電磁エネルギーと磁場の考察

 

 

電気の基礎知識

 

電気の歴史イラスト館

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電気とは

 

電気(でんき electricity) とは電荷(でんか electric charge)を持った物質(ぶっしつmatter)である電子(でんし electron)や陽子(ようし proton)やイオン(ion)のさまざまな働きのことです。

  冬になると衣服がこすれて身体にまとわりついたり、ひどいときには火花が発生したりする現象や鉄片などを引き付ける現象は古くから身近にあった電気現象です。 これらは電荷がほとんど移動しない電気のことを静電気といいます。

一般に電気製品等で使う電気は電荷の流れです。そのことを「電気が流れる」といいますが、この現象についてのイラストが「電気の流れ」にあります。

 電子はマイナスの電荷、陽子はプラスの電荷を持っています。電圧(でんあつ)は電荷の集中の度合いを表し、電流(でんりゅう)は電荷の流れを表しています。

  電荷が動くと磁気を発生します。また磁気の変化は電荷を移動させる働き(電磁誘導)があり、電荷と磁気が相互に作用しあって電波など(電磁波)を発生させます。

 

電気の利用

 

 電気が実用になったのは、1800年にボルタによって電池が発明され、それを利用して1831年に5針式電信機が発明され、1838年にはモールス符号で言葉を送る電信の実証試験に成功し、本格的な電気通信が実用化され、ベルによって電話が発明され、計算機の発明によって今日のインターネットの発展につながっています。

 一般の家庭で電気が利用されるようになったのは、エジソンが1882年にニューヨーク市に発電所を建設しエジソン電灯会社が一般家庭の電灯用に本格的に電気の供給を開始してからです。 1834年にダベンポートによって電動機が発明され、電気洗濯機や掃除機等に応用され、家庭用(家電機器の歴史)にも使用されるようになり、電気を動力として利用するようになりました。

 

電気の根本的な性質とは何か

 

電気の基本的な性質は電荷の働きですが、電荷を電子や陽子がなぜ持っているのかを説明するのは困難です。

 

電気の性質としては

 

一つ目 の性質

琥珀が軽いものを引き付ける現象で、電界(でんかい electric field)によって電気力を伝えることです。

 

二つ目の性質

磁石が鉄片などを引き付ける現象で、磁界(じかい magnetic field)によって磁力を伝えるのも電荷を持つ電子の性質(電子の自転:スピン )です。

 

三つ目の性質

電界と磁界の相互作用である電磁波(でんじは electromagnetic wave)である光や電波の性質です。

 

マックスウエルが、それまでの実験的事実に基づいて数学的に電気現象を表現したのがマクスウェル方程式で、当時まだ、電磁波の実験はされていませんでしたがこの式では電磁波の存在を示唆していました。このマクスウェル方程式によって全ての電磁気現象は理論的に説明されます。

 

静止している状態では、電界は電荷から放射状に広がっていて、磁場はループ状になって広がります。

 

電気の歴史概要説明

 

はじめに

 

 電気とは、昔から静電気や雷などで知られてはいたのですが、その具体的な働きや、その働きを説明できるようになったのは18世紀半ばになってからです。

 そして19世紀は電気の発展がめざましく、電気の原理が確立されて、電気の世紀ともいわれています。

 20世紀には電気が実用化の時代に入っていき、同時に電気の本質が量子論で明らかにされてきたのです。

 

古代の電気

 

 紀元前600年頃 ギリシヤのターレスは琥珀を絹の布でこすると羽毛や軽い物を引き付けることを知っていたという記録があり、これが静電気についての最初の記録です。

 琥珀のことをさすギリシヤの言葉(elecktra:エレクトラ)からエレクトロンという言葉がうまれました。

 東洋では、紀元前240年頃 中国の本「呂氏春秋」に「慈石召鉄」と書かれているのが最も古い記録で、日本では「続日本紀」の和銅6年(713年)紀に「近江国より慈石を献ず」と記されているのが最も古い記録とされています。

 マグネット(磁石)の起源には二つの伝説があります。

 羊飼いの少年マグネスが不思議な石を発見し、その牧童の名前から名付けられたとするものと、トルコ南端のエーゲ海に近いところにあったといわれている磁石の産地マグネシアの地名から名付けられたとするものです。

 

電気の原理の発見

 

 電気に関する発展のきっかけとなったのは、1752年の6月、ベンジャミン・フランクリンの雷雨の中で凧を揚げる実験です。

 凧糸を伝わってきた稲妻からの電荷を捉えた実験で、電気は遠い昔から観察されてはいましたが、この実験は稲妻が電気現象であることを証明した画期的な実験でした。

 これは後の電気に関する科学者たちに大きな影響を与えることになります。

 クーロンは絹糸のねじれを利用した非常に精度の高い秤の一種(クーロンのねじりはかり)を用いて帯電した二個のコルク球の間に働く力を精密に測定する実験によって「クーロンの法則」を発見しました。

 ガルバニーの蛙の脚の実験で筋肉が電気によって痙攣するとの論文を読んだボルタは異なる金属間に発生する電気を発見し、電池を発明しました。

 この電池を使って、エルステッドは電流を流した針金の近くに置いてあった方位磁針が電流に反応することを偶然に発見しました。

 エルステッドの報告に接したアンペールは、二本の針金を平行に並べ同じ方向に電流を流すと互いに引き合い、反対方向に電流を流すとお互いに反発し合うことを発見し、電流を力として正確に測定できるようになりました。

 同様にファラデーはコイルの中で磁石を動かして、磁気の変化によって電流が流れるという電磁誘導現象を発見しました。

 早速、これらの原理を通信に応用する試みが開始されました。

 マクスウェルはファラデーやクーロンの実験を基にして、電気と磁気に関する方程式を作り、電気理論を確立すると共に、その方程式を解いて電磁波の存在を予測し、電磁波の速度が光の速度に等しいことを証明して、光は電磁波であることを証明しました。

 ヘルツは電磁波を発生させる実験によって電磁波の存在を実験的に実証し携帯電話には不可欠な、無線通信の基礎を築きました。

 

電気の実用化の時代

 

 19世紀の後半から20世紀の初めにかけて、モールスの電信、ベルの電話、エジソンの白熱電球・蓄音機・映画、ウエスチングハウスの電気機関車、スタインメッツの交流、テスラの多相交流・誘導電動機,マルコニーの無線通信,ラジオ・テレビジョンといった電気工学上の偉大な発明が次々と出てきました。

 電力システムはウエスチングハウスがテスラから多相交流発電機の特許を購入し、これを軸に交流送電方式を開発し、現在の電力はこの方式によって発電所から送電線を通して一般家庭まで送られ家電製品を動かしています。

 半導体が発明され集積回路技術の発展は電子計算機やインターネットや携帯電話に応用され現代人にとって無くてはならないものの一つになっています。

 

電気の歴史を作った人々(伝記)

 

アルベルト・アインシュタイン(Albert Einstein 1879/3/14~1955/4/18)

 1905年には1年間に4つの論文を発表しました。この年はアインシュタインの驚異の年として知られていて、そのいずれの論文も物理学を大きく展開させるきっかけとなったもので、まさしく20世紀の幕開けとなる偉大な業績だったからです。

彼が考え出した公式は沢山ありますが、有名なものは「E = mc2」エネルギーと質量の等価を示す式。「E = hν p = hν / c」光量子に関する式。「ΔE = hν-W」光電効果に関するアインシュタインの関係式があります。

 1905年に特殊相対性理論により運動に対する力学を作り、1915年-1916年には一般相対性理論により加速と重力を含んだ力学を作り上げ、それは運動の早さが光の速度に対して十分遅い場合は従来のニュートン力学をそのまま使えますが、運動の早さが光の速度の近づくと相対性理論によってしか説明できないことになります。

 この相対性理論と量子論を基礎にして宇宙の誕生、物質の根源に係わる課題に向かって現代物理学が新たな分野に向かって突き進むことになります。 

 

アリストテレス (Aristotle 389-322 B.C.)

物質のもっている本性によって、軽い物体は上昇し、重い物体は下降する(落ちる)のだから、軽・重の程度によって落下速度が異なるという落体運動理論提唱しました。

  また、放物体については、投げられた時にその物体に“いきおい”が与えられ、これが空気の抵抗によって徐々に減ぜられて、無くなった時に落ちるという理論を提唱しました。

 彼は古代の学問の方法論を確立し、それを文書にしたことから「科学の祖」と呼ばれています。

 

アンドレ・マリー・アンペール(Andre Marie Ampere 1775/1/20-1836/6/10)

  エルステッドが、電流の流れている導線を磁針に近づけると、磁針がふれることを発見し、磁気と電気との関係を証明したことが1820年パリの科学アカデミーで報告されると、これに感銘を受け、すぐ実験を行いわずか二週間で実験に成功し、その結果を1820年科学アカデミーに報告したのです。

 この論文では二本の平行な導体の間で電流による磁気の作用を数学的に厳密に解析しています。

  この方法は電気の基本単位である電流の強さを定義する式としても有名です。

これらの研究業績を顕彰して電流の強さを測る単位を彼の名にちなんで(A ampere;アンペア)と呼ぶようになっています。

 

トーマス・アルバ・エジソン(Thomas Alva Edison 1847/2/11-1931/10/18)

