勝手に新日本改造論 -海洋国日本と技術立国日本へ向けて-

  

勝手に新日本改造論

 

-海洋国日本と技術立国日本へ向けて-

 

 

2012.08

 

目次

 

 

1、序説

 

2、国家論と幸福論

  

3、戦後日本と価値観

 

4、海洋国日本の再興

 

5、科学技術思想論(テクノロジー)

  

6、日本エネルギー革命論

 

7、日本改造海上都市論

 

 

 

1、序説

 

1-1

 

3.11震災は自らの「生と死」を考える契機として重要であった。それは3.11以前からの社会への「危機感」が背景にあり、「生かされたもの」として「3.11以降、何の為に生き、そして死すのか」の問いに答えなければならない「切迫感」に襲われた。

しかし3.11以前からの日本がもつ「病巣」が、3.11以降も進行していることがはっきりし、「病状」が明らかになった日本は「瀕死」の状況であることが理解できた。

それは日本の進むべき道である「国家像」の喪失が顕著であり、そして問題として以下の2点がより深刻である。

 

1、想定される迫りくる日本の危機

 ・大規模な自然災害(地震・津波・噴火・海面上昇・隕石落下)と原子力災害(原発崩壊・放射能漏れ・原子爆弾暴発)による、人と経済とライフラインの崩壊。

  ・高齢化と人口減少による国家、国民、経済、産業の解体と消滅。

  ・エネルギー、食糧、水の不足による人の生存可能条件の消失。  

 

2、政治構造の硬直・陳腐化と日本の将来像の消失

  ・3・11大津波は東北3県の沿岸地域の住宅、施設、港を壊滅させ、これまでの耐津波防災の施策の脆弱性を露呈させた。

  ・国の政治状況は最悪であり、情報隠蔽・震災対策の遅れ・「提言」の期待はずれと失政が続き、国家への信頼が揺らいでいる。

  ・国家財政は破綻状態にあり、最低限必要な多大な復興財源確保は困難であることが

  予想される。

 ・日本の社会構造として今後も少子・高齢化が一段と進み、社会の縮小化がはじる。

 ・産業の空洞化と雇用状況の悪化により国民の生活状況の困窮化が進行する。

 ・環境・エネルギー問題は切迫化しており、革新的な循環型の社会構造が求められている。

 ・日本の政治と官僚機構は完全に硬直化し、日本の将来像の展望さえ明らかにできずにいる。

 ・「日本沈没」の様相を呈するように、日本国の解体が進行している。

 

このような日本に対して認識として

 

1・現状の国家が腐敗し将来への希望を国民に提示できなければ、国家として国民を統治する意味がなく、国家の崩壊を意味する。

 

2・国家としての存在理由が「文化情報共同体」にあり、現状の国家の崩壊が予期されたならば、次の「共同体」が準備されなくてはならない。

 

3・次の「小さな共同体」として成立するためには「新しき将来像」を提示し、共感を得て「新しき経済社会」と「新しき文化情報共同体」を構築し「大きな共同体」に向けての、第一歩を踏み出さなくてはならない。

 

との問題意識のなかで「何の為に生きる」の答えを、新しき日本の「国家像」を思考する中から導き出したい。

それは「新日本改造論」として「体系的」に「新しき将来像」を論ずる必要がある。

でなければ、何一つ解決することが出来ないまま「座して死を待つ」状況にまで日本は追い込まれている。

 

1-2

 

日本改造論として戦後の日本を変えたものとして、唯一実効性があったのは

「日本列島改造論」である

(田中角栄元首相が1972年の自民党総裁選挙において発表した国土開発構想)

それは

日本列島に新幹線や自動車道のネットワークの建設する工業の地方への再配置などを内容とした日本の産業構造と地域構造を積極的に改革して、過密と過疎の弊害を同時に解消し、産業と文化と自然とが融和した地域社会を全国土に広めることを目的としたもので、1972年田中内閣によって打出された構想である。

その骨子は

(1)太平洋ベルト地帯に集中しすぎた工業の地方分散

(2)都市改造と新地方都市の整備

(3)これらを結ぶ全国的な総合ネットワークの整備の3点である。

 

60年代を中心とする日本の高度経済成長は,世界に類をみない速度で進み、短期間に日本を世界屈指の工業国に発展させた。これが日本社会に与えた影響も甚大で、農山漁村の崩壊、都市の肥大化が進行し、第1次産業人口が減少して第3次産業人口が急増した。この結果、社会構造や国民の生活様式および意識のうえにも大きな変化があらわれ70年代以降は政治のうえにもそれが影響して企業意識が定着し現状維持的傾向が強まった。

 

もたらされた高度経済成長はさらに、大型公共投資を中心とする経済成長政策を追い求めようとした。その結果土地投機ブームが起こり、この成長の世は永遠に続くかと思うがごとく日本全土が「バブル」に踊った。

 

「バブル崩壊」以降、本格的な「日本改造論」は知らない。

40年まえの日本よりも現状はより深刻である。

そして根深い深刻さの原因の第一に上げられるのは日本人としての「国家論の消失」である。

国家の基盤を「経済社会と文化情報共同体」とするならば「共同体の解体」が進行しているのである。

 

3.11以降の「絆」などの「短小軽薄」な言葉で「共同体」は維持などできないことは判りきっているが、声高に叫ばなければならないほど、日本人の「共同体意識」は希薄になって、日本の進むべき方向性を見失っている。

バブル崩壊を契機にした日本人の「現状維持的傾向」が深化し、「危機感」の欠如が著しく、日本社会全体が「思考停止」状態にあると言っていいのでないか。

そうでなければ、福島原発事故などなかったように「原発再稼働」を決定し、反省もなく同じ間違いを繰り返す「堂々巡り」ができるはずがない。

 

1-3

 

すでに以下の問題意識を提示してきた。

 

「3・11大震災は後世に引き継がれる「戒め」であり、人として生きるためには、自然と人への「謙虚さ」と「誠実さ」が必要であることを知らしめ、大津波だけが「脅威」ではなく

「他者の苦しみを自らの苦しみと感じる感性」を失う社会こそが「真の脅威」であることを教えてくれている」

 

「3.11震災を契機として、日本という国家のもつ様々な問題点が明らかにされ、新しい国家像が求められている。たぶんこのままでは、さらに日本の解体状況は進んでいくだろう」

 

「まず、現状のまま進行した100年後の日本の未来を想定し、その想定社会状況から、今必要な「方策」を考えてゆく視点が必要ではないかと思っています。新しい視点が必要です」

 

「日本の自立と未来を切り開くためには、日本の国土に適合した再生可能エネルギーの社会が必要であり、最先端の日本技術を結集して「世界に誇れる日本」を創っていかなければならない」

 

「差し迫る「少子高齢化の縮小社会への突入」「産業の空洞化」「エネルギー問題」「雇用問題」「財政問題」等々・・・日本社会が抱える問題は多岐に渡るが、政治や行政や官僚に「問題解決能力」の欠如が著しい。

さらに日本の技術を支える産業界や学界の「研究開発機関」においても「劣化」が進んでいる。

今こそ「フロンティア精神」と「新しい発想」が連動して「革新的なイノベーション技術」を生み出していくことが必要だ」

 

「海洋国日本の海洋利用技術と世界に誇れる技術立国日本の最先端の自然エネルギーを利用した「海上都市と漁場開発力」を世界に示すことが、今の日本にとって必要であり世界から尊敬される国家を築くという展望を切り開いてゆくことになる」

 

新たな未来を切り開らこうとする「新日本改造論」は

「海洋国日本」と「技術立国日本」をキーワードとして「尊敬される国家を築く」ための日本の改造にむけた「方針」を提示していきたい。

 

 

 

2、国家論と幸福論

 

2-1

 

新日本改造論を日本の将来の「経済性」や「成長性」からだけでみると誤る事になる。

最も大事なのは、人として「幸福」になることを示すことである。

しかし、この「幸福」の定義は難しい。人それぞれ「幸福感」か違うの当然である。

「金が一番」という人もいれば「家族が命」や「仕事こそが大事」という人もいる。

いろんな社会理論の究極の目的が「人として幸せに生きる」ということである以上、国家の果たす役割は、全ての国民の幸福へ向けての体制づくりでなくてはならない。

 

国の方向性と国民の幸福への道筋は同一でなくてはならないが、そうはなっていない現実がある。

この解明なくては真の日本改造論にはならない。

 

カール・ドイッチュの国家論によると

国家の形成は「経済社会(society)」での財貨・資本・労働の移動に関するものと、「文化情報共同体(community)」での言語と文化(行動様式・思考様式の総体)の情報に関するもの積み重ねの産物であるという。

国家とは「生活」と「情報」を基盤とするものであるため、どちらが欠けても国家として成立しない。

 

そして「国家像と国民の幸福」についての方向性を示す、ブータンの有名な「国家論」としての「国民総幸福量」がある。

1972年に、ブータン国王ジグミ・シンゲ・ワンチュクが提唱した「国民全体の幸福度」を示す“尺度”である。国民総生産 (Gross National Product, GNP) で示されるような、金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさ、つまり幸福を目指すべきだとする考えから生まれたものである。現在、ブータン政府は国民総幸福量の増加を政策の中心としている。政府が具体的な政策を実施し、その成果を客観的に判断するための基準にするのが主な用途で、1990年代からの急速な国際化に伴って、ブータンで当たり前であった価値観を改めてシステム化する必要があったという。」-ウィキディアより引用-

