トーラス生命論

 

トーラス生命論-1

 

生命の誕生と死

 

人間社会を中心に観れば、人の生命の尊厳を規範としなければ社会は成立しない。命を軽視する人殺しは社会悪であり殺人罪として現代社会は殺人者を最高刑をもって罰する。しかし現代社会に於ける大量殺人行為である戦争や虐殺、殺人事件が世界各地で行われている様を観れば、生命を尊厳する社会規範が失われていることは確かである。生命の尊厳を規範とする理性に対して、人の持つ本能である支配欲、金銭欲である狂気が理性を超えれば人間社会は堕落し崩壊する。そして人類は今だ、究極の目的である恒久平和には程遠いし、平和を叫ぶこと自体に虚しさと欺瞞を感じる。人の持つ理性を信じるのかを問われれば、信用に値しないと答える以外にはない。人は狂気なる理性という仮面を纏い、生命のもつ神秘さと荘厳さに近づくことも許されない愚かなる存在であることに自覚さえしていないのである。しかし人の持つ理性や狂気に関係なく、生命の誕生と死滅は宇宙エネルギー構造体のなかでトーラスの如く循環し続けている。生命輪廻は宇宙創生の原理であり、人の生と死の限られた時空間は宇宙エネルギー体の中で存在し、共鳴共振している。ひとつの限りある生命エネルギーは広大な宇宙エネルギー体を構成する一部として存在し輪廻しているのである。

 

 

生命誕生システ

生命誕生から成長を経て死へ続く人生という名の道程である流転する生命エネルギーは、その存在自体に意味があることを知る。だが今だ高度なる生命誕生システムと生命循環システムによって支えられた世界が宇宙時空間に存在している理由の解明は果たせずにいる。知の次元レベルは、低次元から高次元の世界を窺い知ることは出来ないのであり、生命誕生の真の理解は現在の次元を超えた知的新人類の出現を待つしかないが、それでも悲しき先の見えない試行錯誤の中に高次元への道がある。全ての生命体が過酷な生存競争の試練の中で、生き残ることだけが課題ではなく、生命誕生の喜びと生命死滅の悲しみの狭間の中で、ひとつの生命が果たすべき使命の解明こそが、知性の究極の課題である。この世の全てがエネルギーであるならば生命エネルギーは、この世のエネルギーと一体であることが何故か理解されていない。この理解こそがトーラス生命論の核心である。そして生命誕生の理由は在るのではなく、その理由を探し出すことにある。回答が得られるかも解らない孤独なる探求の果てに今は理解しきれない答えが導き出される道程を歩むことこそが生命誕生の真相に、より近づくことが可能になると信じている。それはトーラスシステムによって凝縮されたエネルギーは物質として固定化され、精神を宿す生命体として成長する万物創生のシステムを理解することである。この万物創生のシステムと人類の造り出した全てのシステムと比較すると、人類のシステムなど陳腐であり、粗雑であり、未成熟である。生命について何も解っていないし、生命のもつ崇高さを理解していない。平和とか豊さとかの言葉に隠された欺瞞なる既存の支配システムからの自由なる解放思想が知的深化を生み出すだろうが、確実なのは今後100年の内に人類の70億人に死が訪れることである。生命の限られた時間の中で、人類の進化にとってはひとりの知性をも無駄には出来ない。

 

 

生命サイクルの潮流

 