  1876年には自分自身の研究所を設立し、高速で長距離に届き、電信を自動的に送ることのできる装置を開発しました。

 グラハム・ベルが電話を発明すると、カーボン粒子を利用した送話器を発明し電話の性能向上にも寄与しました。

 1877年には錫箔の円筒形のレコードを利用した蓄音機を発明しました。

 1879年白熱電球を発明し、直流発電機と電動機(モータ)を発明しました。

 1882年には、電球需要に対応するためにニューヨーク市に発電所を建設しましたが、その方式が直流であったことから、後にテスラやウエスチングハウス達の交流方式に敗れてしまいました。

 1888年には映画を発明、1913年にはトーキー(音の出る映画)を発明しました。

 その生涯においておよそ1300もの発明を行ったアメリカの大発明家であり、起業家でもありました。

 

エルステッド(Hans Christian Oersted 1777/8/14-1851/3/9)

 1820年に教室で電流の加熱作用についてのデモンストレーション(エルステッドの実験)を実施していたとき、たまたま近くに置いてあったコンパスが動くのに気づきました。

 ただちに、レポートを作り、ヨーロッパ中の科学者に配布しました。

電気と磁気の相互作用を最初に確認した重要なできごとで、当時かなりインパクトのある情報で、これに啓発されて電気の研究を開始した人が沢山いたようで、偉大な成果を上げたアンペールやファラデーもそうだったようです。

 かれの本職は流体の研究でしたが、1825年には純粋なアルミニュームの分離に最初に成功しています。

 

ゲオルグ・ジーモン・オーム(Georg Simon Ohm 1789/3/16-1854/7/6)

 1820年のエルステッドの電磁気現象の発見に関心を持ってガルバーニ電池の研究に着手し、熱伝導についてフーリエが提出した理論を応用して、温度の違いによって熱の伝導が起きることになぞらえ、電圧の違いによって電流が流れることや、長さや太さの違う針金の中を電流が伝わって行く様子を調べました。

 電流をアンペールの正確な測定法を用いて正確に測定することによって、電流の強さは針金の断面積に比例し、針金の長さに反比例する(オームの法則)ことを確かめました。

 さらにその針金の抵抗は"R=E÷I"で示せることを確認したのです。

 ここで"E"は起電力、"I"は電流の強さ、"R"は抵抗の大きさです。

彼が生涯切望していた大学教授職はミュンヒェン大学の招請教授に1849年に任命され、彼の死ぬ 5年前のことでした。

 現在「オームの法則」として知られるこの法則の発見によって、数学的解析法が電気現象に適用できるようになったのです。

 彼のこの業績ならびに他の業績を讃えて国際電気会議は1881年電気抵抗の標準単位を「オーム」と称することを決めたのでした。

 

ルイジ・ガルヴァーニ(Luigi Galvani 1737/9/9-1798/11/4)

 筋肉の刺激反応等を、蛙を使って研究していて、 脊髄と脚の神経を露出させた蛙を金属板の上にのせ、脊髄や神経を刺激すると蛙の脚は激しく痙攣しました。

 これを当時広く流布していた動物の神経には動物電気が流れているという説に対し、確かな証拠を得たと考え、この研究を公表したのですが、実は、湿った環境中における異種の金属の接触に於いて発生ずる連続電流を発見したのですが、誤った解釈をしてしまったのです。

 しかし、それは電気の急速な発展の幕開けになったのです。 正しい解釈は、彼の論文を読んだボルタによってなされ、それに基づいて最初の電池が発明され、安定な電源を入手できるようになって、電気に関する研究開発が急速に進むことになるのです。

 

シャルル・クーロン(Charles Augustin De Coulomb 1736/6/14-1806/8/23)

  1777年に細い絹糸のねじれを利用した、1/ 100,000 グラムの微少な力の変化を測定できる「ねじればかり」を発明し、このはかりを利用して、帯電した小球二個の間に働く引力や反撥力を測定しようと試みたのです。

 この装置を用いてクーロンは異なった強さに帯電させた小球の間に働く力を測定する実験を行い、クーロンの法則を確立しました。

また、磁力においてもこの法則が当てはまることを同様の実験で確かめています。

 このように、極めて精密な測定で電気・磁力の械的な力も重力の場合と同様の法則に従うことを実験的に証明し、その成果を1785年に「電気と磁気についての研究 」という論文にして発表したのです。

 後に、彼の業績を顕彰して、電荷の大きさの単位を(C:Coulombクーロン)にしています。

 

ジェームス・プレスコット・ジュール (James Prescott Joule 1818/11/24-1889/10/11)

 従来、電流が導線を流れると熱が発生することが知られていましたが、1840年21才の時、電流の大きさと、導体の電気抵抗の大きさと発生する熱の量との間に一定の関係があることを発見しました。

 更に重要なことは、例えば強い圧力をかけられた水や圧縮空気が細い管の中を通る時なども同様に熱が発生し、従って水や空気の運動が熱に変化し、力学的な仕事の量と発生する熱の量との関係を発見したのです。

 1849年にこの問題についての更に詳細な論文を発表しますが、これがW.トムソン(後のケルヴィン卿)の目にとまり、彼の支持で、学界に属していなかったジュールの法則は広く学界に認められることになったのでした。

 1852年以降はトムソンと共に研究を続け、気体膨張の際に温度が低下する現象を調べ、現在の私達が使っているクーラや冷蔵庫も彼の業績に基づいているのです。

 科学者として広く尊敬を受け、数々の学者としての栄誉も受けましたが、造り酒屋をやめることはせず、どこの大学にも属しませんでした。

 彼の業績を顕彰して、仕事の単位を(J ジュール Joule)と呼んでいます。

 

デモクリスト (Democritus約BC460-約BC370)

2400年前ギリシヤの哲学者デモクリスト(約BC460-約BC370)やエピクロス(BC342-BC271)たちは、物質はそれ以上細かく分割できない小片にたどり着くと考えていました。

 彼らはこの小片を分割不可能なものと言う意味でアトモスと名付け、これが原子(アトムatom)の由来です。

 アトモスの数は無数で、それらがいろいろな組み合わせで結合して多様な物質を作っていると考えていました。

 この世のものはすべて、多くのアトモスから出来ており、その間を空虚な空間すなわち真空が占めていると考えていました。

 アリストテレスは地上のあらゆる物は4つの元素(火、水、空気、土)から成るとする4元素説を唱え、星や太陽などの天界は空虚な空間を嫌いエーテルで満たされていると考えていました。

 

JJ・トムソン(Joseph John Thomson 1856/12/18- 1940./8/30)

 1884年には28歳でケンブリッジ大学の実験物理学のキャベンディッシュ研究所の3代目の所長に就任しました。

 1859年ブリュッカーが陰極線を発見していましたが、陰極線の本質は当時も明確でなかったことから、気体中の電気伝導の研究を開始しています。

 電磁波の実験で有名なヘルツは陰極線が金属箔を透過することや、電界による進行方向に変化のないことを確認したこと(実は真空度の不足によって正確な測定ができていなかったのですが)から、陰極線の波動説が有力になっていました。

 実験精度を向上させるための努力が積重ねられ、真空ポンプの発達、デュワーによる残留気体除去法の開発、タウンゼントの粒子の電荷の測定方法の開発、ウイルソンの霧箱の開発などの周辺技術に支えられ、1897年には電子の電界による進行方向の変化を定量的に確認(トムソンの実験)できるようになり、電子は水素原子の千分の1以下の質量を持ち、負に帯電していて、どんな物質からも出てくることを確認したのでした。

 これは従来原子は分割できないと考えられていたものが、電子は原子の構成要素であり、原子は分割されなければならないという認識が得られ、この新しい認識に基づいて、まったく新しい研究分野を切り開いていくことになり、ケンブリッジ大学のキャベンディッシュ研究所が19世紀の核物理学のメッカに発展するためのきっかけを作ったのでした。

 1906年ノーベル賞を受賞しました。

 

ウィリアム・トムソン

イギリスの物理学者。古典的な熱力学の創始者の一人.

ケルヴィン卿(Lord Kelvin)の通称で知られ、絶対温度の単位「K: Kelvin」は彼の業績をたたえてつけられました。

1855年5月大西洋横断ケーブルの信号遅れ長さの2乗に比例して増加する(2乗法則)と王立協会に報告し、すぐ公開され、5月の王立協会では、ファラディーやウイリアム・トムソン等によって大西洋横断ケーブルの電気的特性が検討されました。

1859年12月英国政府は西洋横断海底ケーブルの失敗に対して調査委員会を設立し、その委員として参加しケーブルの電気的な特性について指導しました。

1865年66年の大西洋横断海底電信ケーブルの敷設にもケーブル敷設船に乗船し、海底ケーブル敷設上の技術的指導をして海底ケーブルを成功に導きました。

 大西洋横断海底ケーブルの成功では、トムソンの指導によって電気の基本である導体や絶縁に関する技術が確立されました。

 

マイケル・ファラデー (Michael Faraday 1791/922-1867/8/25)

 王立研究所の助手となり、「ファラデーの法則」として知られる電気分解の法則を確立し、今日使用されている「electrolyte電解質」、「electrode電極」、「anode陽極」、「cathode陰極」、「ionイオン」などの用語は彼が作ったものです。

 電磁誘導現象を発見し、その応用として電線に電流を流すと電線が固定磁石のまわりを回転する装置(ファラデーのモータ)等を考案しています。

 さらに、光が磁場によって偏光されることを発見し、従来無関係と考えられていた電磁場と光は密接な関係にあることを実験的に証明もしました。

このように、電気と磁気は別ものと考えられていたのですが、互いに影響を及ぼしあう相互作用があることを明確にし、さらに光と磁気も相互に関係があることを示し、すぐれた直観力を持った偉大な実験科学者でしたが、実験結果を数学的に厳密に記述することにはあまり関心がありませんでした。

