我がフリーエネルギー -2013-

 

我がフリーエネルギー-1

 

すでに「我がフリーエネルギー装置」の構想は出来ている。それは自由なるライフワークとして完成を目指す。

 

 

問題意識

 

「太陽エネルギーを源とする自然エネルギーであり、地球に降り注ぐ太陽光・太陽熱、そして水の流れ・海水の流れ・空気の流れ・地熱・バイオ資源から、人の営みと生産に必要なエネルギーを生成する再生可能エネルギーと、石化資源である石炭・石油・天然ガスと、原子力によるエネルギーを枯渇エネルギーとして区別される。資源に限りある枯渇エネルギーによる将来のエネルギー危機と地球環境危機に対して、一次エネルギー源である自然エネルギーを安定的に、かつ安全で、さらに効率よく、環境負荷のない、有効な二次エネルギーに変換するシステムの開発が求められている。

 

そのシステム開発は、物理的エネルギーを最大活用することにある。そのためには先端物理学を理解し応用するなかから、エネルギー効率の良いエネルギー発生装置の開発が可能となる。例えば、物理学にみて太陽光発電は、太陽からの光エネルギーを電気エネルギーに変換する装置であるが、地上に降り注ぐ太陽エネルギーは、その受ける面積によってエネルギー量は決められていて、太陽光パネルの発電効率を上げたとしても、発電エネルギー量は限られ、その最大効率は40%以下とされる。効率の悪さからみて、どうしても太陽光発電は再生可能エネルギーの主軸とはなりえない。 さらに自然エネルギーという常に変動するエネルギーを利用するためには、巨大なエネルギー貯蔵が不可欠になり、これによってますます自然エネルギー利用システムはエネルギー(資源)・原料資源の浪費的なシステムになる。これは更なる工業生産システムの規模拡大なしには実現できないため、全体として工業起源の廃熱・廃物を更に増加させることにほかならない。再生可能エネルギーによる持続可能社会の構築とは言い難い実態が推し進められている。

 

物理学でのエネルギーとは「物体内部に蓄えられた仕事をする能力」であり、人の様々な活動に必要な「動力源」である。物理学によって明らかにされたエネルギーは熱、光、電磁気であり、さらに物体の持つ質量までがエネルギーの一形態であるとされる。エネルギー源へのより深い理解が必要である。主要エネルギーは現代社会においては、一次エネルギー源は化石燃料である石油であり、二次エネルギー源は電気である。そして問題は、このエネルギー源は大資本によって集中管理、支配されているため、人々は生活に必要なエネルギー源を「買わされる」ことになっている。「大量生産」「大量消費」「大量廃棄」の経済社会のなかで、利益追求の過剰設備を維持するために、国産のエネルギー資源自給率が低下し、将来のエネルギー危機が迫っている。」

 

方向性

 

1・フリーエネルギー開発は「循環する自然エネルギーを自ら創り自由に活用する」を目的にし、「大規模集中型の発電開発」とは異なる「小規模分散型のエネルギー開発」と「循環型社会の構築」への理想とする道を目指すことである。

 

2・「人類の叡智」であるフリーエネルギー開発は自然エネルギーを理解する物理学による力学的最大有効利用の中にある。

 

3・それは自然エネルギーによる自立したエネルギー発生装置であって循環サイクルをもつ持続可能なエネルギーシステムであり電力にとどまらずライフラインを構成する熱・水・動力の供給をも可能とするものである。

 

4・エネルギー資源を輸入に頼る先に未来はない化石燃料に変わる新たなエネルギー資源は自然エネルギーの有効活用しかない。有限である資源依存から無限のフリーエネルギー開発が求められている。

 

5・地球が持つ循環システムのなかで人類の存在が許されている現実がある 。この循環システムを取り入れたフリーエネルギー開発でなくてはならない。

 

6・回転と振動がもつ物理的エネルギーが自然エネルギーによる有効エネルギーを生み出す。

 

開発主旨

 

「世を司る物理的な循環システムの中にフリーエネルギーが存在している。石化燃料がエネルギー主体の工業化システムは飽くなき消費社会を生み出し、生産・消費・廃棄の一方的なシステムが地球資源が尽きるまで浪費を止めることはないだろう。人類の生存競争がエネルギー獲得競争と化して格差を拡大し、止むことのない悲惨な社会状況を生み出している。自然循環システムを利用したエネルギーを獲得することが人類に残された唯一の希望である。

