の人生に根差した「個別具体的」な、臨床的な世界へと着地したのがファブラボの功績であったと筆者は考える。つまりは、工学と文化人類学が接したのだ。

 

 彼は、ここで発見した、生き生きとした個人の顔の見える世界でのものづくりを「パーソナルファブリケーション」と名付け、「パーソナルコンピュータ」の歴史と並置するようにしてその社会がやってくる必然性を歴史的に語り起こし、世界に発表していくことになる(7)、(8)。

 

 この書籍の半分のパートは、技術体系を概説し、技術史を整理することに捧げられているが、残り半分のパートは、彼自身が活動の中で出会った世界中の具体的な「一人一人の名前」が章のタイトルとなって記述され、それぞれの背景や人生のストーリーが描かれている。不思議な形式の書籍である。

 

技術の使われ方が発見されるとき

 

 ファブラボ誕生の経緯からも言えることだが、新しい技術が社会に本格的に着地し、展開を始めるときとは、技術者が考えたのとは異なる「使い方」を、利用者の側によって見つけられたときなのではないだろうか。

 

 筆者を含め、技術者は、技術を進化させること自体に喜びを覚える存在であることは否定できない。しかし他方、その技術が本当に社会で活用されるためには、自分以外の、異なるタイプの「利用者」を見いだし、そうした人たちの参加を促し、行動を観察しながら、彼らが何をどう本当に求めているのかを見つけ出す必要がある。更には、技術の利活用例や新しい可能性を「共に」開拓していく姿勢こそが大切である。この考え方が、今、社会的にも大きくなってきていることは、近年のハッカソンやメーカソン、デザイン思考などの高まりを考えても明らかである。

 

 そうしたことから考えれば、ファブラボが単に3Dプリンタやレーザカッターといった「新技術」のアクセス(利用)を「社会(ここでは一般市民のこと)」に提供し、教育、啓発する“だけ”の施設であったとしたら、それはまだ不十分である。むしろ、まだ目的のはっきりしない段階の技術をいち早く取り入れ、その利活用(使い方)の可能性を市民が自由に実験し開拓できるようにして、そこから技術の新しい意味を生成・熟成させることこそがその本来の役割である。ここに、技術と社会の、どちらかが上位でどちらかが下位ではない、「双方向の」交流と貢献が生まれるはずなのだ。

 

 例えば次のような逸話がある。ファブラボでよく使われるようになった機械に「レーザカッター」がある。レーザカッターは、平面にレーザ光で彫りを入れるための機械であり、元々は看板や印鑑を作ることに多く使われていたものだ。小形レーザを購入するのはもっぱらそうした業者であったという。しかしファブラボに導入されて以後、レーザカッターは、小形マイクロコントローラArduinoのケースを作ったり、平面の部品を組み合わせて小さな箱を作ったりすることに使われるようになった。その理由の一つは、CADソフトウェアの進化にあった。2Dだけでなく3Dのデータが作りやすくなったことでこうした活用法が開拓されたのである。今や、Dukta Bendingという細い切り込みを木に入れる技法で三次元曲面を作り出せるまでになり、工芸作家やAppleまでもが注目する技術となった(後に、Appleはこの技術の特許を取得している)。レーザカッター販売業者の方々は、こうした3D目的での「利用」がされる日が来るとは、これまで夢にも想像していなかったと次々に驚きを口にする。技術の新たな利活用法をユーザが広げた例ではないだろうか。

 

 世界最古のファブラボは結果的にスラム街のコミュニティ再生に大きく貢献した。ほかにも、世界のファブラボでは、農業の問題、林業の問題、介護/看護の問題、伝統工芸の疲弊の問題などに対して、適切な新技術を、ちょうどいい距離感で結び付けながら、多くの人々の参加を促し、包摂を通じて解決できるように導く取組みが、今も多数進められている。

 

 「必要は発明の母」という言葉があるが、イノベーションは、ある固有の問題と向き合い、斬新な方法での解決を進めた際に起こりやすい。この場合、ソリューションとイノベーションは限りなく一つにまとまり、結晶化する。こうした作法は近年「Contextualized Innovation」と呼ばれて理論的な整理も行われつつある(9)。

 

 こうした際、社会問題は、大学の中や企業の研究所の中にないことは言うまでもないだろう。外のフィールドで起こっているのだ。そうしたことから、むしろイノベーションを促進するためにこそ、大学や企業の中ではなく、「固有の問題を抱えた地域や場所」が積極的に選ばれて、そうした場所にファブラボが設置されるという事例が海外で続いているのである。

 