 静電容量の単位は彼の業績を称えて(F;farad ファラッド)を使用しています。

 

ベンジャミン・フランクリン(Benjamin Franklin, 1706/1/17 ? 1790/4/17)

 電気にの実験興味を持ち、事業の成功によって得られた資金で電気の実験に打ち込みます。そして、電気にはプラスとマイナスがあるという仮説を提唱しました。

 雷雨の中で糸にライデン瓶をつけて凧をあげ、わざと落雷させて、ライデン瓶を持ち帰って検査したところ帯電しており、雷が電気であることを証明し、雷の電気にもプラスとマイナスの両方があることも確認しました。

  

アレクサンダー・グラハム・ベル(Alexander Graham Bell 1847/3/3-1922/8/2)

  1873年にボストン大学の発声生理学の教授となり、 機械的に音声を再現することに興味を持ち始め、音の変化を電流の変化にして、またその逆を行うことが出来れば、電線を通じて電流を流せば、光の速度で会話を伝達できると考えたのです。

 1876年3月7日に特許が与えられ10日には、音声を送話器で電流に変え、その電流を受話器で音声にすることに初めて成功したのです。

 最初の電話による会話は、ベルが助手を呼ぶ「Mr. Watson, come here. I want you. ワトソン君ちょっと来てくれ」というものでした。

 1877年1月には日本人による会話も行われ、同年11月には日本に電話機が輸入されています。

1877年7月7日にはベル電話会社(Bell Telephone Company)を設立しますが、当時の情報伝達手段としては郵便による手紙が主体で、速さを売りにした電報(電信)がネットワークを作っていて、初期の電話のネットワークは限られた地域限定されていたことから、電信を頼むときに使用される程度と考えられていて、事業的にも経営は困難を極め、電話の特許を売却しようとしましたが、買い手が無かったという今では考えられないようなできごともありました。

 

ヘンリー・キャヴェンディッシュ(Henry Cavendish, 1731/10/10-1810/2/24)

王立協会のフィロソフィカル・マガジンに18の論文を発表したにすぎず、多くの未発表記録や原稿が残されました。

そのなかの一つにクーロンの法則、他の実験記録があり、死後70年ほどたった1879年に原稿を整理してマクスウェルが『ヘンリー・キャヴェンディシュ電気学論文集』として刊行しました。

1766年の実験記録に「水素」(On Factitious Airs 不自然な空気)を発見し、水素が「可燃性の気体」(inflammable air可燃性の空気)であり、燃焼によって水が出来ることを記録していました。このことは後に(Antoine Lavoisier)よって明らかにされました。

死後、キャヴェンディッシュを記念して、1871年、キャヴェンディッシュ研究所がケンブリッジ大学に作られた。

 

ハインリヒ・ルドルフ・ヘルツ(Heinrich Rudolf Hertz 1857/2/22-1894/1/1)

 1885年にカールスルーエ工科大学へ移り、マクスウェルの電磁方程式の実証をすることを決心し、1888年には実証(ヘルツの実験)に成功しました。 この研究こそマクスウェルが理論的に予想した電磁波の存在と、マクスウェルが明らかにしていなかった、空中伝播を実験的に実証したものだったのでした。

 マックスウエルはすでにこの世を去り、あまり注目されていなかった彼の方程式でしたが、それが発表された1865年から4半世紀後に正しいことが確認され一躍注目を浴びることになりました。それが更なる大きな飛躍を生み出すことになります。後のアインシュタインよる相対性理論でマックスウエルの方程式の中に光速度不変の法則の大きなヒントが示されていたのです。

 1933年以降、彼の業績を顕彰し、SI単位系の周波数の単位を彼の名前にちなんで(Hz ヘルツ hertz)と定めました。

 

アレッサンドロ・ボルタ(Alessandro Volta11745/2/18-1827/3/5)    

 ガルヴァーニが切断した蛙の脚に、二つの異なった金属を同時に触れさせると痙攣することを発見し、痙攣を起すのは蛙の体には、電気ウナギと同じような電気があり、これが放電するためであると結論して、ガルヴァーニはこの現象を「動物電気」と呼んでいました。

 ボルタはこの現象に興味を持ちましたが、電気は蛙の脚に固有のものでなく、二種の異なった金属が蛙の体液によって接触して電気が生じるのだとし、蛙の痙攣はそれが検電器の役目をしたにすぎないものだと主張したのでした。

 1795年には銀と亜鉛の板を塩水に湿らせた紙の間にはさむと、二つの金属の間に電気が発生することを示して、二つの金属の板の対を多数積み重ねた「堆」(パイル)を作ることによって、更に強い電流を取り出すことに成功したのです。 これが、電堆すなわち最初の蓄電池の発明でした。 さらに彼はこの電堆に改良を加えて、いわゆる「ガルヴァーニ電池」を作りました。

 この発明は、いわゆる電気時代の始まりを告げた画期的な業績であり、電気の実験に必要な一定の電流を連続して取り出すことができる電源が使用できようになり、電気に関する各種の実験が可能にななったことは画期的なできごとで、電気・磁気理論の急速な発展と応用の拡大をもたらすことになり、翌年にはこの電池を使って電気の磁気作用が発見され、電気分解の手法が開発される等、この発明によって19世紀には新たな元素の発見が相次ぐことになり、その基礎作りに貢献することになりました。

 「V:ボルト(volt)」というのは電圧をあらわす単位ですが、これは彼の業績を顕彰して、彼の名前から付けたものです。

 

ジェイムズ・クラーク・マクスウェル(James Clerk Maxwell  1831/6/13-1879/11/5)

 1860年ロンドン大学キングスカレッジ教授に就任し、ファラデーの実験等を数学的に記述する研究を続け、その成果を総合し、電気と磁気を統一的に表す一連の方程式を導き1865年にはマクスウェルの方程式を発表しました。その方程式から電磁波の伝播する速度が光の速度に等しいことを証明し、光は電磁波の一種であることを理論的に証明しています。

  当時は彼の方程式を理解できる人も少なく、注目されることはありませんでしが、 彼の死後、1888年ヘルツによって電磁波の存在が実験的に証明され急に注目を集めることになりました。 さらにアインシュタインの光速不変の考え方はマックスウェルの方程式に含まれており、特殊相対性理論に基礎を与えることとなりました。

 1874年には後に核物理学のメッカとなるキャベンディッシュ研究所の初代所長に就任しています。

 

グリエルモ・マルコーニ(Guglielmo Marconi 1874/4/25-1937/7/20)

 電磁放射の現象について興味を持ち始め、1894年頃ヘルツの電磁実験のことを知り、これを利用して通信に使えないかと考えたのです。

 父親の田舎でヘルツの電波発生器を用いて、モールス信号を伝達する実験を行いました。

 実験は成功しましたがイタリアではこの新しい無線通信を実用化する企画に賛同してくれる人がいなく、イギリスへ渡り、無線通信のアイデアをイギリス参謀本部、海軍省、郵政省等に売り込むのに成功し、無線機の改良に努め、1899年3月、イギリスとフランスの間を結んで世界で初めての国際無線通信を行ったのです。 この成功でイギリス艦隊は各艦との連絡にマルコーニ無線機を使用し、その価値が認められました。

 ここから、無線通信の急速な発達が始まったのです。

 1909年にはノーベル物理学賞を受賞しています。

 

サムエル・モールス(Samuel Finley Breese Morse 1791/4・27-1872/4/2)

モールス符号の発明者。

1832年に電信を着想して実験を重ね、1837年に電磁石応用の電信機と初期のモールス符号を発明。さらに印字機、継電器などの改良も行い、1840年に特許が認められ、1844年にワシントン-ボルチモア間の電信に成功した。

 

アーネスト・ラザフォード (Ernest Rutherford 1871/8/30-1937/10/19)

 電子を発見したJ.Jトムソンの指導を受け,放射性物質の研究に着手し、キュリー夫妻と共に放射線に2種類の区別があることを発見してα線、β線と命名しました。

 1900年には別の種類の放射線を発見し、それが電磁波であることを発見してγ線と名付けています。

 さらに、α線の粒子がヘリウム原子核であることの発見(ラザフォードの実験)や陽子の発見などを基にしてして原子の構造を決定しました。

 また、 α粒子を窒素の原子核に衝突させて陽子をたたき出すことに成功しており、それは陽子が1個のみの原子核、即ち、水素の原子核を作り出したことになり、古代から錬金術師達が抱き続けた夢(他の元素から金を作る)であった人工元素変換(ある元素から他の元素を作る)が単なる夢でなかったことを最初に証明したことになりました。

 1902年頃からソディと共に、ウランが放射線を出しつつ別の元素に変わっていくという現象から、放射線を放射しつつ壊れていく放射性壊変を確かめました。

 そして、それぞれの放射能量は時間と共に減少していきますが、半減する期間はそれぞれの種類毎に一定しており、これを半減期と名付けました。

 この分野で巨大な業績を残し、1909年には電子の発見で有名なトムソンの跡をついでキャヴェンディッシュ研究所の所長となり後輩の指導に当たり研究所を核物理学のメッカにし多数のノーベル賞受賞者を輩出しました。

1908年ノーベル化学賞を受賞しています。

 