人類が生まれる何十億年も前からこの地球上には多くの生命が誕生し、今もバランスを保ちながら果てしない生命サイクルの潮流が続いている。地球上に多くの生命を育むことによって生じる生命エネルギーの波動は、地球生命体の意識と化し、人の意識と同期しているのは確かであるが、その波動を捉えることは難しく方法さえも確立していない。現代科学は生命エネルギーがもつ波動の理解について大きな過ちを犯しているのかもしれない。それは生命エネルギーが持つ波動性の存在を非科学的として否定してきたのであり、現代に於いても生命に内在する精神性の解明はいまだ進んでいない。これは宗教の役割が大きいのだろう。宇宙創造と生命誕生の神秘と人類を含む全てを創造したとされる神の存在とが、論理矛盾をきたしていることに他ならない。今だ人は神の下僕であると信じられされている人は多く、支配の道具である経典や聖書が絶対視されている事実があり、神の名に於いて大量虐殺が行われているという狂気なる現実がある。更に教育の名に於いて生命が軽視され、経済の名に於いて生命の尊厳が汚され、国家の名に於いて生命が虐げられている。そして現代まで人類が作り上げてきた社会システムの多くが、最も大切である人の生命を脅かしているという愚かさを露呈しているのである。人類の生命潮流の行き着く先に、豊かな世界が在るとは限らない。このままでは何百何千年先のこの地球上に人類という種が存在していることも不確かである。そして人類の創り上げてきた文明によって人類が滅ぶという愚かなる狂気の時代を向かえるかも知れないのである。

 

 

生命循環の脆弱性

 

それぞれ独自の形態と機能を持つ地球上の多くの生命体である動植物によって生命循環が保たれているが、生態系の頂点であると自負してきた人類の生命サイクルも地球上の生命体である以上、生態系の相互作用の環境の中で生命サイクルが維持されている。地球の環境に適合し、生き抜くために進化を繰り返した中で生物の多様性が生み出され、この地球には多くの生命が溢れている。しかし絶妙なバランスを保って維持されてきた生命循環のシステムは繊細であり脆弱であることは確かであり、ひとつの生命エネルギーが持つエネルギーの解明は今だ成しえていない。動植物の様相を観れば、寿命まで生き残ること事態が非常に困難であり、そしてひとつの生命を維持するためには多くの生命体の死が必要である。地球上の多くの生命体は弱肉強食の世界で日々命を守るために生き長らえようとして他の生命を奪いながら生きているのである。この生と死の悲しき生命循環によって、生命体は果てしなき流れと渦のなかで種の保存と生物的進化を目指している。人の寿命はたかだか数十年であり、短くも儚いものではあるが、生命循環にとっては貴重な時間である。地球上の多くの生命体はその時空間のなかで生を全うし、死を向かえるという自然の摂理を受け入れている。しかし人類は自然の摂理に反し、戦争という人類同士の殺し合いによって不自然に多くの生命が断たれてきたし、いまも変わることなく殺し合いが繰り返される狂気の世界を演出している。そして人の生命は一発の銃弾でいともたやすく断たれるのである。この事象さえも多くの生命誕生と死が織りなす生命循環のシステムの一環であり、人智を超えた自然の摂理と宇宙創造の原理の基本であり、全てのエネルギーのベクトルの先に存在する高次元の世界へと向かうための試行錯誤の運動システムである。それは生が在るから死があり、死が在るから生があるという創造原理である生死観に行き着く。

 

 

生命エネルギー

 

全ての物質が素粒子エネルギーによって形作られているとしたならば、生命体の誕生と維持と死滅の過程はトーラスエネルギー理論である創造的運動システムの解明によって明らかにされる。トーラス渦巻き螺旋運動によってエネルギーが凝縮変位され、物質化していく過程で様々な形態をもつ生命体に昇華していく。そしてこの世界は様々な形態を持つ物質が誕生しそして生命に溢れている。だが生命の本質がエネルギーであることが理解できたとしても、そのエネルギーの発生原理を解き明かす術はない。人類が誕生する以前から、この地球上には生物が溢れていたのは確かであり、人類の誕生など地球生命体の一枝にしかすぎないし、現在の70億の人類の数も、地球生命体のほんの一部を担っているだけである。しかし何故に地球上に人類が存在しているかの理由を知りたいのである。物質である肉体に宿る精神領域としての意識が時空間を超えて、ひとつのエネルギーとして存在し、取り巻く宇宙エネルギーとの共鳴を意識できたときに、共振の渦巻き螺旋運動を呼び起こし、新たな意識の次元に昇華してゆくことが可能となり、生命エネルギーの針路が明らかになる。この宇宙を観れば、個々の星が引き付け合うことによって星系を形成し、さらに様々な形状を持つ星団へと発展し、この広大な宇宙が創造されているが如く、個々の生命エネルギーが集合し発展し進化していくことは確かである。そして宇宙を理解する人類の知性の使命は、人類の持つ小さな生命エネルギーが集合し高次元への進化を果たすことにある。生命エネルギーの進化はトーラスシステムの中にあり、収縮と拡散の運動エネルギーが創り出す循環構造の原理を全てのシステムに適用されるべきである。