 実際、ボストンのファブラボと前後するようにして作られた世界最古のファブラボは、一つはインドの山奥の小さな村の中、もう一つはノルウェー北部の小さな牧場の中に作られている。まだ水も完全に浄化されているわけではなく、電気も不安定なインドの山奥では、どう猛な犬を超音波で撃退する装置や、日光で調理をするためのソーラークッカー、自作のWiFiアンテナ、農業やかんがいの支援のための装置などがファブラボで日々作られている。ノルウェーのファブラボは山の湖のほとりにあるが、羊一頭一頭にGPSを取り付けて、その位置を記録するためのハイテク牧畜システムが構築されている。羊飼いによる現場でのイノベーション・ソリューションである。一次産業の問題を、現在のICTが解決しようとしているのである。

 

 その後、個人的なものづくりの世界はクリス・アンダーソンの「Makers」でも描かれ、個人メーカーによる「ハードウェアスタートアップ」の登場がニュースとなり、都内には大形のシェア工房・レンタル工房の設立が今も続いている(9)。しかし筆者は、人口の多い都市のオフィス街などではなく、病院や森の中といった、「固有の課題」を抱えた場所や地域の中にこそ、これからファブラボを多数設立すべきだと考えている。そこにこそニーズがある。

 

 「新技術」があり、新しい視点を持った「参加者」がいるだけではまだ足りない。解決したい「社会課題」があること。このことで初めて強度を持った「プロジェクト」が持続的に生まれる環境になるのだ。

 

 これから、ファブラボは「ものづくり施設」ではなく、「課題解決ラボ」に近づいていくだろう(10)。筆者はそういった希望を込めて、ニール・ガーシェンフェルドの唱えた「パーソナルファブリケーション(個人的なものづくり)」を、「ソーシャルファブリケーション(社会的なものづくり)」に昇華させたいと、技術と社会の両面からの研究活動を実践している。それこそが、課題先進国と言われる日本でファブラボを展開する筆者らの役割でもあると思うのだ。

 

文献

(1)Fab Map, http://fablabjapan.org/2014/12/07/post-5356/

(2)総務省,“ファブ社会の展望に関する検討会,”http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/fab/

(3)総務省,“ファブ社会の基盤設計に関する検討会,”http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/kenkyu/fab_kiban/index.html

(4)経済産業省,“新ものづくり研究会,”http://www.meti.go.jp/committee/kenkyukai/seisan/new_mono/report01.html

(5)渡辺ゆうか,津田和俊,岩嵜博論,すすたわり,水野大二郎,太田知也,松井茂,久保田晃弘,城一裕,FABに何が可能か「つくりながらいきる」21世紀の野生の思考,田中浩也,門田和雄(編),フィルムアート社,東京,2013.

(6)Fabの本制作委員会,実践FABプロジェクトノート 3Dプリンターやレーザーカッターをつかったデジタルファブリケーションのアイディア40,グラフィック社,東京,2013.

(7)ニール・ガーシェンフェルド,Fab─パーソナルコンピュータからパーソナルファブリケーションへ,田中浩也(監修),オライリージャパン,東京,2012.

(8)田中浩也,FabLife─デジタルファブリケーションから生まれる「つくりかたの未来」,オライリージャパン,東京,2012.

(9)クリス・アンダーソン,MAKERS─21世紀の産業革命が始まる,関美和(訳),NHK出版,東京,2012.

(10)徳島泰,“‘コンテキスチュアライズド・イノベーション’環境の構築による経済開発:フィリピン共和国ボホール州における『FabLabを用いたイノベーション環境構築による貧困削減プロジェクト』,”2015.http://jicari.jica.go.jp/ja/topic/post_226.html

 

http://techon.nikkeibp.co.jp/atcl/feature/15/051700030/051700001/

 

思いを形にする

 

何かこういうものを作りたいと考えたとき、個人は「日曜大工」や「DIY」で資材や工具を購入し、手作りとして簡単なモノを作ることは出来た。複雑な金属加工や電子回路が必要な工業製品などは、これまで個人で作ることは不可能であった。複雑で難しいモノの製作は、高価な製作機械を持つ企業やプロに任せるしかなかったが「パーソナルファブリケーション」という個人によるモノづくりの場である「ファブラボ」の登場と活用により個人的なものづくりが可能な新たな製造の時代が到来した。

 

個々の持つ思い(精神)を、様々な形(物質)にすることが可能な道具と技術を手にし、この世に唯一のモノ(精神と物質のエネルギー融合体)を創り出すことが、人の持つ本来のモノづくりという生産活動である。

 

生産活動とは人間が生きるため、また社会が存続するためには常にさまざまな食料、衣服などの生活手段や商品・サービスが必要になる。原材料や資本、土地、労働力などを用いてこれを作り出すこと、または作り出す過程が生産と呼ばれる。経済学においては、生産に伴い商品には付加価値が付与されると考えられている。