 

世の成り立ちを知る物理学を理解すれば世の中はエネルギーに満ち溢れている。地球誕生から46億年の長き時間を支えてきたガイヤ循環システムの上に存在を許されている人類の生存システムは、未だ確立されたものではなくガイヤ循環システムの構成要素の、ほんの一部でしかないことを知る。

 

本来エネルギーはカネとの交換によって与えられるものではないはずだし地球上の生物は平等に自然エネルギーを自由に自ら手にすることができる。それは自然の摂理と物理法則のなかに我が身を委ねることによって得られることに気づくべきである。そのようなエネルギー格差のない人類の循環社会の構築こそフリーエネルギー実現へ向けての究極の夢である。」

 

フリーエネルギー開発ノート

  

 

我がフリーエネルギー-2

 

 

目的

 

「人類は多くの制約の中で生きている。その制約は水不足、資源不足、食料不足、エネルギー不足として社会間と人類同士の争いの元凶となっている。フリーエネルギー開発によって人類に必要なエネルギーを得ることは人類の共通の「夢」である。新しいエネルギー源を獲得することは、世界の仕組みを変えるほどの「インパクト」があるのだ。だからこそ多くの人はそのフリーエネルギーの実現に挑戦してきた。

 

フリーエネルギー開発の歴史を考察してみると、これまでの社会で利用されてきた既存のエネルギー源と違う「新しいエネルギー」が生まれようとしているが、いまだ広く社会に認知されていない。フリーエネルギー開発技術を理解するには、「専門能力」が必要であり、一部の人にしか理解されていないからだ。

 

しかし、ここではフリーエネルギー開発の前提としての進むべき目的を明らかにしなくてはならない。フリーエネルギーは自由エネルギーであり、自由なる精神の中で生まれる「自由力」ではないかと思いはじめている。それは、単に電気や動力を作り出すことが目的ではないはずだ。「自由に生きる力を得る」ことがフリーエネルギーの第一の目的だろう。

 

地球には太陽エネルギーを起源とする様々な自然エネルギー源がある。人類は、その膨大なエネルギーの一部を分け与えてもらっているに過ぎない。やはり「自由に生きる」ためには「自由なる自然と共に暮らす」方法論を学ばなければならない。それは決して難しいことではなく、これまでの歴史を振り返れば、本来人類は自然と共に暮らしてきたはずだ。「モノとカネ」に縛られた生活は、この消費社会にあって当然のようではあるが、不自由な生活の原因でもある。より以上の「モノとカネ」を求めようとすれば、より「モノとカネ」に縛られる。そして、より不自由になり、より不幸になる。「奪い合いの社会」から「分け合いの社会」への変革が求められている。その実現こそがフリーエネルギーの第二の目的である。

 

人が 生きる上で最も必要なものはエネルギーである。そして、エネルギーが尽きれば国家も社会も人も衰退する。これまでの人類の歴史は「エネルギーの奪い合いの社会」でもあった。国家間の「戦争」はエネルギー源としての「領土」「資源」「人力」を他国から得る目的によって繰り返しおこなわれてきたし、現在においても世界中で「奪い合い」が繰り広げられている。地球上の全ての人類が「無尽蔵のエネルギー源」を平等に得ることが可能になれば、争いのない「理想社会」を築くことができる。この社会形成こそフリーエネルギー開発の第三の目的である。」

 

開発者の条件

 

「永続的な未来社会を築くためには、人類はフリーエネルギーを獲得しなくてはならない。その実現は近い将来に可能なのだろうか。フリーエネルギーは夢物語なのだろうか。その目的の達成には「科学力」の発展は欠かせないが、それだけで「理想社会」を築くことができないのは確かである。フリーエネルギーの持つ目的としての「自由」と「理想」と「夢」の追求によって 「真のフリーエネルギー」が生まれてこなくてはならない。そして生物としての生命活動に必要である「真のフリーエネルギー」を如何にして得るのかは、それを実現可能にする「自由なる思想 」「自由なる精神 」「自由なる発想 」「自由なる生き方 」をもつ「自由人」のなかから創造されてくることが必要である。

 