岡部金治郎(1896/3/27-1984/4/8)

 電気・電子工学の研究者で多分割陽極マグネトロンの発明者。大阪帝国大学、近畿大学などで教授を歴任。文化勲章受賞。

 

朝永振一郎 (ともなが しんいちろう 1906/3/31~1979) 

 東京で生まれで、京都に移住し、第三高等学校の同級生である湯川秀樹とともに京都帝国大学理学部物理学科に入学し、卒業後は大学に残って理論物理学や量子物理学の研究をおこないました。

  1931年には理化学研究所の仁科芳雄研究室で中性子や陽電子、核力、宇宙線などの研究を手がけます。

 1937年には日独交換研究生としてドイツに留学し、ライプニッヒ大学でハイゼンベルクに師事して原子核理論の研究をおこないました。

 帰国後は場の量子論の相対論的定式化や超多時間理論の研究を進め、さらにくりこみ理論の展開をなしとげて1947年に発表しました。

 この業績によって1965年にノーベル物理学賞を受賞しました。

 

八木秀次(1886/1/28-1976/1/19)  

八木・宇田アンテナの共同発明者・教育者としてノーベル物理学賞を受賞者湯川秀樹知られている。工学博士。東北帝国大学工学部教授、大阪帝国大学理学部物理学科主任教授、東京工業大学学長、内閣技術院総裁、大阪帝国大学総長を歴任。日本学士院会。文化勲章受賞。

 

湯川秀樹(ゆかわ・ひでき、1907/1/23- 1981/9/8) 

 東京生まれで、京都帝国大学の理学部で理論物理学を学びました。

 小さな原子核の中に核子を閉じこめておくものは何かをめぐって議論がされていて、1935年に核を狭い領域に閉じ込めているのは核子間において、ある粒子を交換するとそれによって核子を引き止める力(交換力)が生ずるとする考え方があり、それを前提として、中間子の存在を予見し、この中間子の質量は電子の200倍であろうと予見しました。

 この粒子はアンダーソンによって1936年に発見されましたが、いくつかの点で予言と一致せず、μ中間子と呼ばれるものでした。

 予言と一致する粒子は1947年にパウエルによって宇宙線の中で発見されました。

 この業績により、1949年のノーベル物理学賞を受賞し、日本ではじめてのノーベル賞受賞者となりました。

 

ニコラ・テスラ(Nikola Tesla, 1856年7月10日- 1943年1月7日)

交流電流、無線やラジコン、蛍光灯、空中放電実験で有名な発明家テスラコイルなどの多数の発明、The MKS unit of magnetic induction was adopted in honor of Tesla in 1956. 磁束密度の単位テスラにその名を残す。

 

ハンガリー王国(現在のクロアチア西部)リカ=コルバヴァ県ゴスピチ(Gospic)近郊のスミリャン村(Smiljan)でセルビア人ギリシア正教司祭の父母の子として生まれる。姉が2人、兄が1人、妹が1人いました。兄は12歳で死亡しました。

1862年に家族と共にゴスピアに移住しています。

1875年にオーストリア帝国グラーツのポリテクニック・スクールに入学しました。

1881年に数学、機械工学、電気工学の学位を取得し、プラハ大学の大学院に入学して物理学を専攻しました。

1881年にハンガリー王国ブタベスト電信局に就職しました。その年に電話が導入され、電気技師として働きました。

1882年にフランスのパリに移転し、欧州エジソン会社のエンジニアとして就職し、電気機器の改良に仕事に従事しました。その年に回転する磁界で電動機が作ることが出来るというアイデアを思いつき、後に(1888)米国で特許を取得します。最初の多相電動機を作りました。

1884年28歳で米国に移住します。エジソン電灯会社のエジソン機械工場に採用され、エジソン電灯会社の抱えている問題の解決策の検討に従事しました。

当時、直流電流によって、電球と電力を販売する事業を展開していて、顧客の急激な増加に対応するのに会社の負担が増大する問題を抱えて折り、経済的な配電方式の開発が急務でした。そこで、テスラは直流方式から交流電流に転換する事業改革を提案しまし、エジソンはもしそれが出来たら5万ドル(現在価格100万ドル)提供しようといい、彼の提案を受け入れました。約1年間、その具体的な対策を検討し革新的なアイデアを幾つかの特許として申請し改革のめどが立ち、テスラが、エジソンに5万ドルの件を尋ねると、「君は米国のユーモアを理解していない」と答え、エジソンは約束を守りませんでした。即座に辞職してしまいます。

 

1886年にニューヨークで自分の会社(Tesla Electric Light&Manufacturing)を設立します。

1887年にブラシレスの交流誘導電動機を製作します。

1888年5月1日には特許(Electro Magnetic Motor No.381968. 1888/5/1)を取得します。

1888年5月16日にはアメリカ電子工学学会(現IEEE)で公開実験を実施して成功を収めます。

それに感銘を受けた億万長者ウェスティングハウス(George Westinghouse)は多相交流の長距離送電に適していることを聞き、彼と提携し、ウェスティングハウス社(Westinghouse Electric & Manufacturing Company)を設立しピッツバーグに研究所を作ります。

1888年10月に交流電源の特許(Dynamo-Electric Machine No.390414.1888/10/2、No.390721.1888/10/9).を取得します。

 

1887年の4月から、後でX線と呼ばれるもの調査を始めます。彼の特許は電極が1個しかないもので後のX線管とは異なりますが、X線発生の基本原理である制動放射を生じさせるものでした。1888年にテスラコイル(電磁波発生装置)の原理を作り、それで高い電圧の電気を作り、その電圧が電子を加速してガラス管の壁に衝突してX線を発生させるものでしたが、1892年のレントゲンよりも早くにX線を認識していました。

 

1891年7月30日35歳で米国の市民権を取得しました。彼の研究所をニューヨークに設立します。

1891年、100万ボルトまで出力できる高圧変圧器を発明しました。

1892年から1894年AIEE(IEEEの前身)の副会長を務めます。

1893年から1895年には高周波交流について研究し、テスラコイルを使用して100万ボルトの高電圧をつくって、胴体の表皮効果を研究しています。同調回路の発明や電線が無くても光る放電管などを発明しています。無線送信機を発明してセントルイスで無線通信の公開実験を実施しています。

この年にはシカゴでコロンブス博覧会が開催され、そこに最初の電気館が作られ、そこの照明に交流電気が採用され、テスラの蛍光灯やコロンブスの卵が展示されました。

1880年代にはエジソンの直流方式とテスラの交流方式の間で激しい競争(War of Currents)が展開され、1896年11月16日テスラの発明した交流発電機は、ウェスティングハウス・エレクトリック社によりナイアガラの滝の発電所に取り付けられ、事実上の決着がつきましたが過剰な競争に為、1897年にはエジソンとウェスティングハウスは破産状態に陥りました。

1897年にテスラはウェスティングハウス社から離れ、宇宙線の研究を開始します。

41歳で無線に関する基礎的な特許(System of Transmission of Electrical Energy 645576 Mar. 20, 1900取得)を申請し、1年後にはそれを応用した無線制御のボートの公開実験を米国海軍で実施し、無線操縦の魚雷を提案しました。

1898年にはマヂソンスクエアガーデンで開催された展示会で無線ボートの公開実験が披露され注目されました。

1898年に内燃機関に使用する電気式点火装置の特許(ignition timing system 609250)を取得しました。

1899年コロラドスプリングスに研究所を移し、高電圧、高周波数の実験を開始します。

無線電信の信号をピックスピークからパリに送信する実験を開始しました。

アースに関する研究では大地が導体であることから、数100万ボルトの高い電圧を発生させ、30m以上離れたところに放電させ、人工的な雷光を発生させました。無線受信機によって雷からの電波を受信することにも成功しています。

 

1898年に計画を開始してから、J.Pモルガン(J.PMorgan)の協力を得て、1900年15万ドルの資金を集め、1901年にロングアイランド、ショアハムにワーデンクリフ塔(Wardenclyffe Tower )の無線送信用の塔の建設を開始し、1902年6月に研究所をワーデンクリフに移転し、1903年塔自体が完成に近づいたとき、欠陥が見つかり、設計変更に追い込まれました。そのために建設費が超過し、モルガンが資金を提供しましたが他の投資家は応じませんでした。1904年7月追加融資をしないことが決定され、モルガンが他の投資家にこのプロジェクトの推進に協力を要請し、1905年に5月にテスラの特許が終了して、特許権料の収入が減少し、財政的な危機に陥ってしまいました。

これに替わる新たな基金の募集が試みられましたが、資金は集まらず、この塔に設置するために作られた機器は競売にかけられました。

この無線送信塔の高さは57m直径約21mで55トンの鋼材が使用されました。

アメリカ合衆国が第一次世界大戦参戦し、標的とされるとして1917年撤去されました。

 

1930年、エジソンとともにノーベル賞候補となるもこれを拒否。このためエジソンもノーベル賞を受けられなかった。

 

1943年1月7日、86歳でニューヨーク、マンハッタンのニューヨーカー・ホテルで死去。

 

 

物理学における電気

 

電子や陽子などの素粒子固有の性質に由来する。古代より、摩擦した琥珀(こはく)に物が吸い寄せられるなどの電気現象が知られており、物質にはこのような性質を持つものと持たないものがあるということがわかっていた。