 

国民総幸福量(GNH)の考え方

「ブータンの1人当たりの国民総所得は1,920米ドル(世界銀行,2010年)であるにもかかわらず,国勢調査(2005年)ではブータン国民の約97%が「幸せ」と回答しています。「国民総幸福量(GNH)は国民総生産(GNP)よりも重要である」と,1970年代にGNHの概念を提唱したのは,先代のジグミ・シンゲ国王でした。GNHは,経済成長を重視する姿勢を見直し,伝統的な社会・文化や民意,環境にも配慮した「国民の幸福」の実現を目指す考え方です。その背景には仏教の価値観があり,環境保護,文化の推進など4本柱のもと,9つの分野にわたり「家族は互いに助け合っているか」「睡眠時間」「植林したか」「医療機関までの距離」など72の指標が策定されています。国家がGNH追求のために努力することは憲法にも明記され,政策を立案,調整するGNH委員会が重要な役割を担っています。」 -外務省HPより-

国民総幸福量(GNH)

 

「国民全体の幸福度」とは国家論と幸福論の融合を目指す考え方である。

これまで、ともすれば「まず国家があり、そして国民があり、国民は国家のために尽くす」という考え方であり、そのような体制のなかでの現政府が言う「国民が第一」には嘘がある。

 

今の日本の中で「精神的な豊かさ」を求めることは可能だのだろうか。

 

2-2

  

「その国のレベルはその国の国民のレベルの反映である」

 

イギリスのサミュエル・スマイルズの「自助論」から

「ところで、政治というものは、国民そのものの反映にすぎないということができる。すなわち、どんなに政治がよく行われているように見えたとしても、国民のレベルがそうでなければ、政治のレベルもすぐにそのレベルまで引き下がってくる。逆に、国民のレベルが実際の政治よりも上をいっていれば、政治のレベルも必ずそのレベルまで引き上げられていく。つまり、国民全体の質がその国の政治や法律を決定していくようになる。これは水が高いところから低いところへ流れるように当たり前のことなのだ」

「国民がしっかりしていれば、政治もしっかりしていく。国民が無知で堕落していれば、政治もひどいものとなる。結局、国家の評価も国家の力も、その国の制度によるものではなく、その国民の質とレベルで決まることになるのだ。なぜなら、国家とは、個人の集合にすぎず、その国の文明とは、社会の構成員である男や女、そして子供も、一人ひとりの性質よって作られているからなのである。国の発展は、国民一人ひとりの勤勉さ、元気さ、誠実さによって決まるといってよい。反対に、一人ひとりが怠け者であり、わがままであり、不道徳であれば、国は衰退していくのである。」

 

3.11震災以降の一連の国の対応における「失望感」は著しい。

しかし、それが日本国家の政治・経済・国民の「レベルと質」の反映であるとの認識である。

そして最も酷いのは現日本の政治・経済界の「既得権者」の「老害」であり、戦後「経済至上主義」を進めきた中で、いまだ過去の「経済大国」の上に胡座をかき、それ自体が「崩壊」している「現実」を直視できずに「既得権」だけを守ろうとする「中高年世代のエゴ」が、日本の未来を見えなくさせている。

 

「経済成長を重視する姿勢を見直し,伝統的な社会・文化や民意,環境にも配慮した「国民の幸福」の実現を目指す」方向性こそが「国家レベル」で必要である。

その上にこそ「新日本改造論」がなくてはならない。

 

あるべき「国家像」を考察するのに以前、以下の考察をした。

 

「戦後の敗戦の中で日本は「復興」を果たしたが、「経済の復興」だけに向かい、「経済至上主義」に陥り、日本のあるべき「国家像」を提示できずにきた。それが今の「混迷社会」と「縮少社会」を生み出してきたと思う。

国家への「信頼」なき社会は「不幸」である。

そして「日本の知性」への信頼も薄れてきている

「さらに私は震災後、どうしても「学識経験者」「専門家」「学者」の意見を鵜呑みにしてはいけないと思うようになりました。「福島原発」に対する「学者」「専門家」の対応を見ても明らかです。

「学問」「研究」「技術」は、ある状況を「想定」することから始まっているものであり「想定外」を初めから「考えない」か「排除する」としてきたからだろうと思います。「想定外」に対しては、ただただ驚いているだけのような気がします。

思うに「想定外」を「想定」することは「想像力」が必要です。

想定を超える問題の解決には「専門家」「学者」の立場の「想定内」の意見ではなく、発想豊かな、今までにない「アイデア」があり「想定を超える発想力」をもつ人々の「豊かな、心打つ提言」と「新しい技術開発力」が必要だと思います。」

今必要なのは、一人ひとりが「自分の領域」の中だけでなく、社会の様々な情況にたいして「半プロ」として、「分析」し「思考」し「発想」し「行動」することが必要だ。

その筋の「専門家」だけには任せておいてはいけないという「危機感」が求められている。」

 

「国家論と幸福論」に対しては、いかに国民としての「レベル」を自らが上げることが問われているのであり、「人任せ」では幸せになれない。

 

 

そして「勝手創千界」設立宣言として提案した「幸福論」がある。

国創りの八策提言(船中八策)

 

1・生活水準

あんしん

皆が助け合う

自給力

2・健康

げんき

子供がスクスク

自身力

3・教育

まなぶ

マナーが良い

自信力

4・環境

うつくしい

行き届いている

自主力

5・文化活動

ほこり

継承と開発

持続力

6・時間活用

ゆとり

思いやり

自足力

7・良い統治

まとまり

やる気あり

自治力

8・伝達

ふれあい

隣人コミュ二ケーション

自活力

 

 

2-3

 

「国は国民のための政策を遂行するから、国民は国家の指示に従え」と言う。そうではなく本来は「国民のための政策を遂行するのが国家なのだから、国家は国民の指示に従う」だろう。

さらに国家に対して、国民は全て「平等」であるべきである。だから様々な国民の「幸福感」に対しても平等に取り扱わなければならない。それが初めにあるべきだ。そして国民のもつ「幸福度」を集約し、実現への政策を遂行していくのが国の役割である。にもかかわらず日本の現状は、一部の「権力者」「既得権者」を優先して政策を決定しているとしか思えない。国民の大多数の「力なき者」を置き去りにしている。

だからこそ、新たな「国家と国民」の関係を示す「価値観」を必要としている。

 

「このままでは日本は沈没する」

 

「何度も沈没という言葉を繰り返した。今の日本は、東日本大震災も含めて大変な状況になっています。先行きはまったく見えないし、このままでは間違いなくもっともっと悪くなる。日本は今までに奇跡を2回起こしました。1868年の明治維新と1945年の敗戦です。明治維新で日本は幕藩体制をぶち壊して近代国家を作った。そして太平洋戦争に負けて焼け野原になった日本は、わずか数十年で復興し、世界で2番目の経済大国にまで成長した。2回も奇跡を起こしたのだから、今回の危機からも必ず立ち直れると世界の人は言ってくれる。日本人の多くもなんとなくそう思っているのでしょう。だけどこの国が3度目の奇跡を本当に起こせるかといったら、私は大変難しいと思う」-戦う建築家の超仕事術 安藤忠雄 Vol.01 より引用-

の問題意識のなかで重要なのは日本人の「価値観」と「危機感」である。

 

現代社会の国民の価値観については

 

-価値観の多様性と分布、変化 -

人々の抱いている価値観は多様である。ただし、多様ではあっても、統計的にまったくランダムに分布しているというわけではなくて、国や地域や文化圏ごとに、何らかの傾向がある。同一地域・国でも、時代とともに価値観は変遷してゆく例は多い。変化が速い国や地域では、親子で価値観が大きく異なるということもある。

 

-価値観の形成とその現れ-

価値観の形成は様々に行われる。親から教えられることもある。書物を読むことで吸収することもある。組織や共同体に属することによって継承されることもある。また、個人的な体験をきっかけにしたり、思索の積み重ねによって、独自に新たな価値観が構築されることもある。

ある人が抱く価値観は、その人の具体的な行動となり、「ライフスタイル」や「生き様」などになって現れることは多い。

 

-価値観の共有と共同体・組織-

同じ価値観を抱く人同士では、そうでない人同士に比べて、互いの行動が理解しやすかったり共同作業がしやすく、接近する傾向がある、と言えよう。そのようにして同じ価値観を共有する人々によって共同体が形成されることがある特に宗教的な共同体においては、顕著に価値観は共有されている。例えば、キリスト教徒の共同体、イスラム教徒の共同体、仏教徒の共同体などでは千年以上にわたり世代や時間を超えて価値観や生き様を継承し共有しつづけている、とも言える。企業組織において、価値観は、企業風土や従業員の具体的な行動、顧客が受け取るサービスや商品のありかたにも影響し、結果として企業の存続/消滅 にも影響することがある。その企業に適していて社会的にも適切な価値観を構築し、それを従業員に提示し共有してもらう、ということは経営者・リーダーの重要な仕事である、とされることも多い。-ウィキディアより引用-

 

国の言う「国民のための判断」が本当でないことが明らかにされているいま

国民の持つ価値観として、何が大事で何が大事でないかという判断や、ものごとの優先順位づけ、ものごとの重み付けの体系の価値判断から、3.11震災を契機にした「新しい価値観」と「国民全体の幸福度」についての「提言」が、いまこそ日本に必要である。