何故なら、エネルギーを独占すれば絶大な「権力」と「利益」を得ることになる。石油会社、電力会社、ガス会社はエネルギー独占による大いなる利潤を上げることが可能となる。それは世界一の会社が石油販売会社であることからも理解できる。しかし本来、石油も石炭もガスも「地球」が生み出した資源であり、全人類のものである。誰かが独占するものではないはずだ。富める者も貧しい者も地球の資源は「平等」に分配され「自由」に利用できなくてはならない。

 

人類の未来ためのフリーエネルギーを考えることができるのは、全ての権威と我欲からの束縛から解き放たれた「自由人」にしかできない。」

 

フリーエネルギーの考察

 

 

我がフリーエネルギー-3

 

 

定義

 

定義-1

 

動力源として一切の化石燃料を使用しないエネルギーシステム(Energy System)でなければならない

 

定義-2

 

電力供給網から独立している完全な 自立システム(Stand alone System)でなければならない

 

定義-3

 

時間と場所に制約されない自由な駆動システム(drive system)でなくてはならない

 

定義-4

 

ガイヤ空間から得られる無限で安価に利用できるクリーンエネルギー(Clean Energy)でなければならない

 

 

「現代社会において生活に必要な動力源としての化石燃料を手に入れるためには、大手独占企業から買う必要がある。ガソリン代、灯油代、電気代、ガス代、水道代、・・・等、お金が無くては生きることもままならない社会である。「命」は大手独占企業に握られている悲しい現実がある。世界の上位大手企業はエネルギー供給企業が独占している。有限資源としての化石燃料の問題性以上に、支配構造として利用されている化石燃料があり、支配からの解放に向けて「動力源として一切の化石燃料を使用しない」フリーエネルギーの開発に意義がある。」

 

「今後、エネルギー供給のあり方は、従来のように遠方の発電所から一方的に送られてくる「大規模集中型」から、地域で必要なだけ電力をつくって共有し合う「小規模分散型」へと変わっていく。私たちは自分たちのエネルギーを主体的に選択・生産し、管理する「エネルギー・デモクラシー」を地域に根付かせ、発展させることによって、フリーエネルギーによる持続可能な社会を実現することが求められている。」

 

「エネルギーを支配すれは社会を支配できる。この幻想のもとにエネルギー既得権者は支配欲に駆られ「カネとモノ」への執着へと突き進む。支配しようとすればするほど新たな変革や創造の必要性を望まない。エネルギー既得権者は、よしんばその必要性を理解できても変革よりも自らの地位の保全を最優先するであろうことは歴史が証明している。

 

彼らは幻想であるエネルギー利権が脅かされることに恐れるあまり、フリーエネルギーに対する妨害と偏見を執拗に進ようとしている。エネルギー利権を知れば知るほど世界の支配構造が見えてくる。「エネルギー不足」との宣伝とは裏腹に、利権による支配はより巧妙に利益優先の経済社会を守ろうと、情報の隠蔽と洗脳情報を流す。このエネルギー支配構造打破の唯一の対抗手段は自由人による自由な発想から創りだされる時間と場所と社会状況によって制約されることないフリーエネルギー開発が人類の未来を切り開くという意思を貫くことにある。

 

そして一人ひとりが「無限のフリーエネルギー」を手にすれば自ずとエネルギー支配構造が瓦解するのは確かだ。世を司る物理的な循環システムの中にフリーエネルギーが存在している。化石燃料がエネルギー主体の工業化システムは飽くなき消費社会を生み出し、生産・消費・廃棄の一方的なシステムが、地球資源が尽きるまで浪費を止めることはないだろう。人類の生存競争がエネルギー獲得競争と化して格差を拡大し、止むことのない悲惨な社会状況を生み出している。

 

世の成り立ちを知る物理学を理解すれば、世の中はエネルギーに満ち溢れている。地球誕生から46億年の長き時間を支えてきたガイヤ循環システムの上に存在を許されている人類の生存システムは未だ確立されたものではなく、ガイヤ循環システムの構成要素の、ほんの一部でしかないことを知る。本来エネルギーはカネとの交換によって与えられるものではないはずだし、地球上の生物は平等にフリーエネルギーを自由に自ら手にすることができる。エネルギー格差のない社会の構築こそフリーエネルギー実現へ向けての究極の目的である。

 