近代になって物理学が発展すると、これらの現象(電気)は、定量化することができ、また保存されるということがわかった。電気の現象を研究する物理学の分野は電磁気学と呼ばれている。電気が多量にあると思われる場合や逆に少量しかない場合に応じて、物が吸い寄せられるなどの電気現象にその程度の相違が観察されたり、雷の火花の大きさの程度により、電気にも水量と同様にその嵩があるとして、電気の嵩の多少を示す量として電気の量、即ち「電気量」というものが考えられている。これに対して「電荷」とは「電気量」の多少を特に問わずに電気が存在しさえすれば足りる時に「電荷」があるなどといい、「電気量」とは少し、視点が異なり、電荷量とは言わないことが多い。

電気はの二種類がある。正と正または負と負に帯電した物体同士は反発し合い、正と負に帯電した物体同士は引き合う。その引力あるいは斥力の強さはクーロンの法則により計算することができる。また、これにより「電気量」の単位を決めることもできる。

電気エネルギーは他の様々なエネルギーに変換でき、また逆に他のエネルギーから電気エネルギーにも変換できる。

 

・→ 運動エネルギー : 電動機

・← 運動エネルギー : 発電機、風力発電、水力発電

・→ 化学エネルギー : 電気分解、電気精錬

・← 化学エネルギー : 電池

・→ 熱エネルギー : 電熱器、電磁調理器

・← 熱エネルギー : 火力発電、原子力発電、太陽熱発電、

          海洋温度差発電

・→ 磁気エネルギー : 電磁石、電磁ブレーキ

・← 磁気エネルギー : MHD発電

・→ 光エネルギー : 照明、発光ダイオード、エレクトロルミネセンス

・← 光エネルギー : 太陽光発電

・← 核エネルギー : 原子力電池

 

他のエネルギーと比べ効率が良く伝送が容易なため、現代では広く利用されている。

 

電磁気学

 

1821年、エルステッドは電流の流れる導線の周囲に磁場が存在することを発見し、電気と磁気に直接的な関係があることがわかった。さらにその相互作用は当時自然界に存在することがわかっていた重力や静電気力とも異なるようだった。方位磁針にかかる力は単に電流の流れる導線との間の引力や斥力といったものではなく、それとは直角な方向の力である。エルステッドはこれを「電気的衝突は回転するように働く」とやや不明瞭に表現した。この力は電流の向きにも依存し、電流を逆向きに流すと力の向きも反対になる。

エルステッドはその発見を完全には解明しなかったが、その現象が相互的であることは述べている。すなわち、電流が磁石に力を及ぼすと同時に、磁場が電流に力を及ぼすということである。この現象をさらに研究したのがアンドレ=マリ・アンペールで、2つの平行な導線にそれぞれ電流を流すと相互に力を及ぼすことを発見した。同じ方向に電流を流すと2つの導線が引き付けあい、逆方向に電流を流すと反発しあう。この相互作用はそれぞれの電流によって生じる磁場同士が介在して起きるもので、アンペアという単位の定義にもこの現象が使われている。

 

 

電動機は電磁気学の重要な現象を利用している。

電流が磁場を通ると電流および磁場の向きに対して

直角の力を受ける。

 

この磁場と電流の関係は極めて重要であり、この現象からマイケル・ファラデーが1821年に電動機を発明した。ファラデーの単極電動機は永久磁石が水銀のプールの中央につき立てられた状態になっている。その上から導線が垂らされていて先端が水銀に浸っている。導線に電流を流すと接線方向に力が働き、導線が磁石の周囲を回るように動く。

1831年、ファラデーは導線を磁場を横切るように移動させるとその両端に電位差が生じることを発見した。これが電磁誘導であり、さらなる研究によってファラデーの電磁誘導の法則と呼ばれる法則を見出した。すなわち、回路に乗じる電位差は、回路を貫く磁束の変化の割合に比例するという法則である。この発見を応用し、ファラデーは銅の円盤を回転させる機械エネルギーを電気エネルギーに変換する世界初の発電機を1831年に発明した。このファラデーの円盤は原始的なもので実用可能なレベルではなかったが、磁気を使って発電できる可能性を示した。

ファラデーとアンペールの業績により、時間と共に変化する磁場が電場を生み出し、時間と共に変化する電場が磁場を生み出すことが示された。つまり、電場または磁場が時間と共に変化すれば、もう一方の場が必然的に誘導される。このような現象は波動の性質を持っており、一般に電磁波と呼ばれる。電磁波については1864年にジェームズ・クラーク・マクスウェルが理論的に解析した。マクスウェルは、電場、磁場、電荷、電流の関係を明確に示す一連の方程式を導出。また彼は電磁波が光速で伝播することを証明し、光も電磁放射の一種であることを示した。マクスウェルの方程式は光、場、電荷を統合し、理論物理学における重要な進歩となった。

 

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電気がなかったら暮らせませんよ!

『北の国から』の第1話

 

純「電気がないじゃないですか?」

五郎「電気なんかいりませんよっ!」
純「電気がなかったら暮らせませんよ!」 

五郎「暮らせますよっ!」
純「夜はどうするんですか?」 

五郎「寝ればいいんですよっ!」

今、電気が止まったら大変なことになるだろうな。ただ電気を食べてるわけじゃないんで、暮らせない(生きていけない)訳じゃない。ちょっと不便になるだけです。暮らせなくなるのは、衣食住に関するものが手に入らなくなったときですね。

電気をお金に置き換えてみたら・・・

純「お金がないじゃないですか?」 

五郎「お金なんかいりませんよっ!」
純「お金がなかったら暮らせませんよ!」 

五郎「暮らせますよっ!」
純「食べ物はどうするんですか?」 

五郎「作ればいいんですよっ!」

お金や電気がないと生きてゆけないというのは、勘違いですね。
無くなったら生きてゆけないのは、水と食べ物。つまりは、自然です。いま、私たちは地球の資源をどんどんお金に変えている。地球環境の破壊。お金はあるけど、水も食べ物も無いなんていう世の中にならなければいいんですが。

 

http://kotiaka.blog51.fc2.com/blog-entry-127.html

 

 

 

「一家に1枚 磁場と超伝導」

 

東京大学 下山 淳一

 

 磁場は宇宙全体にわたってあらゆるところに強かれ弱かれ存在し、私たちは地球という巨大な磁石が生み出す弱い磁場のなかで生活しているといえます。また、人類は磁場の強さを人工的に変えることや、磁場を精密に計測することによって生活を豊かにしてきました。今日の医療、情報、産業、輸送など他分野での高度な技術や先端科学研究には、磁場を使う、磁場を測る技が駆使されています。計測が可能な微弱磁場から最大の磁場を持つ中性子星まで、磁場の強さの範囲は20桁をはるかに超える非常に広いものです。 
 さて、子どもたちは永久磁石が付いたおもちゃや教材などで磁石のふるまいを体験しています。しかしながら、温度や光(可視光域)などと異なり、磁場の強弱は体感的に知ることができず、子どもたちの磁場への理解は、磁石にはN極、S極があってくっ付いたりくっ付きにくくなったりする、鉄は磁石に引き付けられる、といった依然として“不思議”なレベルにとどまっています。 
 ところで、強い磁場を作り出す電磁石や微弱な磁場の計測装置の多くに超伝導体が用いられています。超伝導体は直流電流に対して抵抗がゼロであることから、超伝導体でできた電磁石に高密度で大電流を流すことができ、強い磁場が発生します。このとき電力の消費がほとんどないだけでなく、電磁石の両端を超伝導体の線でつなぐと、永久(に衰えない)電流が流れる回路となり、磁場の強さは一定になります。このような原理の超伝導電磁石は、医療用のMRI装置や超伝導リニアなど多くの用途に使われています。一方、超伝導体の中で磁束が量子化されるという性質を生かした超精密な磁気計測技術は、心磁計や脳磁計などに利用されています。このように磁場を操り測る技術は超伝導体の利用によって大きく発展してきました。今年はちょうど超伝導現象の発見から100周年にあたります。この記念の意味も含めて、磁場と超伝導のマップを作成しています。 
 マップでは左下から右上に向かって磁場が強くなるように軸を描き、その上方には自然界に存在する磁場、生活空間における磁場、超伝導以外の材料を用いた電磁石の応用などを、下方には超伝導体を用いた装置、設備等の例を表しました。子どもたちが親しみやすく磁場を理解できるように、身近な現象や用品から、夢の未来技術まで、適当な題材を選定しています。次の世代を支える子どもたちが磁場の存在やその利用を身近に感じ、超伝導応用に夢を抱くならば、このマップが今後の科学技術振興に対する一助になると期待しています。

 

製作・著作:文部科学省

 (科学技術週間 ※科学技術週間ホームページへリンク) 
企画・協力:低温工学協会

 

 

 

磁力

 

磁力(じりょく)とは、磁石や電流が発生させる磁場により、磁石や電流が流れている導体どうし、あるいはそれらと強磁性体の間に発生する力である。同種の磁極の間には退け合う力が、異種の磁極では引き合う力が働く。この力のことを磁力、または磁気力(じきりょく)という。

 

一般に磁力を持つ物質を磁性体と呼ぶ。磁石でない金属も、磁石で強くこすったり長い間磁石に接触させると磁力を持つようになる。これを磁化という。磁力は1つの磁極、つまりN極から発して反対の性質を持つもう一方の磁極、S極で終わる磁力線と呼ばれる仮想の線で表現され、平行する磁力線は磁束と呼ばれる。磁極はN極またはS極の2種類のみであり、日常ではこれら2つが常に対になって存在しているが、磁気単極子またはモノポールと呼ばれるN極またはS極が単独で存在するとする物理仮説がある。