 

2-4

 

日本の人口展望は「国家存亡の危機」と言っても過言ではない。

これまで経験したことのない「縮小社会」が国家体制を大きく変える契機になるだろう。

しかし「国家」自体が小さくなることは自然の摂理とも言えるが、人口減少は国民の幸福感と大きく関係している。今後は当然に国民生活の「レベル」が低下していくだろうが、そのことが「不幸」とは思わない「幸福論」の確立が重要だ。

 

経済・エネルギー需給の将来展望には人口がどうなるかを見極める必要がある。
以下では、2025年までの人口展望の概要を紹介したい。

 

1. 避けられない少子・高齢化と人口減少

 

国立社会保障・人口問題研究所の将来推計人口(2002)によれば、日本の総人口は今後数年以内にピークを迎える。少子化が加速し、1970年代後半以降、合計特殊出生率(一人の女性が生涯に生む子供の数の指標)が人口維持水準2.08を大きく下まわり、その影響が現れ始めるためである。国立社会保障・人口問題研究所推計は、唯一の公的な将来推計値であるが、5年に一度しか公表されないことや、地域別世帯数については、推計結果の公表がかなり遅れるため、当所では、独自に人口予測モデルを開発し、これを使って地域別の人口及び世帯数を推計している。

各地域の人口水準を求めるためには、年齢階層別に死亡率、地域間人口移動及び出生数を求めて推計する。死亡率は地域間格差が縮小してきたのに対し、出生率にはかなりの地域差がみられる。その要因としては、近年、我が国では社会保障や医療サービスが全国的に充実し、生活習慣が均一化したことで、生残率の地域差はなくなってきているが、初婚年齢や出生行動、地域間人口移動については、経済社会的な要因が地域差をもたらしていると考えられる。2025年までの出生率をみると、初婚年齢の上昇、晩産化の進展から30歳代の出生率は若干上昇するものの、20歳代の出生率が低下し、これが社会全体の出生率(TFR)を引き下げる(図1)。

図1 合計特殊出生率(年齢階層別,2002年以降は予測)

2. 数年以内に全ての地域の人口は減少する

 

地域の人口は自然増減(地域内出生数-死亡数)と社会増減(地域間人口移動、国外との移動)で決まる。今回の展望では、全国総人口の減少は2006年から始まると推計されたが(図2)、男女別あるいは地域別にみると地方圏の男性が最も早い段階でピークを迎え、次いで地方圏の女性、大都市圏の男性、そして最後に大都市圏の女性人口が減少局面に入る。2008年には全ての地域で自然減少に陥り、予測期間の後期にかけ、平均寿命を越える世代の人口が年々増加していくことから、各地域の人口減少数は拡大していくとみれる。


図2 男女・4年齢階層別人口の推移
出所:実績値は国勢調査、厚生省10月1日人口。
-社会経済研究所HPより-

 

3、戦後日本と価値観

3-1

 

時間と空間の変遷によって、人の持つ「価値観」は変わっていく。

特に環境の変化は価値観を変える。戦後日本国民は「激動の時代」の流れの中で、ただ「現実」を生き抜いてきた。日々の生活の中で「将来」を考えるよりも「刹那的」に生きてきたのだろう。

今は、「良い時代なのか」と問われた時には「否」と答えざるを得ない現実がある。

しかし価値判断として「良いか」「悪いか」を問うことなく「生きる」ことは可能だ。

「何のため」など考えることなく「生きる」ことも可能だ。

だから現実は「良い時代なのか」と問われた時には「良いも悪いも関係ない」と答えることが素直である。

さらに「価値観の違い」と言って、争うことがある。「価値観」は人それぞれ違って当然なのだ。

価値観は人それぞれの持つ「時間と空間」の違いによって生まれてくるものであり、同じ「時間と空間」を持つ人が存在しない以上、人それぞれによって価値観は異なる。

だが、よく「同じ時代」を生き抜いた人は「似た価値観」を持つ場合がある。

 

戦後の日本の流れ

 

1945~59年 戦後復興期

1960~    高度経済成長期

1970~    安定成長期

1980~    バブル経済期

1990~    低成長期

2000~   (失われた20年)

2010~     ?

 

生き抜いた時代を今振り返れば「色々あったな~」としか言えない。

価値観は時として移ろいやすくもろいものである。そして環境や社会構造によって左右される。

例えば「会社の倒産」にあえば「安定した生活」「安定志向」「人生設計」「ライフスタイル」「今までの日常」などすぐに消し飛んでしまう。

また「自然災害」「病気」にあえば「取り巻く環境」は一瞬にして大きく変化する。

そのような「変化する価値観」の中でも変わらない、「何か」が存在することも確かだ。

人は様々な環境の変化の中で「アイデンティティ」と呼ばれる「自己基準」「自己判断」がきっと形成されている。それを大事にし、価値判断として「良いか」「悪いか」を問うていかなければならない。

 

3-2

 

悲しいことに日本は「むら社会」である。

古くから「むら八分」と言われるように仲間以外に対して閉鎖的であり、特に「むら」を守ろうとする意識が強く、開放を求める人を差別し抑圧して、「掟」に従わせようとさせ、人の「アイデンティティ」を認めようとしない社会が受け継がれてきた。

 

「むら社会」は以下のような特徴が見られる。

・長による支配、ボスと子分の上下関係が厳然と存在する。

・所属する「村」の掟や価値観、しきたりが絶対であり、マイノリティや多様性の存在

 自体を認めない。

・出る杭は打たれる。長い物には巻かれるべし。寄らば大樹の陰。義理と人情。横び。

・排他主義に基づく仲間意識が存在する。

・自分逹の理解できない『他所者』の存在を許さない。

・同郷者に対しては「自分達と同じで当たり前」という意識を抱いており、 自我の存在

 を認めない。

・一見異端者に寛容に見えても、相手を理解しようとではなく理解できるものに 改造

 しようとしていたり特例で見逃されているだけであったりする。

・白か黒、善か悪、全否定か全肯定といった二極論を良しとする。 これが「異端者は自分

 たちを見下している/敵意を抱いている/自分より劣る 存在である」といった

 思い込みや村八分に繋がる。

・弱いと規定したものに対しては、陰湿且つ徹底的に圧迫を加える。

・構成員は陰口を好む。

・有形物のみならず時間や空間に対する共有意識も強く、プライベートや

 プライバシーといった概念が無い。

・事なかれ主義。「される方が悪い」という理論で被害者を悪者にする。

・"掟"に関与しない一般のルールやマナーにはルーズ。他者がルールを守る姿にも息苦しさ

 を覚える為、他者にもルーズさを強要。「マナーを守らないのがマナー」と化している。

・知識人の不足と年長者の影響力により、架空の法律のでっち上げ、

 神頼みといった非常識がまかり通る。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

これが戦後の日本においても、世界から「異質な日本」と見られている一因である。

この「むら社会」は、今注目の「原子力むら」にとどまらず、日本社会の至る所に存在し「何とか業界」「何とか学会」さらに「何とか連絡会議」などが形成され、国、行政、自治体に対しての「利益誘導」「利権確保」「圧力団体」として機能しているのは確かだ。

この社会構造は、戦後の日本ではさらに強くなり「談合」や「カルテル」を生み出してきた。

当然、生活の糧を得る「企業」も、一つの「むら社会」に成り下がっている。

 

「むら社会」の社会構造は、本質的に「保守的」であり、この体制には「新しい国家像」を生み出す「力」はない。

 

3-3

 

日本独特の「むら社会」の社会構造は強力である。

この閉鎖された「むら社会」に異議を唱え戦うには、社会から迫害されることも覚悟しなければならず、もしかしたら「仙人」になるしかない程、「むら社会」の掟は厳しい。

さらに、多くの人の「価値観」は自由意思のように見えているが、知らず知らずに「むら社会」に適合するために形成されたものかもしれない。

「新しい国家像」を獲得するためには「むら社会」との決別は避けて通れない課題である。

 

以前、3.11震災の復興計画に対する以下の考えを示したが、「新しい国家像」を生み出すためには同じである。

 

「今後10年の復興の道筋を示す震災復興計画」は、単に「学識経験者」「経済界の重鎮」「政治家」「学者」「専門家」「行政者」の意見だけが問題を解決できるのではなく

「切実で困窮する被災者・住民」「埋もれている才能豊富な人」「誠実に未来を考えている夢のある人」「豊かな発想の持ち主」「自然を大事にしている人」「社会的弱者と呼ばれている人々」「他者の苦しみを自分の苦しみと感じる感性豊かな人」「謙虚であり自立して、なお真剣に働いている人」「未来に引き継がれる子供たち」さらに、3.11震災で「生かされた人々」

の多くの住民の思いに応えられることこそ、真に誠実で豊かな内容と実現力のある「復興計画」であり、今後の10年、さらに100年の時代の流れに耐えうる「まちづくり」です。

単に取り繕った「復興計画」に終わらないことを望みます。

さらに夢と未来と希望のある、具体性と明確な将来ビジョンをもつ「復興計画」の策定と、その実現を心から期待しています。」

 

今の日本の現状は、一つの業界、学会、省庁、役所、企業では解決出来ないところまで追い込まれている。

そして日本の進むべき「国家像」を提示できる、総合力を持った組織は今の日本には存在しない。

 

ではどうするのか?