今後、フリーエネルギーは世界に広まって行くことができるのだろうか。誰もが無限で自由なフリーエネルギーを手にすることができれば、この格差に満ちた社会は根本的変わることができる。多くの人々が、より以上に「エネルギー問題」に目を向ければ、フリーエネルギーの開発が進んでいくことが可能だが、未だ人類は「目覚めの時」を向かえていない。」

 

フリーエネルギーの定義

 

 

我がフリーエネルギー-4

 

 

開発視点

 

フリーエネルギーの開発視点として重要なことは「電気は買うものではなく、自分で作り出し、自由に使うものであり電力会社の独占を許さない」という想いである。これまで私たちの生活に必要なエネルギー源は、「エネルギー産業」としての企業によって独占され続けてきた。

 

エネルギー供給を行うのは企業であるため「利益優先」「利潤追求」が先行する。枯渇エネルギー源利用から多くの利潤を得ることができている現状から社会状況が変わらない限り、安価な石油・天然ガス・石炭などの枯渇資源の利用は止まらないだろう。だから、儲からない「自然エネルギー開発」「フリー社会」には「エネルギー産業」は興味を示さないし、欺瞞的な「自然エネルギー発電」で終わらせようとしている。よって誰でも無料エネルギーを得ることのできる「フリーエネルギー開発」に対して、エネルギー独占企業が「無視」「反対」「妨害」する社会構造が存在している。このままでは、私たちは無料エネルギーを獲得することができないだろう。

 

だからこそ「自由な発想をもつ自由人こそがフリーエネルギーを開発することができる」という「夢」を諦めることはできない。トーラスと電磁誘導にフリーエネルギー実現へのヒントがある

 

勝手にフリーエネルギー

 

 

我がフリーエネルギー-5

 

 

システム

 

世界を創造する「渦」と「流れ」と「振動」の物理的現象が「循環システム」を形成している。この考察を進めれば、次なる「フリーエネルギー」が見えてくるのではないか。自然界のもつ「回転エネルギー」と「流動エネルギー」と「振動エネルギー」を有効利用する、新たな「エネルギーシステム」の開発を目指している。目指すべきは、ガイヤの持つ水大気大循環と生態系循環の「循環システム」から学ぶ「循環エネルギーシステム」である。消費社会から生まれるエネルギー資源の一方的「廃棄」による「エネルギー枯渇」ではなく、循環型社会の形成からの「エネルギー循環」に向かう循環システムである。

 

新しい視点

 

「新しい視点として

・遠心力よりも求心力

・膨張よりも収縮

・拡散、分散、分解、分離よりも融合、同化、集合、編成

・膨張性よりも収縮性

を求めることが必要である。

 

ガソリンエンジンは燃料(ガソリン)と空気の混合気をシリンダ中に吸入し、この混合気をピストンで圧縮したあと点火、燃焼・膨張させて(予混合燃焼)ピストンを往復運動させる内燃機関であるが、基本構造は燃料の消費と膨張であり、飽くなき石油資源の消費の上でしかその機能は果たせない。燃焼時の全エネルギーを100%とした場合、ガソリンエンジンの有効仕事は20 - 30%しかない。これまでの人類は地球資源を浪費してきた。現在我々が利用しているエンジンの類は、いずれも爆発力に伴う遠心力を利用したものである。もちろん力は出るが、放っておくと、いずれこの力は分散され、失なわれていく。自発的には回らないのである。ビクトル・シャウベルガーは、強力なエネルギーを生み出す自然現象の観察から内破エンジンを開発した。例えば、台風や竜巻があるが、これらは、そもそもエネルギーを補給していないのである。それなのに、勝手に自発的に回転し、さらには強力なエネルギーを発散している。この現象を調べた結果、その原因は、求心力にあることが分かった。求心力を利用したものは、放っておくと、むしろ回転が増強される方向へ進む。」

 