地球の作る磁力によって磁針は磁力の北と南を向くため、方位を知るのに使われる。磁石の引き付ける力を利用すると、物を持ち上げることができる。強い磁石ほど重たい物を持ち上げることができるが、それを引き離すのは大変である。電磁石を使えばスイッチの切り替えで磁力を切ることができるので便利である。磁石の反発を利用して、物を浮かすことができる。磁石が強ければ、列車のような重たい物でも浮かすことができる。これを磁気浮上と呼び、この力を利用して車体を支え、リニアモータで車体を進めるリニアモーターカーは典型的な例である。

 

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磁力で物体を浮かせる実験

 

非磁性の物質が持つ反磁性


 鉄に磁石を近づけると強い力で引きつけられることは、誰でも知っています。でも、ほんのわずかですが、水にも磁石の力が働くことをご存じでしょうか。しかも、それは磁石に対して反発する力です。水だけではなく、ガラスやプラスチック、あるいはセラミックスや木のようなものでさえ、一般に非磁性と思われている物質すべてにこの力は働きます。
 実をいうと驚くべきことに、この現象はすでに19世紀の半ば、イギリスのファラデーという人によって発見されていたのです。彼はこのような現象を反磁性と名づけました。しかしこの力はあまりにも小さいため通常は無視され、150年以上にわたって何ら関心を得ることなく今日まで来ました。
 とはいえ、もし非常に強い磁場が与えられたらどうでしょうか。水やガラスが磁石に反発するのが見えるだけでなく、もしその力が重力に打ち勝てばこのような物体を空中に浮かすことだって可能になります。そのためにとてつもない強い磁場が必要であることは、言うまでもありません。

 

反発力により生じる浮力


 東北大学金属材料研究所には附属「強磁場超伝導材料研究センター」という施設があり、世界でも有数の強い磁場を出す装置があります。そこでは文字どおり強い磁場を使ってもっと強い磁場を出す超伝導材料の研究や、金属、半導体、磁性体など物質の性質を調べる物性物理学の研究が行われており、全国共同利用研究センターとして重要な役割を担っております。そこには巨大な磁石が備えられており、約31テスラという、通常手に入る永久磁石の千倍くらい強力な磁場を発生することができます。これぐらい強い磁場を発生するためには新幹線並みの電力を必要とするため、どこででも簡単に設置できるわけではなく、このような磁石は世界に5カ所しかありません。
 この磁場は空芯のコイルの中で縦方向にできます。この中に上に述べたような非磁性の物体を置くと、反発力を受け、中心から遠ざかろうとします。中心より下に置けばもちろん重力と相まってすぐに下に落ちてしまいますが、中心より上に置くと、このような強い磁場中では磁力による反発力と重力をバランスさせることができ、そこに安定して浮いた状態を作り出すことが可能になります。この場合、磁力は物体を構成している原子あるいは分子の1つ1つに働くため、無重力状態と等価な環境と考えられ、宇宙空間と似ています。そのため宇宙へ行かなくても、容器なしでの結晶成長や、るつぼなしでの物体の溶解が可能になり、不純物の混入を防ぐことなど多くのメリットを得ることができます。

 

磁気浮上の応用をめざして


 私たちは、3年前、水、氷、卵、マウスなどの「磁気浮上」の実験を行いましたが、その後の応用の一つとして、ガラスのるつぼなし溶融を行っています。一辺約5ミリの立方体に切ったガラスを磁気浮上させて、炭酸ガスレーザーから出る赤外線を当てますと、それを吸収して温度が約800度くらいまで上がり溶けます。溶けると表面張力のため、ほぼ完全な球形になります。
 この実験にはもう少し先があります。溶けたガラス球からは蒸気、すなわちガラスの微粒子が飛び出します。これも完全な球です。この完全球の微粒子を原子炉で放射化して、カテーテル(管状の医療器具)などでガン患者の体内に入れ治療に使うというのが最終目的です。ガンの放射線療法の際にガン細胞に送りこむ放射した微粒子は、完全な球体の方が支障なく、めざす細胞のポイントに送りこみやすいのです。通常の状態で蒸発させて作った場合は、ガラス微粒子が空中浮揚しないため、お互いにくっついてしまったり、球にならなかったりしてしまいます。
 これは、宇宙や自由落下によって得られる無重力環境下で試みられている研究ですが、私たちの装置では宇宙よりも簡便にできるところがミソです。今後、私たちのセンターでは、強磁場の応用としてこのような材料科学の方向にも力を入れようと考えています。

 

http://www.bureau.tohoku.ac.jp/manabi/manabi13/mm13-2.html

 

 

磁力と血行

 

 肩こりや筋肉痛に磁石(磁力)が効くのは、多くのデータから証明されており医療用具としても認可されています。

 

では何故、磁力が効くのか? それは、磁力で血行が促進されるためと言われています。実際、温度を色で見れる赤外線サーモグラフィで身体表面を観察すると、磁力が作用した部分の体温上昇がわかるようです。

 

ではどうして、磁力で血行促進するかというと、

 

“磁場の中を動く電荷は力を受ける”との、ローレンツ力が働くためです。少し難しくなりましたが、昔、学校で習った、親指と人差し指・中指を直角に立て問題を解いた“フレミングの左手の法則”といえば思い出される方も多いと思います。

 

つまり、血液は鉄イオンを含むヘモグロビンや+-に電離する成分が流れているので、いわば電流とみなすことができ、これに磁石による磁力が作用しローレンツ力が発生、結果、血液の流れが良くなるというわけです。

 

最近では、磁力によって血液中の酸素放出が促進されるために“こり”に効くとの報告もあるようですが、いずれにしても磁力は“こり”に作用します。

 

磁石や磁力といえば鉄を引き付けるだけのイメージをお持ちの方も多いと思いますが、電気も磁力から作られますし、血行促進のように鉄などの金属以外にも多方面にわたり利用されています。例えば、化学分析で必要不可欠なNMRや、身体を断層撮影するMRIは磁力を有機物質や人体に作用させ分析測定するものです。また、特許出願しているので詳しくは言えませんが、磁力を作用させた水の皮革への浸透能力を公的機関で測定しましたが、何度やっても磁力を作用させた水は明らかに高い浸透能力を示します。

 

小学生のときに読んだ“空飛ぶ円盤(UFO)”の本によれば、空飛ぶ円盤も磁力で飛んでいるとありました(誰が宇宙人に教えてもらったかは知りませんが・・・)。

 

磁力は重力同様、宇宙の根本的な力なので私達にとって必要不可欠であると共に、未だ私達が認識していないスゴイ作用もあるように思います。

 

磁力は未来においても、興味尽きない開発のキーワードのひとつです。

 

http://www.eonet.ne.jp/~lov/develop/magneticforce/index.html

 

 

  

磁力の秘密編

 

 物理学には、4つの「柱」(力)があります。

 

■重力(引力)

■磁力(電磁力)

■強い力(中間子が原子核を構成する力)

■弱い力(原子核が放つ放射線の力)

 

 

物理学の世界では、この4つの「柱」「力」によって「宇宙」「森羅万象」の全てが構成されていると考えます。

この4つの「力」で分析しても、“理解できないもの”は「物理学者」は認めませんし、信用もしません。

 

しかし、「宇宙の法則」の「真実」は、人類が理解できるものだけのはずもなく、むしろ理解できないところにも「物理学的」な「真実」はあるのです。

 

例えば「磁力」はどうでしょう?

 

「地球」には「北」(North)と「南」(South)があります。「北」は「地球」の自転方向の東に向いて左の方角に、「南」はその逆、右の方角になります。

 

では、なぜ「地球」には「北」と「南」があるのでしょうか?

 

「物理学者」は言います。

 

「地球」の内部に、巨大な「棒磁石」に値するものが入っているからだと…。勿論、「棒磁石」は入っておりません。

具体的には「地球」の内部には、高熱でどろどろに溶けた「コア」と呼ばれる金属の塊があって、それが「地球」の「自転」と共に同方向に回転していて、「磁力線」を「南北の極」から発生しているわけです。

 

つまり、「磁力」も「重力」と同じように、星の「自転」「回転」によって発生するものなのです!!

 

「ミクロ」的世界では、「電子」の一粒を高速回転させたとき(電子のスピン)、その「電子」は「磁力線」を発生するようになり、磁極の「N」(北)と「S」(南)が現れます!!

 

「地球」が左回転(時計回りの逆)で、「東」に向かって自転し、見た目上が「北」で下が「南」となるように、一粒の「電子」も左回転で「地球」のように、上が「北」(North)になり下が「南」(South)になるのです。

 

「マクロ」的世界では、「銀河系」も「左回転」で「東方向」に自転・回転しているとするならば、やはり中心部の上が「北」(North)で、下が「南」(South)となります!!

 

ちなみに、「銀河系」の中心部から「銀河系外縁部」へと「アーチ」を描きながら伸びて中心部へ戻る「銀河磁力線」は、「5本」あって、あまりにも巨大なために「五方向」に分離しておりこの「銀河磁力線」の一つ一つが、少し前まで巷で騒がれていた「フォトン・ベルト」なのです!!