ジュール・ヴェルヌがいう

「人が想像できることは、必ず人が実現できる」と言う思いに賭けるしかない。

人の意識としての「想像力」や「発想力」「総合力」によってしか、「新しい国家像」を生み出すことができないのでは、との認識である。

 

仮に異端者との評価であったとしても、戦後日本の閉鎖的な「むら社会」の束縛から解放された真の「自由意思」によって想像された、「新しい国家像」こそが意味がある。

 

そして本題である「海洋国日本」と「技術立国日本」をキーワードとして「尊敬される国家を築く」ための日本の改造にむけた「新しい国家像」を提示していきたい。

 

 

4、海洋国日本の再興

 

4-1

 

人類の生存環境としての「陸、海、空」において、今だ「海」に於いての開発は遅れている。

海洋開発が人類に残された「フロンティア」と呼ばれている所以である。

 

何故、今「海洋国日本」に注目するのか。

以前に、日本の現在における「想定される迫りくる日本の危機」として、以下の状況を指摘してきた。

・大規模な自然災害(地震・津波・噴火・海面上昇・隕石落下)と原子力災害

(原発崩壊・放射能漏れ・原子爆弾暴発)による、人と経済とライフラインの崩壊

・高齢化と人口減少による国家、国民、経済、産業の解体と消滅

・エネルギー、食糧、水の不足による人の生存可能条件の消失

の解決策として「海洋」に視点を移すと見えてくるものがある。

 

これまでの「日本の海洋国家論」について

 

・海洋国家である日本は

1.海洋を通じて国交を結び貿易をし、渡来文化を吸収してきた。

2.貿易や漁業を通じて食糧を得、豊かな経済を形成してきた。

3.海が対外的な天然の防壁となり侵略から免れてきた。

4.石油文明時代においては少資源国であるから、貿易なくしては自立できない。

 

・海洋国家としての歴史を顧みると、日本は

1.古来、自国を秋津島といった通り、早くから島国として自覚されてきた。

2.元寇などの対外的な侵略の危機から免れる一方で、海洋を通じた諸外国との関わりが自国

 の発展や繁栄において如何に重要であるのかを自覚していた。

3.江戸時代に、諸外国の属国となることを恐れて海禁政策をとったが、海洋を通じた外界

 との交流を絶ったわけではなく、オランダや近隣諸国との貿易は断続的に続けられてきた。

4.アジア諸国の中でも早くから、貿易を通じた西欧文化の吸収を進めてきた。

 日本は当時の西欧人を南蛮人の渡来などと称し、高く評価した。

5.薩英戦争など雄藩と西欧列強との戦争を経て、海洋を通じた対外的交流の重要性を

 再認識した。

6.明治新政府のもとで、諸外国の有する近代的な政治経済文化・法制度を輸入し自国のもの

 として定着させ、近代的で強力な陸海軍を形成していった。

7.日露戦争の勝利をもって世界3大海軍国となった。

8.第二次世界大戦敗戦後も、安全保障・経済・運輸・食糧・環境など各方面において海洋

 との関わりが切っても切れないものとなっている。

 

・海洋国家としての現代日本では、

1.造船業や海運業がきわめて盛んである。

2.海運業は、航空機の発達により空輸という物流ルートが開発された後も、最も安心で安価

 な輸送手段として重視されてきた。

3.経済活動の多くは外国からの原材料の輸入と、開発した工業製品の輸出であり、通商産業

 政策はほぼ海洋を通して担われている。

4.エネルギーや食糧など資源の9割を対外依存しており、資源供給のほとんどを海上交易

 により賄われている状況にある。

5.経済活動としても食糧問題としても海洋水産資源への依存度は高い状況にある。

-日本の海洋国家論(Wkiipedia)より引用-

 

日本は戦後、日本には資源が無いとして「資源輸入国」と「自動車、機械輸出国」としての産業推進政策を進めてきた。

しかし、この政策の「大転換」が必要な状況になっている。

 

4-2

 

まず日本国家の「海洋開発」への取り組みを知る。

 

「海洋開発推進計画(平成19年度)  海洋開発関係省庁連絡会議」より抜粋。

 

第1部  基本的推進方策及び実施計画

 

海洋は膨大な量の生物資源、鉱物資源及び石油等のエネルギー資源を包蔵しているばかりでなく、広大な空間を有し、潮流、波浪等の尽きることのない自然エネルギーが存在する場である。また、海洋は美しい景観や親水空間を有しており、国民の価値観の多様化に伴い精神的な充足を求める意識が高まっている中で、海洋は憩いの場、レクリエーションの場等を提供する等、多面的な価値を有している。さらに、近年の科学技術の進歩は、海洋の資源や空間の新たな利用方法を産みだし、この結果、海洋の開発利用が社会経済の発展に貢献する度合は近年飛躍的に増加している。このように、21 世紀の日本の発展にとって、海洋開発が果たす役割はますます大きなものとなってきている。

一方、近年の人口増加や経済社会の活動の拡大等による環境負荷の増大は、海洋汚染をはじめとして海洋生態系の攪乱や生物資源の枯渇等を引き起こしている。また、地球温暖化等の地球規模の環境問題が世界的に大きな問題となっているが、地表の約70%を占める海洋はこれらの問題にきわめて密接に関係しており、国際的な連携のもと、科学に基づいて海洋や地球の変動を予測し、有効な対策を行うための政策が要求されている。

 

2.海洋エネルギー・資源利用

(1)基本的推進方策

海洋には、風力・波力・潮力・温度差・太陽光等のクリーンで尽きることのない自然エネルギーが広く分布しており、循環型社会の実現に適応する新エネルギー及び再生可能エネルギー・資源の利用に取り組むことが重要である。特に島嶼等におけるローカルなエネルギー源としての観点からも、その利用が期待される。我が国としては、長期的観点から海洋エネルギー利用技術の研究開発を行っていく。実用化のためには、特に水質改善や深層水利用等との複合システムが有効と考えられ、そのようなシステムの開発を進めるとともに、海洋エネルギー利用のためにより有利な条件の多くの適地を有する開発途上国等に適合したシステムの開発を進めていく。

また、我が国の領海、排他的経済水域、大陸棚の海底及び海底下には、多岐にわたる鉱物資源、エネルギー資源が賦存しており、これらの資源は海洋生物資源及び海洋エネルギーと並んで我が国の生活基盤を支えるために大切である。鉱物・エネルギー資源は将来国際的に不足するとの予測もあり、賦存調査とともに、環境影響の極小化を図りつつ海洋における鉱物・エネルギー資源の採取・生産についても、継続的な技術開発を進める必要がある。」

 

 

国は「21 世紀の日本の発展にとって、海洋開発が果たす役割はますます大きなものとなってきている。」と言う。

しかし、その予算配分を見ると国の省庁名として

「総務省、文部科学省、農林水産省、経済産業省、国土交通省、環境省」への予算配分が決められていて、バラバラな開発をし、総合的な、国家方針としての「方向性」を示しきれていないのが実情である。

例えば、昨今話題の「海底資源」は、資源の輸入に頼ってきた日本の「国家戦略上」の「自立」を目指す重要な、日本の国内産資源である。今こそ省庁を超えて、集中した「海洋開発」を必要としている。

 

4-3

 

日本の「海洋環境」の地理的有利性を知る。

 

http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/9410.html

 

 

日本は島国であるとともに、周辺海域の大きな海洋国家でもある。前者については、海岸線の長さを示した図録9400を参照のこと。ここでは後者についてふれる。

 周辺海域の大きさとしては、領海面積と言うより、排他的経済水域の面積を示すことが適切であろう。排他的経済水域とは、周辺海域であって、優先的に資源利用・開発を行うことの出来るかわりに資源の管理についても責任を持たねばならない国際的に認められた領域を指す(定義は下注を参照)。

 日本は人口規模では世界第10位であり、国土面積では、世界第61位である。(図録1167参照)。それでは支配権が及ぶ海洋面積では何位であるかを見たのが上図である。

 ここでは、領海を含めた排他的経済水域の面積を掲げているが、日本は、447万平方キロと国土面積38万平方キロの約12倍と大きく、世界第6位となっている。日本は海洋国家としては大国であることが理解される。

 しかも、漁場としては、北海周辺からアイスランド周辺にかけての水域、及びアメリカ大陸北西大西洋岸とともに世界3大漁場の1つともなっており、漁業国日本の基礎をなしている。同時に周辺漁場の漁業資源の保全にも管轄国として1義的な責任を有している。

 この他、海底資源の点でも、メタンハイドレードなど多くの可能性を秘めている。逆にこうした潜在的な可能性の開発に関して責任を持っており、自国の利益だけでなく、世界の資源問題の解決にも寄与することが求められている。

 東シナ海ガス田開発をめぐる日中の係争は、排他的経済水域の範囲をめぐって日本が日中の中間線を主張し、エネルギー資源確保に成長の制約を見ている中国が日本に寄った大陸棚の範囲を主張しているからであるが、双方の主張の正当性とともに、東アジアと世界の共同利益という点からの解決が望まれる。

 なお、2012年4月「27日、政府は国連の大陸棚限界委員会が、日本最南端の沖ノ鳥島の北方など太平洋の4海域約31万平方キロを新たに日本の大陸棚として認める勧告を採択したと発表した。中国と韓国は、沖ノ鳥島の関連海域への大陸棚拡張に異議を唱えていたが、勧告は、同島北方海域の拡張を認定。ただ、同島南方の海域については判断を先送りした。」(東京新聞2012.4.28)

 我が国が権利を主張できる海域が拡がったということで普通は喜ぶべきなのかもしれないが、大きくいえば日本とその周辺海域自体が中国の「大陸棚」上にあるともいえるわけであり、こうした場合は、当事者国間で権利を折半するなどといった新しい海洋法秩序を中国が他の大陸国と結んで提案してこないとも限らないことを心配する。例えば、小笠原諸島が日本から国として独立し、太平洋沖合のEEZなどの海域に対する権利をまるごと主張したとしたら、日本はそれを認めるだろうか。200カイリ自体そんなに前にできた制度ではなく、現行の海洋法秩序が永遠だと考える確たる根拠はない。世界の海は所得の高低や利用容易性には関わりなく人類が等しく権利を分有するべきだという考えが成り立つとしたら人口比に応じた面積の海域支配ルールだってあり得るのではないかと思う。細かく主張して大きく失うことにならないよう、日本にとっては近隣国と細かい支配領域争奪戦は、それはそれとして行うにしても、現行の海洋法秩序自体の存続強化へ向けたイデオロギー上の取り組み、あるいは賛同国数確保などの取り組みの方が優先順位としてはより高いと考えられる。

 

(注1)「排他的経済水域」とは、...