「現代科学の先端理論である量子力学とは、電磁波と物質の間のエネルギー交換に際して、電磁気学や熱・統計力学では説明できないエネルギーレベルの不連続性を理由付けるために導入された理論である。古典物理学のニュートン力学では、物体に、初期値すなわち「位置と運動量」を与えれば、その物体の運動は完全に決定される。しかしながら、実は原子や分子、電子、素粒子などでは、位置と運動量の両方を同時に正確に確定することができない(不確定性原理)。原子や電子が粒子としての特徴をもつと同時に波としての特徴をもつ(物質波の概念)ことが知られている。一方、光や電波のような電磁波もまた、波としての性質を持つと同時に粒子としての特徴をもつ(光量子仮説)ことが知られている。このような性質をもっている量子という概念を導入すると、量子の確率分布を数学的に記述することができ(確率解釈)、粒子や電磁波の振る舞いを理解することができる。これを量子力学と呼ぶ。現代科学では全ての物質が原子や分子、電子、素粒子などで構成されているというが、同じ素粒子であるにもかかわらず、何故この世界は様々な形態を持つ物質にあふれているのか?の疑問には答えられていない。例えば、同じ素粒子や分子の構成が無機質の石であったり、生物である人間として現実世界に存在している理由と意図が明確になっていない。精神性と物質性にたいしての考察が分離している現代科学では、解明できない問題であることは確かだ。そして理解を超える精神的なる現象を無視しようとする幼稚なる現代科学の精神性こそが問題である。人類の歴史は古代より精神性と物質性の融合理論の上で形成されてきた。」

 

フリーエネルギーとトーラスの考察

 

 

我がフリーエネルギー-6

 

 

基本構造

 

この世界を司る基本構造がトーラスにあることは明らかである。

 

1・自然現象である回転、螺旋、渦、振動の運動エネルギー形態は、現代自然科学によって明らかにされつつあるが、その自然現象を生み出すための基本構造はトーラスにある。

 

2・現代物理学の到達点である量子論に於ける素粒子の振る舞いの解明による宇宙の創造原理はトーラスにある。

 

3・さらに現代生命科学が解き明かす生命誕生のプロセスはトーラスにある。

 

4・そして、現代社会がもつ環境危機に対する解決策は循環社会システムとしてのトーラスにある。

 

5・また現代哲学や宗教論である思想形成としてトーラスが重要である。

 

トーラス学は精神(torus spirit)と科学(torus science)の統合を果たし、トーラス学は人類の悲願であるフリーエネルギー社会へと導くのである。

 

トーラスがもつ無限のエネルギーに依って、この不幸なる現代社会全体の目覚める時が訪れようとしているのは確かだ。創世と生命誕生の「創造神」に対する理解はトーラスの解明から創造されることを知る。

 

 

「我々は無限の空間をあまねく満たす渦の中にいる。その回転速度は想像を絶するものだ。我々を取り巻く全てのものが回転しており、運動している。空間の至る所にエネルギーが存在する。このエネルギーをもっと直接的に利用する方法があるに違いない。そうすれば、空間から光を引き出し、空間から電力を引き出し、汲めども尽きぬ貯蔵庫からあらゆる形態のエネルギーを引き出すことにより、人類は長足の進歩を遂げるだろう。その可能性を考えるだけで、我々の精神は大きく広がり、希望は強固になり、心は至上の喜びで満たされるだろう。」

 

ニコラ・テスラ、1891 年

 

 

 

 

 

「あらゆる生命は動きである。自然界の動きに直線はなく、らせん形、あるいはらせん状の渦巻きの形をとる。らせん形は混沌から秩序を発展させる流体エネルギーの本来の姿である。ヴィクトルは、これを銀河の構造から原子にいたるまで、生命の自然な動きととらえた。らせん形は本書で一貫して見ていくように「調和的対応」を生むための最も普遍的媒体なのである。上の如く、下も然りなのだ。渦巻きは実にさまざまな方法で発達する。渦として上向きあるいは下向きに動いたり、円を描いて回転したり、渦自体が逆転したりする。動きがあるところには必ず渦巻きが生じる。水の場合、それは目に見えるものだが、気体、さらに電界も渦巻きやドーナツ状の形をとる。筋肉、組織、血液、骨その他の多くの有機生命の形も渦巻き型である。」

 

ー自然は脈動する―ヴィクトル・シャウベルガーの驚くべき洞察ー

 

「我がフリーエネルギー装置」はここから創造される。

 

 

 

我がフリーエネルギー-7

 

 

エネルギー

 

「運動エネルギーとしての「回転力」は自然エネルギーを理解するうえで重要である。「台風」「竜巻」「気流」「海流」「渦潮」等、自然は回転力によって成り立っている。人類にとって必要な自然エネルギー利用は、自然の生み出す絶大な回転力の理解から生まれる。この宇宙には、渦の形があふれている。太陽系を含む銀河星雲、生命の故郷である海の海流、大気の流れ、生命情報の収納庫DNA、すべてが渦、スパイラルの形をとっている。回転エネルギーは万物の創造エネルギーでもある。人類を取り巻く環境の宇宙、地球、自然は計り知れないエネルギーを持っている。その膨大なエネルギーは「回転する力」によって人類に自然の偉大さを垣間見せる。そして分子レベルで見れば人類は全て同位元素でありスピン(回転)している。」