 

勝手創千界への

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2013年

6月

09日

勝手創千界から世界へ

この世界が持つ多くの問題への解決は待っていては果たせない

より良き社会を目指して我が「勝手自由なる提案」を創り上げていく

そして「勝手創千界」の描く世界から解決に向けての一歩を踏み出す

10 コメント

2013年

1月

01日

勝手にエネルギー論を構築する

人類の行く末は「エネルギー」を如何に獲得していくかである。

日本の社会も経済も「エネルギー問題」の解決抜きには語れない。

6 コメント

2012年

10月

02日

新しいエネルギー開発に向けて

「水危機」と「エネルギー危機」が目前に迫っている。この二つの「危機」だけでも「人類の生存基盤」の危機である。 一刻も早く、地球と人類にとって安全・安心な「自然エネルギー」「再生可能エネルギー」の開発が求められている。

10年、100年先の「危機管理」として、今から行動しなければ遅いことは明白だ。

「消費社会」から「循環社会」「持続可能社会」「自然共生社会」「エネルギー自立社会」へ向けての「意識改革」と「構造改革」が重要である。

7 コメント

2012年

7月

08日

新しい日本改造に向けて

国の言う「国民のための判断」が本当でないことが明らかにされているいま

国民の持つ価値観として、何が大事で何が大事でないかという判断や、ものごとの優先順位づけ、ものごとの重み付けの体系の価値判断から、3.11震災を契機にした「新しい価値観」と「国民全体の幸福度」についての「提言」が、いまこそ日本に必要である。

10 コメント

2012年

6月

04日

勝手に発想法を研究する

差し迫る「少子高齢化の縮小社会への突入」「産業の空洞化」「エネルギー問題」「雇用問題」「財政問題」等々・・・日本社会が抱える問題は多岐に渡るが、政治や行政や官僚に「問題解決能力」の欠如が著しい。

さらに日本の技術を支える産業界や学界の「研究開発機関」においても「劣化」が進んでいる。

今こそ「フロンティア精神」と「新しい発想」が連動して「革新的なイノベーション技術」を生み出していくことが必要だ。

6 コメント

2012年

5月

01日

自然エネルギーと共に生きる

日本の自立と未来を切り開くためには、日本の国土に適合した再生可能エネルギーの社会が必要であり、最先端の日本技術を結集して「世界に誇れる日本」を創っていかなければならない。

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2012年

4月

07日

勝手創千界から「尊敬される日本」へ

まず、現状のまま進行した100年後の日本の未来を想定し、その想定社会状況から、今必要な「方策」を考えてゆく視点が必要ではないかと思っています。新しい視点が必要です。

「勝手創千界」による「勝手な発想」が「脳内停止」状態の人々に「インパクト」を与えなくてはいけません。

13 コメント

2012年

3月

11日

3.11震災から海上都市計画へ

3.11震災を契機として、日本という国家のもつ様々な問題点が明らかにされ、新しい国家像が求められている。たぶんこのままでは、さらに日本の解体状況は進んでいくだろう。ラブーン海上都市計画がひとつの方向性を提示できればと思う。

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2012年

2月

19日

勝手に復興計画 in 石巻を提案

3.11震災からの新しきまちづくりとして「勝手に復興計画 in 石巻」を発進いたします。

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2011年

12月

31日

ホームページ開設

3.11震災以降、如何にすれば「津波につよいまち」が可能なのか?考えてきました。

その「ひとつの答え」を提示できればと思います。実現に向けて多くの人の意見を求めています。

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