「領海(幅12カイリ)の外側にあって,沿岸国がその水域のすべての資源(生物,非生物を問わず)の探査,開発,保存,管理および同水域のその他の経済的活動について排他的な管轄権をもつ水域。国連海洋法条約(1982採択)上の正式名称は上記のとおりであるが,経済水域,EEZ とも略称される。領海と公海の中間に位置する第3の新しい水域である。すなわち,資源利用その他の経済活動の面では領海に同じく,航行,上空飛行その他の国際コミュニケーションの面では公海に同じという性格をもつ。排他的経済水域は,国連海洋法条約において領海が12カイリと狭く定められた代りに沿岸国に認められたものといえる。この水域は,領海の基線から測って200カイリを超えてはならない。」(平凡社世界大百科事典による)

 

(注2)「大陸棚」に認められると、...

「国連海洋法条約は、大陸棚の取り扱いに関し、海底の地形・地質が沿岸国の領土と連続していれば、200カイリの排他的経済水域(EEZ)を超えても主権的権利を認めると規定。日本にとっては、レアメタル(希少金属)など海底資源の採掘権を主張できる範囲が広がることになる。」(東京新聞2012.4.28)

 

「日本は海洋国家としては大国である」

 

この「有利性」に注目していないことは理解できない。

なにも日本は「資源の乏しい国」ではないはずだ。

 

4-4

 

海は資源の宝庫である。

 

10年、50年、100年先の日本の「生存」の基盤を見るとき「海」からの「エネルギー資源」獲得への開発を早急に準備しなくてはならない。

世界では「海の覇権競争」が始まっている。

日本の「むら社会」の中で安易に暮らす日本人では「エネルギー覇権」に敗れるのではないかとの「危機感」がある。

 

http://www.jogmec.go.jp/news/publish/docs/kaiyou_info.pdf#search='海の資源'

 

海洋資源01
海洋資源01
海洋資源02
海洋資源02
海洋資源03
海洋資源03

 

これまでの海の資源獲得の「漁業」だけでは、展望は開けない。

 

農林水産省HP 特集1 海に挑む。(1)より引用

 

「日本の漁業はさまざまな問題に直面しています。まず、漁業者の減少・高齢化が進んでいます。平成19年には、漁業者が約20万人であり、男性の漁業者のうち65歳以上が37%も占めています。

また、漁業用の燃油費の高騰も漁業者にとって頭の痛い問題です。昨年夏には燃油価格が急騰し、漁業を休漁せざるを得ない状況になりました。

さらに、日本の漁業生産量が減少していることも問題です。その生産量は、昭和59年のピーク時には1280万トンあったものが、平成19年には570万トンと半分になりました。これは、マイワシの急減や海外漁場が縮小したこと、海水温などの変化、一部の資源を獲りすぎたことなどが原因といわれています。

今、漁業者・都道府県・国が一体となって「資源回復計画」を進めています。これは休漁する期間や場所を決めたり、種苗を放流するなどして減少した水産資源の回復を目指すものです。

私たち一般消費者は、豊かな水産資源を次の世代に残すために何ができるか、これを機会に考えてみませんか。」

 

我が国の水産物の生産量・輸入量の推移

 

日本を取り巻く海の「海上・海中・海底」における開発は、世界に誇れる「海洋国日本」を目指すためには必要だ。

 

4-5

 

受注残ゼロ「造船2014年問題」

http://www.sankeibiz.jp/business/news/120304/bsc1203040701000-n1.htm

 

「かつて世界を席巻した日本の造船業界が、2年後に造る船がなくなる「2014年問題」の危機に直面している。韓国や中国のライバルの後塵を拝し受注が激減しているためだ。危機感を募らせたJFEホールディングスとIHIが今年10月に造船子会社の統合に踏み切るほか、世界をリードする環境技術を生かした「エコシップ」の受注にも力を入れている。“造船ニッポン”は復活するのか。

 

韓国の5分の1

 「韓国勢に大差を付けられてしまった」。日本造船工業会の釜和明会長(IHI社長)は2月21日の定例会見で唇をかんだ。

 同工業会によると、昨年1~6月の新造船受注量は385万トンと、前年同期から57%も激減。通貨ウォン安を武器に60%増と受注を急伸させた韓国の1805万トンの約5分の1にとどまった。中国も60%減の714万トンに落ち込んだが、日本のほぼ倍を獲得した。

 船舶の建造はほとんどがドル建て契約。歴史的な円高によって、「無理に受注しても赤字を垂れ流すだけ」(業界関係者)という状況では、とても中韓勢に太刀打ちできない。

 価格競争が激しい中型タンカーに特化する住友重機械工業は11年度に1件も新規受注を獲得できない可能性があり、このままでは受注残が13年6月末でなくなる。JFEホールディングス傘下のユニバーサル造船やIHI傘下のIHIマリンユナイテッド(MU)、川崎重工業も、今後2年で受注残が底を着く。」

 

造船業は海洋国日本の要であることは確かだ。しかし「造船むら」が世界から遅れをとっている。今頃になって「このままでは受注残が13年6月末でなくなる」と言う。

一方で電機業でも快進撃が続けている「韓国」が造船業に於いても、日本を尻目に世界のトップにのし上がった。

 

多くの日本人は知らず間に「世界から取り残された日本」が進行しているのが現実である。今となっては世界に通用するのは「自動車業界」しかないが、製造部門は海外に移転し国内では「産業の空洞化」が進行している。

これまでの「流れ」の継続の政策では「限界」は見えているのは確かだ。

しかし「むら社会」である日本は、「変化」を恐れ「現状維持」しか考えようとしない。いや考えることが出来ないほど、国内の「むら社会」だけに目を奪われてきた結果である。

 

「政府は11日、国家戦略会議(議長・野田佳彦首相)を開き、野田政権の経済成長戦略である「日本再生戦略」の原案を提示した。2020年までに環境や医療・介護、観光などの成長分野で規制緩和などを通じて100兆円超の新市場を創出し、480万人以上の新たな雇用を生み出すのが柱。これにより、デフレからの早期脱却を果たし、少子高齢化や新興国の台頭で地盤沈下する日本経済の復活を目指す。

 「社会保障と税の一体改革と日本経済の再生は包括的に取り組んでいかなければならない課題だ。日本再生戦略は日本経済の再生のための道筋を示すもので、さらに内容の充実を図りたい」。野田首相はこの日の会議でこう意気込みをみせた。」

 

「医療・介護分野では先進的な医療技術の開発などで20年までに新たに50兆円の市場と284万人の雇用を創出。環境分野でも20年までに新車販売に占める次世代自動車の割合を最大50%に高め、50兆円超の市場を開拓して140万人の雇用を生み出す。観光分野では日本を訪れる外国人旅行者を年間2500万人に増やし、56万人の新規雇用につなげる。

 再生戦略が新市場と雇用の創出で意欲的な目標を掲げる背景には、新興国が存在感を増して世界経済の勢力図が塗り変わりつつある中、このままでは日本の地位が大きく後退しかねないとの危機感が切迫してきていることがある。」

 

政府の言う「環境や医療・介護、観光などの成長分野」は国内しか見ようとせず「世界の覇権争い」に遅れをとっていることには、同じく「むら社会」での議論に終止している。

 

新しい「国家像」は、新しい「発想」の中でしか生まれない。

「海洋国日本の再興」とは、日本に残されている数少ない、日本発展に向けての「選択枝」であり、日本国民が繁栄可能な未来の「海上都市」につながる道である。

 

4-6

 

これまでの日本の現状と国家論の考察をふまえ、新日本改造論の核心である海洋国日本の再興へ向けての提言として

 

第一 ・独立自治の海上都市国家を建設する

 

第二 ・海洋自然エネルギー源確保による循環型社会の構築する

 

第三 ・海底資源確保による資源輸出国として確立する

 

を目指す「日本の新しい豊かで幸福な国家創り」と「世界に尊敬される国家創り」を提起したい。

 

この実現に向けては良き人材が必要だ。

今の社会を見回しても、日本改造を進めることができる「志の高い人物」は数少ないが、それでも「日本と世界を新しく変えることのできる人材」が必要であることは確かだ。

 