 

万物創世の回転エネルギーの考察

 

 

対応

 

「人類がいずれ正気に戻るということもなく、知的指導者に誤った方向に導かれ、間違った情報を教えられていることに気づかないなら、あまねく存在する自然の法則は(因果応報の理で)、このいびつになってしまった文明に必ずやふさわしい結果をもたらそうとするだろう。残念ながら、破滅は自らの過ちが招いたものだと気づくまでに、必ずやきわめて恐るべき破局が起こったり、恥ずべき事実が明るみに出るだろう。この状況を変えるには避けがたく多大な困難が伴うだろうが、それはまさに過ちを犯しているのがおもに権力の座にある者だからである。自分たちの利益を守ってきた制度や人物は、自分たちに非があるなどとは考えず、同胞たる人間が数百万人の規模で死ぬようなことがない限り自分の過ちを認めはしないだろう。」

 

「いわゆる専門家の多くは、このような間違いを正そうとするいかなる系統立った試みにも団結して抵抗する。彼らは自分たちが認められた道を弁護せざるを得ないのだが、それはその道こそが彼らの食いぶちであり、自分たちが死ぬその日まで面倒を見てもらうことを望んでいるためである。それでも、過ちが特定の産業部門だけのものであればこの難題も克服されるかもしれない。数世紀にわたってなされてきたもっとも普遍的な過ちを徹底的に分析すれば、間違った原理と正道を踏み外したやり方から生じた問題の根の深さが明らかになる。そこで明らかになるものは、きわめて重大な文化的、技術的、経済的違反行為であり、いかなる産業部門も無関係なものはない。専門分野が何であれ、必ずしも悪意のない専門家であっても、罪を免れることはできないのだ。」

 

「まず、強い抵抗を覚悟しなければならない。このような状況では専門家はほとんど一人残らず脅威にさらされることは明らかなので、彼はいかなる支援を受けることも望めないだろう。だがこの障害におびえてはならない。というのも私たちが問題にしているのは少数の人間の食いぶちではなく、目くらましされた人類全体の存続だからである。今日の多くの若い人たちの考え方を見れば、なおも人類が倫理的に健全であることは明らかである。彼らはいたるところで生じつつある腐敗の微候に強く反発し、経済的、文化的な袋小路に迷い込む道を考えもなく進み続けることを拒む。」

 

「しかしながら、反発するだけでは何も成し遂げることはできない。原因を突き止め、先行する世代や私たちが犯し、世界を破滅に導きつつある過ちを明らかにしてこそ、若い人たちの努力は現実に成功を収めることができるのだ。」

 

『我らが無益な骨折り』

P-356

 

ヴィクトル・シャウベルガーから学ぶ

 

この鋭いヴィクトル・シャウベルガーのもつ問題意識と批判は、現代社会においても通ずる。

 

ここから2014を生きる

 

 

我がフリーエネルギー-8

 

 

トーラス構造

 

「この世界がトーラス体であり、そして生物としての人間もトーラス体であるならば、人間の存在意義は、全宇宙空間を形づくるトーラス体の一部分を担う構成要素にあることは明らかである。言いかえれば、人間の存在自体は、この世界を形づくるトーラス体の一部であり、トーラス体を構成するエネルギーの流れのなかの一要素だということである。世界を構成する物質としての生物である人間と、人間の精神がつくりだす社会そのものが、トーラス体のエネルギーであるとする意識を持つことで、この世界の観かたが変わってくる。あらゆる生命は動きのなかで存在している。そして自然界のエネルギーの流れが物質の形態を作り出し、その基本システムがトーラスである。トーラスは循環するこの世界の時空間の基本形であり、生物の「生と死」、物質の「創造と破壊」、エネルギーの「拡張と収縮」を司る原理と法則はトーラス構造の理解から生まれる。」

 

 

精神(spirit)と科学(science)の統合

 