 

「マヤ文明」や「アステカ文明」が、伝えていた「五つの太陽の時代」とは、この「フォトン・ベルト」の中に「太陽系」が突入することであり、「銀河系」が一回り自転すると「太陽系」「地球」は、5回「フォトン・ベルト」に突入することになります。これが「五つの太陽の時代」です。

 

「銀河磁力線」の中に「太陽系」(太陽)が入って行くわけですから、当然「太陽」にも変化が起きます。そして、この変化が「地球上」で「環境学的」にも「生理学的」にも、「文化的」にも人類に対して様々な影響を与えるわけです。

 

この「フォトン・ベルト」の中に、2013年から「太陽系」は突入すると言われておりましたから、現在はすでに、私達は「銀河磁力線」の中にいると思って間違いないでしょう!!

 

これから、善きにつけ悪きにつけ、様々な面で「変化」が起きてくることでしょう。

 

「重力の秘密編」でも「地球」の自転が止まれば「重力」(引力)が無くなると書きましたが、やはり自転しなくなれば、「磁力」(N/S)も無くなります!!

 

「地球」は自転することによって「重力」を発生し、かつ「磁力」を発生します。その「磁力線」は、「太陽」から来る有害な「宇宙線」を阻害してくれております!!

 

「地球」の遥か上空には、危険な「宇宙線」を「磁力線」が防御して競り合っている「バンアレン帯」という危険ゾーンがあります。当然、もし「地球」が自転しなくなれば、もろに「宇宙線」が地上に容赦なく降り注がれるわけです!!

 

まさに「星の自転」は「重力」と「磁力」を産み出し、「命」の「柱」(支柱)そのものです。

 

「重力編」の時と同じように、「磁力線」の強さは、「星」の「自転速度」に比例します。

すなわち、「自転速度」が倍になれば、「磁力線」の強さも倍になります。逆に、「自転速度」が半減すれば、「磁力線」の強さも半減します!!

 

そして、「自転」が止まれば「重力」も「磁力」も無い、誰も住めない「死の星」になります。

ちなみに「金星」は、ゆっくりですが見た目「右回転」で「自転」しておりますので、上が「南極」で下が「北極」です。

 

 ※これから下記の「知恵ノート」に書かれていることは、今の「物理学」の一般常識では理解されていない、私の個人的な「物理学上」の発見ですので、どうかご注意されて読まれますように願います。

 

「眠れる予言者」とも言われた、アメリカの大予言者「エドガー・ケーシー」(~1945)という人物をご存知でしょうか?

 

彼は、取材に来た人にあるときこう訊かれました。

 

「2000年から2001年には何が起こるでしょう?」

 

「エドガー・ケーシー」氏は、こう答えました。

 

「その時には極が移動して新しい周期が始まる」(When there is a shifting of the poles. Or a new cycle begins.)リーディングナンバー 1936-826

 

この「予言」はリーディングナンバーから「1936年」になされたものでしょう。77年前の「予言」です。実際に、2000年から2001年に「極」(N/S)は「移動」されたのでしょうか?

 

実は、「極」の「移動・移転」はあったのです!!と言っても、「北極」と「南極」が入れ替わったわけではありません!!

 

私は、1999年の1月に「磁極の移転」という「タイトル」の手紙を「アメリカ合衆国」の「国連本部」に送りました。その内容は、現代までの「方位磁石」(コンパス)の「針」(N/S)の概念は「逆様」であり誤りですから、どうか訂正をしてください!!という内容のものでした。

 

現在までの「方位磁石」の「針」は、「北」を向く「針先」が、「北」(North)を向いているので「N」とされ、「南」を向く「針先」が、「南」(South)を向いているので「S」とされてしまっているのです!!

 

勿論、これは「世界的」な誤りです!!

 

「北」を指す方の「針先」は「S極」です。そして、「南」を指す方の「針先」は「N極」です!!

 

なぜ、「North」に向くから「針先」を「N極」、「South」に向くから「針先」を「S極」としてしまったのでしょうか!?それは「大航海時代」の「方位磁石」、すなわち「羅針盤」に原因があったのです。

 

「針」そのものに「北」を向いているから「N」と、「南」を向いているから「S」と直接書いてしまったのです。勿論、これはあくまでも方角です。「針」(磁石)の「磁極」は、「逆」です!!

 

「北」の方を向く「針先」は「S極」。「南」の方を向く「針先」は「N極」が正解です!!

 

当然、現在世界中で使われている「棒磁石」「馬蹄型磁石」、電力会社の「ダイナモ磁石」までも「N/S」の概念は「逆様」なのです!!(2013年7月現在)

 

みな様の家に「磁石」がありますでしょうか?「N」と刻まれている方は「S極」です。そして「S」と刻まれている方が「N極」です!!そうです、この「N/S」の概念(思い込み)を正すためには、世界規模での「磁極の移転」(ポールシフト)が必要なのです!!

 

今は「インターネット」の時代ですから、ある程度は「訂正」できるかもしれませんね!!

 

従って「フレミング」の「左手の法則」も「逆」ですから、これも「右手の法則」に変えなければなりません。「教科書」「テキスト」「試験問題」までも「訂正」を要求されることになります!!

 

「磁極の移転」の手紙は、1999年1月9日に「国連本部」に送られましたが、もし「国連」で真剣に精査されて、2000年に「訂正の発表」が成されていれば、2000年から2001年にはケーシー氏の「予言」通り、「極の移動」が行われたことでしょう!!

 

「国連」は、なぜ「磁極の移転」の手紙をもみ消したのでしょうか!?

 

「左手の法則」を考案した「物理学者」の「フレミング」は、アメリカの「物理学者」でした。

きっと、「アメリカ」のプライドが許さなかったのでしょう!!

 

物理学上の私の「大発見」は、今も無かったことになっているわけです。(苦笑)

 

まあ、せっかくの機会なので「知恵ノート」で発表させて頂きました。ただ、間違えた物理学上の知識も、世の中でまかり通っておりますので、私の「文章」は「棚上げ」にしておいて頂ければ幸いです!!

 

間違っても、私の「文章」を「テスト」で書きますと「×」をもらってしまいますのでご注意ください!!「電磁石」の「テスト」なども「小・中学校」から、始まっているはずですから…。

 

いつの日か「世界的」に「ポールシフト」(磁極の移転)される時代(周期)が訪れることでしょう!!私は、その日まで諦めずに真実を世界に伝えて行きます!!

 

「ガリレオ・ガリレイ」氏の時代には、「地動説」(地球は回っている)を唱えて大変な目に遭っております!!「迫害」がないだけ、私は、まだ「マシ」です。

 

http://note.chiebukuro.yahoo.co.jp/detail/n193395

 

 

統一場理論

 

統一場理論(とういつばりろん)とは、様々な力を統一しようとする場の理論のこと。最終的には自然界の四つの力をすべて統一しようという理論的試みである。この全ての力を統一した理論のことを万物の理論と呼ぶ。現在、万物の理論の候補は、超弦理論のみであると考えられている。

アルベルト・アインシュタインは一般相対論の論文を発表した後、重力と電磁気力の統一を試みたが、当時は完成させることはできなかった(現在では、超弦理論に重力と電磁気力は含まれている)。また、電磁気力と弱い力を統一した電弱統一理論は、統一場理論の一例である。

 

 

自然物理学の歴史は力の統一の歴史といってもよい。アイザック・ニュートンは天体の力と地上の力を万有引力として統一した。つまり天体の重力も地上の重力も同様なニュートンポテンシャルをもつ運動方程式で表せる。ジェームズ・クラーク・マクスウェルは電気力と磁気力を電磁気力として統一した。つまり、電流や時間変動する電場は磁場を生じ、時間変動する磁場は電場を生じる。互いに相互関係にあり、これら2つを電磁気力として統一された。

さらにスティーヴン・ワインバーグ、アブドゥス・サラムは電磁気力(電磁力とも呼ぶ)と弱い力を電弱統一理論として統一した。この意味は、「電荷をもつ素粒子は必ず弱超電荷もあわせもつ」理論形式になっているということで、つまり普通の電荷の定義に弱超電荷演算子の第3成分が含まれている。このような電弱の不可分な関係は実験事実に基づくが、数学的には非可換な2×2行列であらわされる。ただしこの電弱統一理論に強い力の理論である量子色力学を加えた標準模型では、電磁気力と弱い力、強い力の結合定数はそれぞれ異なり、合計3つある。

ところで「統一」という言葉は別の意味で使われることもある。つまり、各々の力の結合定数は現在観測されうる限りの低エネルギー領域では異なるが、ある高エネルギーの点で同一の値になると期待されている。繰り込み理論によれば結合定数がエネルギーに依存することを利用して、このような理論を構成する試みがある。この流れで電磁気力、弱い力、強い力の三つが大統一理論として統一されようとしている。しかし最も単純で美しいと言われるSU(5)ゲージ群に基づく大統一理論は、陽子崩壊が現在までのところ一例も観測されていないという実験事実と矛盾し、すでに否定されている。そこで超対称性を仮定することによって修正した超対称大統一理論も未完成ではあるが、20年以上前から考えられている。これらは重力相互作用をのぞいた三つの力を全て統一しようという試みである。

一方、素粒子の世界では効果が小さすぎて観測の困難な重力も含めて、四つの力を全て統一しようという試みは、世界中の理論物理学者がこぞって研究しているにも拘らず、現在のところまだ完成にはほど遠い。これは、重力相互作用のゲージ粒子である重力子が繰り込み不可能であることに起因している。