「埋もれている才能豊富な人」「誠実に未来を考えている夢のある人」「豊かな発想の持ち主」「自然を大事にしている人」は必ず日本にも存在している。

閉鎖的な日本型「むら社会」に依存していない「自由な発想」による「新しい未来」を提示することのできる「自由人」である。

今後はこの人材発掘の中でより勝手に考察を深化していきたい。

いまの「危機」が、今後ますます進行していくことを考えると海洋国日本への準備は遅すぎるのかもしれないが、まずは新しい提案への弊害である日本型「むら社会」を打破するためには今が「チャンス」ともいえる。

 

新しい日本人の「価値観」をもち、フロンティアとしての「海洋」に目を向けることにこそ、日本の未来を切り開くことが可能だと信じている。

 

第一の提起の各論として

 

海上都市の4つのコンセプト から

 

「災害につよい海上都市」

「シルバー世代の拠点としての海上都市」

「自由都市としての海上都市」

「自立した海上都市」

 

1、今後、発生が予想される大規模災害(東京直下地震、東南海地震、大津波、富士山火、

  海面上昇、原発再爆発など)によって、壊滅的な都市災害が予想されるため、

  都市機能のバックアップ機構をもつ、「災害につよい海上都市」を構築する。

 

2、日本の壊滅を予想する「人口減少問題」を解決する方法として、子供、青年層に頼らない、

  「自立した老人の生活拠点」として、日本の陸地や都市は若者に明け渡し(年金問題、

  地価問題、老害問題、財政問題が解決する)リタイヤした老人のための漁業を主体とした

  生活拠点として、「シルバー世代の拠点としての海上都市」を構築する。

  これは、「将来ある若者に迷惑をかけない、潔い死に場所を求める老人であるべき」

  との思想、生き方によるものである。

 

3、「海洋国日本」において「日本の海洋、環境、建設の技術力」を結集し、集中した

  「ケア医療センター」と「自立した新しいコミュニテ―」と「日本の政治、産業の大変革」

  を可能にする、民間主導の「自由都市としての海上都市」を構築する。

 

4、海は資源に溢れている。海と環境と自然からの資源をもとにした

  「産業と経済と生活の自立」と「循環社会の形成」を確立するグローバルな

  経済都市としての「自立した海上都市」を構築する。

 

の実現に向けて一歩踏み出した。

 

 

 

5、科学技術思想論(テクノロジー)

 

5-1

 

人間社会の発展過程は、人類が獲得してきた「技術力・テクノロジー」の革新的な発展過程を知ることにより理解できる。

しかし「テクノロジー」は社会構造の中で多くの問題の中心であり且つ多様で広範囲であり、正確に捉えることは非常に難しい。

だが「技術立国日本」を目指すときに「テクノロジー問題」の解明は避けては通れない。

 

「テクノロジー(科学技術、英: Technology)とは」

人類や他の種が道具や技巧の知見を使い、環境に適応し制御する能力を高める方法に関する幅広い概念である。テクノロジーの語源はギリシア語の technología (τεχνολογία) であり、téchnē (τέχνη) すなわち「技巧」と -logía (-λογία) すなわち「何かを学ぶこと、または学問分野」を組み合わせた語である。しかし、厳密な定義は捉えがたい。「テクノロジー」は人類の使う具体的な機械やハードウェアや道具を指すこともあるが、システム、組織的手法、技術といったより広いテーマを指すこともある。

 

概要

 

人類のテクノロジーの使用は、自然界にあるものを単純な道具にすることから始まった。先史時代、火を扱う方法を発見することで食料の幅が広がり、車輪の発明によって行動範囲が広がり、環境を制御できるようになった。もっと最近の例では、印刷機、電話、インターネットなどの発明によりコミュニケーションの物理的障壁を低減させ、人類は世界的規模で自由に対話できるようになった。ただし、テクノロジーが常に平和的目的で使われてきたわけではない。武器の開発は、人類の歴史とともに棍棒から核兵器へとその破壊力を増す方向に進んでいる。

 

テクノロジーは社会やその周囲に様々な形で影響を与える。多くの場合、テクノロジーは経済発展に貢献し、有閑階級を生み出す。テクノロジーは公害という好ましくない副産物も生み出し、天然資源を消費し、地球とその環境に損害を与えている(→環境問題)。テクノロジーは社会における価値観にも影響を与え、新たなテクノロジーは新たな倫理的問題を生じさせる。例えば efficiency(効率)という概念は本来、機械に適用されるものだったが、人間のefficiency効率性(生産性)をも意味するようになってきた。

 

テクノロジーが人間性を向上させるか否か、また、テクノロジーのもたらす害悪・危険について、様々な議論が行われている。古くはネオ・ラッダイトやアナキズムなどの運動は哲学的に、現代社会におけるテクノロジーの普遍性を批判し、それが環境を破壊し、人々を疎外する(=人間を支配し、人間の本質を失わせる)としたし、それ以降も、様々な人々からもしばしば批判されており、現在でも、現実的な視点から、全世界で反原子力運動は行われている。一方、トランスヒューマニズムなどの支持者は、テクノロジーの継続的進歩が社会や人間性にとって有益だと主張する。アインシュタインは「科学技術の進歩というのは、病的犯罪者の手の中にある斧のようなものだ」と述べた。

 

最近までテクノロジーの開発は人類のみが行えることだと信じられていたが、他の霊長類や一部のイルカが単純な道具を作り、次の世代へとその知識を伝えていることが最近の研究で分かってきた。」

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia

 

「新日本改造論」の第二部は、人類発展の核心である「テクノロジー論」の考察から始めたい。

 

 

5-2

 

定義と用法

 

テクノロジーには物質的な実体のあるものと実体のないものがあり、なんらかの価値を生もうとする精神的・物理的努力によって生み出される。この場合テクノロジーは、実世界の問題を解決する道具や機械を指す。その場合もバールや木製スプーンのような単純な道具から、宇宙ステーションや加速器のような複雑な機械まで幅広いものを意味する。道具や機械は物質的なものだけとは限らない。コンピュータソフトウェアやビジネス手法といったものも、この意味でのテクノロジーの一種である。

 「テクノロジー」という用語は、技術や技巧の集合体を指すこともある。この場合、資源を組み合わせて望みのものを作る方法、問題解決法、必要性を満たす方法などといった、人類の持つ知識全般を指し、技法、技能、製造法、技術、道具、原料などを含む。英語では、"medical technology""space technology" などと、他の単語と組み合わせて使うことがあるが、この場合はその分野の知識やツール全般を指す。「先端テクノロジー」は、任意の分野のハイテクを意味する。

テクノロジーは文化を生み出す活動、あるいは文化を変化させる活動と見ることもできる。さらにテクノロジーは、数学・科学・技芸を我々の生活に役立つ形で応用することでもある。最近の例としては、コミュニケーションテクノロジーの進歩によって人々の間の障壁が弱まり、インターネットとコンピュータの発展の結果として新たなサブカルチャーであるサイバーカルチャーが生まれた。全てのテクノロジーが明確な形で文化を発展させるわけではない。テクノロジーは銃などの道具の形で、政治的弾圧や戦争を容易にすることもある。文化活動としてみればテクノロジーは科学や工学に先行して存在し、それらはテクノロジーをそれぞれの面から定式化したものと言える。

 

科学と工学とテクノロジー

 

科学、工学、テクノロジーの区別は明確ではない。科学は現象を理性的に調査研究し、科学的方法などの定式化された技法を使って、持続性のある原理を発見しようとする。テクノロジーは効用、ユーザビリティ、安全性といった面も考慮する必要があるため、単なる科学の応用ではない。

工学は、自然現象を人間に役立つ形で利用して道具やシステムを設計することを目的としており、科学の成果や技法を使うことも多い。実用的成果を達成するテクノロジーの開発には、科学、工学、数学、言語、歴史など様々な分野の知識を必要とする。

テクノロジーは科学と工学の成果とよく言われるが、逆に人間の活動としてのテクノロジーがその2つの分野に先行して存在するとも言える。科学は既存の道具や知識を使い、例えば、電気伝導体における電子の流れを研究する。そうして新たに得られた知識を工学に応用して新たな道具や機械(例えば半導体部品やコンピュータ)、他の進んだテクノロジーの形態を生み出す。そういう意味で、科学者や工学者を合わせて科学技術者 (technologist) ともいう。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

人類の生存基盤として「地球」の「自然環境」があり、一方で人類が「地球上」に造り上げてきた「人工環境」がある。

「自然環境」と「人工環境」とが共存している。一方が「優先」することはありえない。

 

科学技術思想論(テクノロジー)の捉え方は、まずその「技術」のもつ「思想性」が上位概念として必要だ。

つまり「何をしたいのか?」「何が良いのか?」そして「どうすれば良いのか?」の、人間の「思想」の中から、人間が産みだす「技術」があるのであって、単に「テクノロジーは科学と工学の成果」とするならば「科学技術」の「暴走」を許すことになる。

 

「技術立国日本へ向けて」を考察する上で、「どのように“人としての幸せ”を実現するのか」そのための「どの様な技術」であり「資源を組み合わせて望みのものを作る方法、問題解決法、必要性を満たす方法」であること知らなければならない。

 

5-3

 

「紀元前1万年から紀元300年」

 

エネルギーと輸送手段

 