「「金にもならない研究はするな!」が現代の科学界の常識だろう。産業界からの資金提供や利益優先主義に染まった幼稚な精神思考(研究所が彼らの世界の全てであり、社会から切り離されて純粋培養された思考)しか持ち合わせていない現代科学者から、新しい革新的な発見など生まれてこない。彼らに将来の技術開発を任すならば、必ずや社会の破滅を迎えることになる。そして、この社会はフリーエネルギーの基礎となる「トーラス物理学」を隠蔽し、研究を妨害しているのは確かだ。トーラスから生まれるフリーエネルギーは社会の束縛からフリーな人間である自由人でしか世に出すことはできないだろう。その一歩はすでに踏み出されている。

 

「トーラス物理学」からは、トーラスのような発電機、トーラスのようなコンピューター、トーラスのようなエンジン、トーラスのような航空機、トーラスのような建築物、トーラスのような社会、トーラスのような世界が創りだせる。

 

精神(spirit)と科学(science)の解明と統合を果たすことが可能な「トーラス物理学」の確立の上に人類の未来が切り開かれる。」

 

フリーエネルギーとトーラスの考察

 

残された時間と空間の中で「トーラス学」への知的探求を目指す。

 

 

2014年01月04日

 

我がフリーエネルギー-9

 

 

発想のヒント

 

「マスはなぜ、重力に逆らって滝を昇れるのか?」

 

「早春の、月明かりの照らす産卵期の夜だった。危険な密漁者を捕まえようと滝のそばに座って待ち受けていたところ、何かがすばやく動くのに気づいた。だがそれが何なのかほとんどわからなかった。透き通った水面に落ちた月光は、よどみにいる大きな魚の群れの動きをことごとく照らし出していた。突然、下から大きな魚が滝に対峙するかのようによどみに入って来ると、群れは散り散りになった。その大きな魚は、他のマスを追い立てるかのように体をすばやくくねらせながらあちこちを激しく泳ぎ回った。その後、大きなマスは突如、溶けた金属のような光沢をもって落ちる巨大な滝の水流の中に消えた。円錐状になった水の流れの下で、一瞬、魚が激しく回転するように舞っているのが見えたが、そのときは、いったいどういうことなのかわからなかった。マスが回転をやめると、みじろぎもせずに上に浮き上がっていくように見えた。滝の下の上り口のところまで来るとマスは体を翻し、自分を強く押し上げて行くような動きで、滝の上部の向こうまでさかのぼって行った。そして速い流水の中で力強く尾を動かすと、姿を消した。」

 

常識的に鱒の滝登りの様子を一見すると、尾びれを利用し体をくねらせ水のなかを泳いでいて、その肉体的動力とスピード力で激しい水流の滝を登ろうとしている様である。しかし鱒の持つ筋力とヒレの推進力だけでは空中を舞う様に「重力に逆らって」滝を登ることはできない。鱒は水の流れが持つエネルギー源である「渦巻き」を利用していることを知る。

 

「うまく光が射していれば、滝のヴェールの中に中空のチューブ状の「浮揚性の流れ(levitaional current)」の通路を見ることができる。これは水がごぼごぼ音を立てて排水溝に流れ込んでできる渦巻きの穴と似ている。この渦巻きは下向きで、吸引力を増しながらあらゆるものを深みに引きずり込む。このような渦巻き、つまり水の竜巻が上へと垂直に生じている状態を思い浮かべてもらえれば、浮揚性の流れの動きをイメージし、マスが落下軸の中を浮き上がっていくようにみえる様子がわかるはず。」

 

水のエネルギーを利用するために、鱒自体が驚異的な身体特徴を持っている。口から水流を引き込み、エラから水を吐き出すことによって推進力を得ている。鱒は現代の最新鋭の潜水艦がもつ「ポンプジェット推進による推進機関」の機能をもっているために、急流の川の中でも、流されることなく身じろぎもせずに静止能力をもって漂っていられるのである。さらに驚くべきことは、エラから吐き出した水流はエラ自体が湾曲しているために、体に巻きつくように「渦流」を発生させる構造を持っているために口の開閉による水流の取り込みを自らが調整し、水流のスピードに合わせて浮揚力を維持している高機能推進機関を備えている。これは鱒自身が考え創りだした機構ではないのだろう。「進化の過程」と言うには余りにも素晴らしすぎる。自然の驚異としてしか理解できない。

 

 

爆縮エンジン

 