しかし、物質の基本的な構成物である素粒子を「点」とせず、ある種の「ひも」とすればこの問題は解決できるかもしれないことがわかった。(なお、この「ひも」は宇宙論における「宇宙ひも」とは別の概念である)。この弦理論で超対称性を仮定したものを「超弦理論(超ひも理論ともいう)」という。

 

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

 

基本相互作用

 

基本相互作用(Fundamental interaction)は、物理学で素粒子の間に相互にはたらく基本的な相互作用。 素粒子の相互作用、自然界の四つの力、相互作用とも。

 

現代素粒子論は、量子揺らぎの効果があるとはいえ、基本的に素粒子の半径を無限小として扱う理論である。この理論では、例えば適当な粒子が二つ飛んできてこれらが衝突する可能性というのは粒子同士が引きあうことなしにはゼロである。 粒子が動力学的な衝突を起こすためには粒子同士の間に相互作用力が働いている必要があり、逆に言えば、この相互作用力こそが粒子の運動を支配しているとも言える。 馴染みの深い例としては、磁石同士の間で磁場が発生し、磁石が引きあう、という例が挙げられる。現代素粒子論では粒子の運動は場を記述する数学で正確に扱うことが出来る。すなわち、「場」と「粒子」は同一のものと見なされており、磁場(素粒子論では電場と統一されて電磁場)が存在するということはその場が記述する粒子が存在しているということになる。これが、後述する「ゲージ粒子」である。

 

四つの基本相互作用

 

  名称            相対的な強さ    影響範囲(m)       力を伝達するゲージ粒子

 

強い相互作用   1040         10-15                グルーオン

 

電磁相互作用   1038         無限大               光子(フォトン)

 

弱い相互作用   1015                 10-18                    ウィークボソン(W±,Z0)

 

重力相互作用   100         無限大               重力子(グラビトン)

 

今日の場の理論においては、これらの相互作用はゲージ粒子の交換により発生すると考えられている。また素粒子の対称性の研究からこれらの相互作用は高エネルギー状態においては、その挙動に違いは無くなると考えられた。重力を除く三つの相互作用を統一して説明づける大統一理論が探求されており、宇宙論的な観測による検証が試みられている。また実証可能性すら未知数であるが、四つ全ての相互作用を統一する試みとして弦理論があり、盛んに研究されている。 

 

 

4つの力と5番目の力

 

自然界にたくさんある力はすべて、4種類の力のいずれかに分類することができる。その4つの力とは「重力」「電磁力」「弱い力」「強い力」である。それぞれの力には、その力を媒介する(伝える)粒子があり、それをゲージ粒子という。
 4つの力を説明していくと、まず「重力」は、あらゆる粒子に働く力である。日頃、私たちも重力の影響を受けているが、この力は、他の3つの力に比べて非常に弱いものだ。ニュートンの発見した「万有引力の法則」は、この重力の法則である。重力のゲージ粒子は、重力子(グラビトン)とされるが、これは未知の素粒子である。
 次に「電磁力」は、電気をおびた粒子に対して働く力である。原子同士を結んで分子をつくったり、原子核と電子を結びつけて原子をつくったりする。マクスウェルの電磁気学は、この力を理論化したものだ。電磁力のゲージ粒子は、光子(フォトン)である。
 また「弱い力」は、放射能や星の核反応に関係するものである。たとえば、ベータ崩壊で中性子がニュートリノと電子を出して、陽子に変わるときなどにはたらく微弱な力だ。弱い力のゲージ粒子はウィークボソンである。これにはプラスとマイナスの電荷を持つW+W-、電気的に中性なZ0の3つがある。
 最後の「強い力」は、クォークを結合させ、陽子や中性子、中間子などを作る力である。中間子は原子核内の陽子や中性子を結合させる核力の源となる力だが、この核力も強い力の一種である。強い力はクォークの「色」という状態に対して働くことから「色の力」とも呼ぶ。強い力のゲージ粒子は、グルーオンである。

 


4つの力

重力

電磁力

弱い力

強い力
(色の力)

具体例

・天体間の力
・重力


・原子間の力
・化学反応を起こす力


・ベータ崩壊を引き起こす力


・原子核内の力
(核力)


作用する荷量
(かりょう:何に対して働くか)

質量
(エネルギー)

電荷

弱荷(じゃくか)

色荷(しきか)

力の及ぶ範囲
(mm)

無限大

無限大

10-14

10-12

力を媒介するゲージ粒子

グラビトン
(重力子)
※まだ発見されていない。

フォトン
(光子)

ウィークボソン
(弱中間子)

グルーオン
(膠着子:こうちゃくし)

 

 

 

 上で説明した4つの力は、自然界にある、たくさんの力を4種類に整理したものである。しかし、物理の世界では、この4つの力をもっとコンパクトにまとめて、統一的な方程式で説明しようという試みがなされている。これを力の統一理論と呼ぶ。
 4つの力のうち、電磁力と弱い力は、1967年にアメリカのワインバーグとパキスタンのサラムによって理論的に統一され、ワインバーグ=サラム理論(または単に統一理論)と呼ばれている。これによって、統一された「電弱力(でんじゃくりょく)」に、さらに強い力を加えた大統一理論もあるが、まだ、理論的に完成していない。ちなみにアインシュタインは、重力と電磁力の統一に情熱を傾けたが、失敗に終わっている。重力を含めたすべての力を統一する超大統一理論も、未完である。
 ところで、力の統一理論を完成させると、宇宙の歴史の中で力が「進化」した過程が明らかになるのだ。力が進化するとは、いったいどういうことか?
 下の図を見てほしい。宇宙誕生の時には、ひとつの力しかなかったと考えられている。ビッグバン理論によると、宇宙は始め高温・高密度の火の玉状態から膨張したとされているが、高温・高圧の初期宇宙では、力は一つにまとめられていたのだ。

 

 やがて、宇宙が膨張し、温度が下がっていくと、ひとつしかなかった力が4つに枝分かれしていったのである。高温に時には、ひとつの力として存在する方が安定的なのだが、ある一定の温度以下では、別れて違う現れ方をした方が安定するためだとされる。(図解雑学 量子論 ナツメ社より) 

 

http://homepage2.nifty.com/einstein/contents/relativity/contents/relativity221.html

勝手創千界への

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2013年

6月

09日

勝手創千界から世界へ

この世界が持つ多くの問題への解決は待っていては果たせない

より良き社会を目指して我が「勝手自由なる提案」を創り上げていく

そして「勝手創千界」の描く世界から解決に向けての一歩を踏み出す

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2013年

1月

01日

勝手にエネルギー論を構築する

人類の行く末は「エネルギー」を如何に獲得していくかである。

日本の社会も経済も「エネルギー問題」の解決抜きには語れない。

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2012年

10月

02日

新しいエネルギー開発に向けて

「水危機」と「エネルギー危機」が目前に迫っている。この二つの「危機」だけでも「人類の生存基盤」の危機である。 一刻も早く、地球と人類にとって安全・安心な「自然エネルギー」「再生可能エネルギー」の開発が求められている。

10年、100年先の「危機管理」として、今から行動しなければ遅いことは明白だ。

「消費社会」から「循環社会」「持続可能社会」「自然共生社会」「エネルギー自立社会」へ向けての「意識改革」と「構造改革」が重要である。

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2012年

7月

08日

新しい日本改造に向けて

国の言う「国民のための判断」が本当でないことが明らかにされているいま

国民の持つ価値観として、何が大事で何が大事でないかという判断や、ものごとの優先順位づけ、ものごとの重み付けの体系の価値判断から、3.11震災を契機にした「新しい価値観」と「国民全体の幸福度」についての「提言」が、いまこそ日本に必要である。

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2012年

6月

04日

勝手に発想法を研究する

差し迫る「少子高齢化の縮小社会への突入」「産業の空洞化」「エネルギー問題」「雇用問題」「財政問題」等々・・・日本社会が抱える問題は多岐に渡るが、政治や行政や官僚に「問題解決能力」の欠如が著しい。

さらに日本の技術を支える産業界や学界の「研究開発機関」においても「劣化」が進んでいる。

今こそ「フロンティア精神」と「新しい発想」が連動して「革新的なイノベーション技術」を生み出していくことが必要だ。

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2012年

5月

01日

自然エネルギーと共に生きる

日本の自立と未来を切り開くためには、日本の国土に適合した再生可能エネルギーの社会が必要であり、最先端の日本技術を結集して「世界に誇れる日本」を創っていかなければならない。

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2012年

4月

07日

勝手創千界から「尊敬される日本」へ

まず、現状のまま進行した100年後の日本の未来を想定し、その想定社会状況から、今必要な「方策」を考えてゆく視点が必要ではないかと思っています。新しい視点が必要です。

「勝手創千界」による「勝手な発想」が「脳内停止」状態の人々に「インパクト」を与えなくてはいけません。

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2012年

3月

11日

3.11震災から海上都市計画へ

3.11震災を契機として、日本という国家のもつ様々な問題点が明らかにされ、新しい国家像が求められている。たぶんこのままでは、さらに日本の解体状況は進んでいくだろう。ラブーン海上都市計画がひとつの方向性を提示できればと思う。

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2012年

2月

19日

勝手に復興計画 in 石巻を提案

3.11震災からの新しきまちづくりとして「勝手に復興計画 in 石巻」を発進いたします。

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2011年

12月

31日

ホームページ開設

3.11震災以降、如何にすれば「津波につよいまち」が可能なのか?考えてきました。

その「ひとつの答え」を提示できればと思います。実現に向けて多くの人の意見を求めています。

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