 

生産活動としては、以下のものが挙げられる。

 

第一次産業

農・林業 - 農産物を栽培・育成し、収穫すること。

水産業 - 魚介類を養殖・収穫すること。

第二次産業

鉱業 - 地下資源を採掘・精錬すること。

製造業 - 原材料・部品を組立・加工すること。

建設業 - 建物・施設等を建築・建設すること。

第二次産業の生産は製造ともいう。

第三次産業

サービス業 - サービスを提供すること。

第三次産業はサービスの特性上(在庫ができない)、生産=出荷(提供)=費消(使用)となる。

 

生産とは工場において材料から部品、製品などの商材を作る行為である。

 

 インダストリー4.0

 

第一次産業革命では水・蒸気を動力源とした機械を使った生産の事を指し、第二次産業革命では電気を使い機械を動かして分業の仕組みを取り入れたことにより大量生産(マス・プロダクション)が可能となり、そして第三次産業革命はコンピューターエレクトロニクスを使ったオートメーションが実現された。 インダストリー4.0はそれに続く「第四次産業革命」という意味合いで名づけられたものである。

 

IoT

 

コメントはこちらから

2013年

6月

09日

勝手創千界から世界へ

この世界が持つ多くの問題への解決は待っていては果たせない

より良き社会を目指して我が「勝手自由なる提案」を創り上げていく

そして「勝手創千界」の描く世界から解決に向けての一歩を踏み出す

10 コメント

2013年

1月

01日

勝手にエネルギー論を構築する

人類の行く末は「エネルギー」を如何に獲得していくかである。

日本の社会も経済も「エネルギー問題」の解決抜きには語れない。

6 コメント

2012年

10月

02日

新しいエネルギー開発に向けて

「水危機」と「エネルギー危機」が目前に迫っている。この二つの「危機」だけでも「人類の生存基盤」の危機である。 一刻も早く、地球と人類にとって安全・安心な「自然エネルギー」「再生可能エネルギー」の開発が求められている。

10年、100年先の「危機管理」として、今から行動しなければ遅いことは明白だ。

「消費社会」から「循環社会」「持続可能社会」「自然共生社会」「エネルギー自立社会」へ向けての「意識改革」と「構造改革」が重要である。

7 コメント

2012年

7月

08日

新しい日本改造に向けて

国の言う「国民のための判断」が本当でないことが明らかにされているいま

国民の持つ価値観として、何が大事で何が大事でないかという判断や、ものごとの優先順位づけ、ものごとの重み付けの体系の価値判断から、3.11震災を契機にした「新しい価値観」と「国民全体の幸福度」についての「提言」が、いまこそ日本に必要である。

10 コメント

2012年

6月

04日

勝手に発想法を研究する

差し迫る「少子高齢化の縮小社会への突入」「産業の空洞化」「エネルギー問題」「雇用問題」「財政問題」等々・・・日本社会が抱える問題は多岐に渡るが、政治や行政や官僚に「問題解決能力」の欠如が著しい。

さらに日本の技術を支える産業界や学界の「研究開発機関」においても「劣化」が進んでいる。

今こそ「フロンティア精神」と「新しい発想」が連動して「革新的なイノベーション技術」を生み出していくことが必要だ。

6 コメント

2012年

5月

01日

自然エネルギーと共に生きる

日本の自立と未来を切り開くためには、日本の国土に適合した再生可能エネルギーの社会が必要であり、最先端の日本技術を結集して「世界に誇れる日本」を創っていかなければならない。

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2012年

4月

07日

勝手創千界から「尊敬される日本」へ

まず、現状のまま進行した100年後の日本の未来を想定し、その想定社会状況から、今必要な「方策」を考えてゆく視点が必要ではないかと思っています。新しい視点が必要です。

「勝手創千界」による「勝手な発想」が「脳内停止」状態の人々に「インパクト」を与えなくてはいけません。

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2012年

3月

11日

3.11震災から海上都市計画へ

3.11震災を契機として、日本という国家のもつ様々な問題点が明らかにされ、新しい国家像が求められている。たぶんこのままでは、さらに日本の解体状況は進んでいくだろう。ラブーン海上都市計画がひとつの方向性を提示できればと思う。

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2012年

2月

19日

勝手に復興計画 in 石巻を提案

3.11震災からの新しきまちづくりとして「勝手に復興計画 in 石巻」を発進いたします。

6 コメント

2011年

12月

31日

ホームページ開設

3.11震災以降、如何にすれば「津波につよいまち」が可能なのか?考えてきました。

その「ひとつの答え」を提示できればと思います。実現に向けて多くの人の意見を求めています。

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