人類は新たな形態のエネルギーの利用法を学びつつあった。風の力はまず舟の帆で利用され始めた。記録に残っている世界初の帆船は、紀元前3200年ごろのエジプトのものである[要出典]。先史時代からエジプト人は毎年洪水を起こす「ナイル川の力」を利用しており、灌漑水路を築いて溢れた水を盆地に導くことで灌漑用水を確保する方法を学んでいった。同様にメソポタミアのシュメール人もチグリス川とユーフラテス川について同様の利用方法を学んでいった。しかし、水力や風力をさらに有効利用するには、もう1つの発明が必要だった。

 

考古学者によれば、車輪の発明は紀元前4000年ごろとされている。車輪はおそらく、メソポタミアで発明されたと言われている。時期は紀元前5500年から3000年まで様々な説があるが、紀元前4000年ごろとする専門家が多い。車輪を使った荷車が描かれた人工物として最も古いものは紀元前3000年ごろのものである。しかし、そのような絵が描かれる千年前から、車輪を使った輸送手段が存在していただろうと言われている。また、同時代にろくろとして車輪を使っていた証拠も残っている。なお、元々のろくろは車輪を使ったものではなく、地面に突き立てた棒の上に真ん中に窪みか穴のある平らな板を載せただけのものだった。近年、スロベニアのリュブリャナの湿地で世界最古の木製の車輪が発見された。

 

車輪の発明は、輸送、戦争、陶工(最初の車輪の用途と言われている)といった様々な活動に革命をもたらした。車輪を使った荷車は重い物を運ぶのに使われ、ろくろは陶器の大量生産を可能にした。さらに、車輪は風車や水車といった新たなエネルギー変換手段を生み出し、人力以外の動力の応用という革命をもたらした。

 

「紀元300年以降」

 

道具には、単純な機械(てこ、ねじ、滑車など)と、より複雑な機械(時計、エンジン、発電機、電動機、コンピュータ、宇宙ステーションなど)の両方を含む。道具が複雑になると、それをサポートするのに必要な知識も複雑になる。現代の複雑な機械には、継続的に増大し洗練されていく技術マニュアル群が必要であり、設計者、製作者、保守者、利用者には専用の訓練が必要とされることが多い。さらに、そのような道具は非常に複雑であるため、技術的知識に基づくより小さな道具、プロセス、(それ自体が複雑な道具である)プラクティスの包括的基盤がそのような道具をサポートする形で存在している。それは例えば、工学であり、医療であり、計算機科学である。複雑な製造や建設の技法と組織は、そのような道具の構築に必要となる。産業全体が、より複雑な道具を次々に開発しサポートしていくために発展してきた。

 

テクノロジーと社会(文化)の関係は一般に、相乗的かつ共生的で、相互に依存しあい、相互に影響しあい、相互に産出しあうものである。すなわち、テクノロジーと社会は強く相互に依存している(社会あってのテクノロジー、テクノロジーあっての社会)。また一般に、この相乗的関係は人類の黎明期に単純な道具を発明したときに始まり、今日も続いていると言われている。テクノロジーは歴史上、社会の様々な面、すなわち経済、価値観、倫理観、学界、集団、環境、政府などに影響し、影響されてきた。

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

日本は敗戦後「輸出国」として「生き残り」を賭けた政策を推し進めていた。

高い技術力を誇り、世界に「質の高い製品」を販売し「高度成長」を成し遂げた。

「社会あってのテクノロジー、テクノロジーあっての社会」を国家として総力を上げて構築してきた。

当時「日本株式会社」とよばれ「国と企業」が一体となって、高い技術力を背景として「経済成長」に邁進した。

テクノロジーが「どのように“人としての幸せ”を実現するのか」は日本人としての「技術力」を高め、世界に通用した技術に対して、「自尊心」を持つことによって「人としての幸せ」を感じていたのかもしれない。

それが結果として「テクノロジーあっての社会」のみに目を奪われてきた。

そして、テクノロジーは自然破壊や環境破壊を引き起こすことがある「負」の側面を見ようとせずにきたのである。

「技術至上主義」が日本社会を覆った。それは今でも続いている。

 

技術主義とは

technicism(技術主義あるいは技術崇拝)とは、“人間がテクノロジーを使って最終的にあらゆる存在を制御できるようになる”という信仰である。言い換えれば技術主義とは、“人類はいつの日か全ての問題を解き明かし、テクノロジーを使って未来を制御できるようになる” などとする主張や考え方のことである。技術主義・技術崇拝というのは、実際に出来てもいないことを夢想したり、テクノロジーが社会に与える恩恵の面のほうばかりを過大に評価する傾向があるのである

 

5-4

 

日本の「文部科学省」における「科学技術基本計画」

 

 

思想として「科学技術」に対する「基本計画」として「安全かつ豊かな国民生活の実現」を訴えるが、技術のイノベーション(革新)は「平面的な思考」の中では産まれない。

一人の人間の持つ「思想」と「技術」への「自由な発想」と「垂直的な思考」の中から「革新」が産みだされる。

 

それは「技術至上主義」への「真摯な反省」を前提としなければ、前に進むことは出来ない。

 

 

5-5

 

国の「科学技術基本計画」では「日本を変える」ためには物足りない。

日本の社会状況はもっと「深刻」であり、この先の日本の将来にとってはイノベーションと呼ばれる「新しい価値」としての「技術革新」が必要だ

 

「イノベーション(innovation)とは、物事の「新機軸」「新しい切り口」「新しい捉え方」「新しい活用法」(を創造する行為)のこと。一般には新しい技術の発明と誤解されているが、それだけでなく新しいアイデアから社会的意義のある新たな価値を創造し、社会的に大きな変化をもたらす自発的な人・組織・社会の幅広い変革を意味する。つまり、それまでのモノ、仕組みなどに対して、全く新しい技術や考え方を取り入れて新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことを指す。」

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

新しいアイデアが世に現れて生活を大きく変えた例として以下がある。

・熱機関 → 蒸気機関車、自動車、飛行機

・半導体 → コンピュータ、インターネット、携帯電話、カーナビゲーション

一つの「技術」が社会を変えていくことも可能だ。

 

さらに国の長期戦略は言う。

 

「長期戦略指針「イノベーション25」は、2025年までを視野に入れ、豊かで希望に溢れる日本の未来をどのように実現していくか、そのための研究開発、社会制度の改革、人材の育成等短期、中長期にわたって取り組むべき政策を示したものである。

イノベーションとは、技術の革新にとどまらず、これまでとは全く違った新たな考え方、仕組みを取り入れて、新たな価値を生み出し、社会的に大きな変化を起こすことである。

 

1.未来に向けての高い目標設定と挑戦

 

かつて、有名な科学者が「空気より重いものは空を飛ぶことは不可能である」と言ったわずか8年後の1903年に人類の初飛行が実現している。また、コンピュータが発明された当初は、今のパソコンのような優れた性能は必要とされないだろうと考えられていたが、半導体技術の急速な進歩が小型で高速大容量のメモリを可能とし、小型のパソコンがかつての大型計算機以上の性能を発揮し、また初期の計算機能よりも電子メール、情報検索等ネットワークの手段として利用されるようになってきた。

これまでの歴史に共通しているのは、その出発点には、「一見不可能とも思える高い目標」、「困難に立ち向かいそれを現実のものにしようとするチャレンジ精神旺盛な人」、そして「高い志を持った人たち」が存在していたことである。その目標に向かった様々な挑戦、数々の失敗、そして成功の女神が微笑む幸運によって、大きな飛躍がもたらされてきた。成功の裏には、単に科学的発見や技術の革新にとどまらず、それらが時代とともに融合し、社会制度の変革を要求し、その結果また次の展開が生まれるという過程が存在する。その繰り返しが、今日の我々の社会を形作ってきたのである。

常識にとらわれることなく、高い目標を設定しそれに果敢に挑戦すること、チャレンジ精神の芽を摘み取らないことこそが、我が国を「イノベーションが絶え間なく起こる国」にする上で最も重要である。」

 

「イノベーション25」閣議決定本文より

 

とはいうが現状の日本社会と「イノベーション25」で掲げる目標との大きな「ギャップ」が存在している。

 

例えば-日本人の「フロンティア精神」問う-で考察したように

「日本の企業は「極端に独創的な研究は、出来ないと言うよりは、やらないと言う冒険を嫌う性向があると思われる。」の指摘の通り、日本社会の歴史的、文化的な素養が問題である。 これまでは良かったのだろうが、アジアから世界への中国、韓国の躍進を目のあたりにする今、ますます「取り残された日本」が現実であろう。」

 

だが日本は、今こそ「イノベーション」が必要な時期が来ているのである。

 

5-6

 

技術立国日本を確立するには「世界との覇権競争」に打ち勝たなければならない。

戦後の日本は「産業製品の輸出国」として、高い「技術力」を背景に、世界に「メイドインジャパン」の「ブランド」を確立し、世界での先端技術開発の先頭に位置して世界を凌駕していた。

 

しかし現状はどうだろうか?