「オーストリア人科学者ビクトル・シャウベルガー(1885年6月30日~1958年 9月25日)による、インプロージョン(爆縮)説である。

 

彼は渓流のせせらぎや、そこに生息する川魚など、自らの自然観察に基づき、当時としては画期的な「内破理論」を考案。「自然に抗うこと無く」をモットーとする彼は、従来の燃焼・爆発技術体系を退廃的として批判したうえで、独自の内破理論を応用した「トラウト・タービン」(吸引タービン)と呼ばれる超効率の発動機を開発した。

 

それは、野生動物のツノや、巻き貝等を参考にして作った双極螺旋形状のパイプに水を通し、その求心的な渦巻き流から生じる負性抵抗(負圧)を利用して作動する、「自己推進装置」であったとされる。その為、始動時を除いて、全く燃料を必要としなかった。」

 

ヴィクトル・シャウベルガーから学ぶ

 

勝手創千界への

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2013年

6月

09日

勝手創千界から世界へ

この世界が持つ多くの問題への解決は待っていては果たせない

より良き社会を目指して我が「勝手自由なる提案」を創り上げていく

そして「勝手創千界」の描く世界から解決に向けての一歩を踏み出す

10 コメント

2013年

1月

01日

勝手にエネルギー論を構築する

人類の行く末は「エネルギー」を如何に獲得していくかである。

日本の社会も経済も「エネルギー問題」の解決抜きには語れない。

6 コメント

2012年

10月

02日

新しいエネルギー開発に向けて

「水危機」と「エネルギー危機」が目前に迫っている。この二つの「危機」だけでも「人類の生存基盤」の危機である。 一刻も早く、地球と人類にとって安全・安心な「自然エネルギー」「再生可能エネルギー」の開発が求められている。

10年、100年先の「危機管理」として、今から行動しなければ遅いことは明白だ。

「消費社会」から「循環社会」「持続可能社会」「自然共生社会」「エネルギー自立社会」へ向けての「意識改革」と「構造改革」が重要である。

7 コメント

2012年

7月

08日

新しい日本改造に向けて

国の言う「国民のための判断」が本当でないことが明らかにされているいま

国民の持つ価値観として、何が大事で何が大事でないかという判断や、ものごとの優先順位づけ、ものごとの重み付けの体系の価値判断から、3.11震災を契機にした「新しい価値観」と「国民全体の幸福度」についての「提言」が、いまこそ日本に必要である。

10 コメント

2012年

6月

04日

勝手に発想法を研究する

差し迫る「少子高齢化の縮小社会への突入」「産業の空洞化」「エネルギー問題」「雇用問題」「財政問題」等々・・・日本社会が抱える問題は多岐に渡るが、政治や行政や官僚に「問題解決能力」の欠如が著しい。

さらに日本の技術を支える産業界や学界の「研究開発機関」においても「劣化」が進んでいる。

今こそ「フロンティア精神」と「新しい発想」が連動して「革新的なイノベーション技術」を生み出していくことが必要だ。

6 コメント

2012年

5月

01日

自然エネルギーと共に生きる

日本の自立と未来を切り開くためには、日本の国土に適合した再生可能エネルギーの社会が必要であり、最先端の日本技術を結集して「世界に誇れる日本」を創っていかなければならない。

15 コメント

2012年

4月

07日

勝手創千界から「尊敬される日本」へ

まず、現状のまま進行した100年後の日本の未来を想定し、その想定社会状況から、今必要な「方策」を考えてゆく視点が必要ではないかと思っています。新しい視点が必要です。

「勝手創千界」による「勝手な発想」が「脳内停止」状態の人々に「インパクト」を与えなくてはいけません。

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2012年

3月

11日

3.11震災から海上都市計画へ

3.11震災を契機として、日本という国家のもつ様々な問題点が明らかにされ、新しい国家像が求められている。たぶんこのままでは、さらに日本の解体状況は進んでいくだろう。ラブーン海上都市計画がひとつの方向性を提示できればと思う。

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2012年

2月

19日

勝手に復興計画 in 石巻を提案

3.11震災からの新しきまちづくりとして「勝手に復興計画 in 石巻」を発進いたします。

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2011年

12月

31日

ホームページ開設

3.11震災以降、如何にすれば「津波につよいまち」が可能なのか?考えてきました。

その「ひとつの答え」を提示できればと思います。実現に向けて多くの人の意見を求めています。

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