「相対的には地盤沈下傾向が否めない」の指摘の通り日本の 技術分野での世界との比較の中では「レベル」の低下が著しい。

日本の産業界は「成功神話の上に胡座をかいていた」といえる。

 

「電子情報通信の特徴・トピックス

国ごとの技術力について特徴的なポイントを以下に示す。

 

日本

多くの分野で基礎研究から産業技術まで高いレベルを有するが、相対的には地盤沈下傾 向が否めない。国際市場開拓に向けた戦略的取り組みが必要である。

コンピュータハードウェアは米国に次ぐ位置を占め、クラウドシステムを構成するサー バの設計技術は高い。スーパーコンピュータについては、次世代スパコン「京」プロジェクトなどを通じて技術力の維持向上が図られている。通信分野では、FTTH (Fiber To The Home) の展開で世界をリードしている。関連して光周波数の利用効率を高める研究開発でも優位な地位にあるが、商用化で一部遅れもみられる。モバイルマルチメディアサービスが普及し、モバイル通信事業者はその収入の半分程度をデータトラフィックから得ており、この点で欧米事業者に先行している。しかし無線LAN、次世代携帯電話方式などのコア技術の研究開発は標準化の動きに対応できていない。

デバイス分野では、技術力は研究から産業技術まで高いレベルにあるが、それを産業競 争力に結びつける取組が課題である。とくにセンサ、パワーエレクトロニクス、有機エレクトロニクスなど素材産業との連携で強みを持つ。また、光学材料・光コンポーネント、シリコンフォトニクスなどでも優位性がある。

ソフトウェア分野では一部に世界をリードする研究成果を上げているが、米国がGoogle, Facebook, Twitter などのプラットフォームを生み出しているのに対して、対抗する力には欠けている。ソリューションサービスについて国際展開を強化する動きがみられるほか、クラウドコンピューティングで米国の後追い的ではあるが取り組みが活発化している。ハードウエアと一体化した組み込みソフトでは世界最高水準の技術レベルにある。

ロボット分野では、産業用ロボットで高い世界シェアを有している。しかし、研究フェーズではサイエンス志向の研究に重点が置かれる傾向があり、実用化に向けたサービスロボットの研究開発は手薄である。」

 

米国

独創的アイデアの創出力とそれを産業に結び付ける社会的仕組みや企業の力がともに強く、電子情報通信のほとんどすべての分野にわたり圧倒的な優位性を持っている。インターネットを利用した多様なビジネスを素早く立ち上げ、世界をリードしている。クラウドコンピューティング、スマートフォンなどの動きを実現、加速する研究、開発、産業技術でリードし、商用化段階においては世界各国のリソースを巧みに組み合わせてビジネスを展開している。広い分野で軍用の研究が基礎技術を支えている側面は大きい。

ソフトウェア分野は特に強く、基盤ソフトからアプリケーションソフトまで優位性を持つ。セキュリティ技術では国家安全保障の観点から広範な研究開発がおこなわれている。

スーパーコンピュータ分野で2010 年のランキングトップを中国に奪われたことが話題になっているが、技術力は依然として最高レベルである。クラウドサービスに伴うデータセンタの省電力化についても高い技術力を持っている。大容量・長距離光通信などネットワークインフラにおいても研究から産業フェーズまで高い技術力を有している。ロボット分野でも、Internet に次ぐ次世代のeconomic enabler と位置づけてNRI (National RoboticsInitiative) を開始するなど力を入れており、サービスロボットの商用化も進んでいる。

これらのシステムを支えるデバイス分野では、ポストムーア時代に向けた独創的な研究が大学および企業で進展している。また環境問題に対応する動きとして、固体照明の標準化に積極的に取り組んでいる。コンピューテーショナル・フォトグラフィ(光学と画像処理の融合技術)で研究開発の世界的な中心になっている。

このように電子情報通信分野のほとんどで世界をリードする米国であるが、産業構造の変化、ものづくりの海外シフト、研究開発予算削減などにより、相対的な競争優位性が失われつつあるのではないかとの危機感も一部には高まっている。

 

韓国

官民一体となって情報通信分野の技術力強化を図っている。とくにSamsung等の企業が半導体メモリ、ディスプレイ、携帯電話を中心に多くの分野で世界シェアを伸ばし、産業的に大きな成功を収めている。欧米各社との連携や留学の重視など海外志向が強いことも特徴である。基礎研究ではまだ独創的なものは少ないが、国際会議への論文投稿数も急速に伸びている。光メモリなどでは、大学の研究開発水準は日本よりも高いと考えられる。

コンピュータハードウェアへの研究開発には注力されていないが、ソフトウェア分野での研究水準は上がってきている。ブロードバンドインターネット普及率は世界有数である。

また検索サービスではNaver が国内シェア1 位を占めている。ロボットの産業化に熱心であり、知能ロボットを17 のGrowth Engine の一つに位置づけて国を挙げて推進している。」

 

独立行政法人科学技術振興機構研究開発戦略センター

 

米国の「独創的アイデアの創出力とそれを産業に結び付ける社会的仕組みや企業の力がともに強く、電子情報通信のほとんどすべての分野にわたり圧倒的な優位性を持っている。」

韓国の「官民一体となって情報通信分野の技術力強化を図っている。とくにSamsung等の企業が半導体メモリ、ディスプレイ、携帯電話を中心に多くの分野で世界シェアを伸ばし、産業的に大きな成功を収めている。」

は一例ではあるが、日本は世界に遅れをとっており、さらに日本社会全般での「危機感」がない。

 

このままでは「技術立国日本」としての「未来」は暗い。

そしてアジア圏のなかにおいても「先進国」としての「地位」が危なくなっている。

 

5-7

 

日本の豊かな未来にとって技術立国日本としての再興が必要ではあるが、過去の「メイドインジャパン」に戻ることではなのだろう。

「日本の繁栄」と「世界に尊敬される日本」を目指す「新たな技術開発」と「イノベーション」を果たしていくための「科学技術」ではなくてはならない。

具体的には「新たなエネルギー開発技術」と「新たな海洋開発技術」へ向けて、集中して「世界を驚かせる技術」を日本から発信することである。

 

そのために

日本人の「フロンティア精神」を問う-5

で考察した技術の方向性を確認しなければならない。

 

-一人ひとりがエネルギーについて考える-

 「日本で再生可能エネルギーを普及させるにはどうすればいいのでしょうか。発電設備の導入を容易にするための電力買い取り制度や補助金も確かに重要な施策です。しかし、もっと大切なことは、地域社会を構成する私たち市民一人ひとりが、エネルギーの供給と利用について真剣に考え、実践することではないかと思います。例えばデンマークでは、地域の人たちが意見を出し合い立案した計画に基づいて、発電装置を設置します。公園など景観を損ないたくない場所があれば、市民の合意の下、風力発電機の設置区域からあらかじめ外しておくのです。地域でつくられたエネルギーは市民が利用し、余剰が出れば他の地域に売ります。市民が効率よくエネルギーを生産し、利用すればするほど、自分たちの暮らしも潤う仕組みになっています。

 今後、エネルギー供給のあり方は、従来のように遠方の発電所から一方的に送られてくる「大規模集中型」から、地域で必要なだけ電力をつくって共有し合う「小規模分散型」へと変わっていくでしょう。私たちは自分たちのエネルギーを主体的に選択・生産し、管理する「エネルギー・デモクラシー」を地域に根付かせ、発展させることによって、持続可能な社会を実現することが求められています。」

 

なにも大型で大規模な施設が必要なわけではなく、地域レベルのエネルギー資源獲得の技術を開発することを目指すべきである。

大企業独占の大規模技術は、過去のものとなるのであろう。

より市民レベルの「幸福度」に根ざした「技術開発」を求めていく。

 

その思想が新たな技術立国日本を創り上げる底流にならなければならない。

 

 

6、日本エネルギー革命論

 

6-1

 

3.11震災による「福島第一原子力発電所事故」は、今後の日本のエネルギー資源としての「電力」を如何なる方法で獲得していくのかの 「エネルギー問題」を提起している。

エネルギーは社会機構の存続基盤である。エネルギー無きところには「社会」はない。

 

今の「エネルギー問題」は、単に「原発」か「再生可能エネルギー」かの二者択一の問題ではない。

今問われているのは日本のエネルギー政策の「方向性」であり、日本の現状と将来への危機感から求められる「エネルギー革命」についてである。

 

日本改造へ向けては、より具体的に「新しい日本のエネルギー」を提示しなくてはならない

 

 

「エネルギー革命(エネルギーかくめい)とは、主要に使用されているエネルギー資源が他の資源へと急激に移行することを指す。

「革命」という言葉の定義上、「石油が枯渇しそうだから原子力を使う」といった意味で使うことは誤りで、「より効率の高い新エネルギー資源の実用化により旧来の資源が必要とされなくなった」という意味において使用されるのが正しい。」

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia

 

 

ヴァラニャックによると、今まで人類は7つのエネルギー革命を経ている。

(A・ヴァラニャック『エネルギーの征服』持蔵不三也訳、新泉社より要約)

 

第1次革命 : 火の獲得と利用。火を発火させ安全に保存する技術が開発されることによって、「炉」を中心とする「家」というものができた。

 

第2次革命 :農業と牧畜が発達して、いわゆる新石器の時代がはじまる。農業は余剰生産物を生み出して、交換経済が発達するようになる。初期の都市が形成される。

 

第3次革命 :家の「炉」から治金の「炉」が発達して、金属がつくられるようになる。火の工業的利用が発達するようになり、同時に家畜や風や水力がエネルギー源として利用される。金属の武器の発達は国家を生み出す。

 

第4次革命: 火薬が発明される。これは14世紀から16世紀のことである。化学反応の速度を高めて、燃え火から爆発する火への移行が起こる。

 

第5次革命: 石炭を利用して蒸気機関を動かす技術が確立される。これをきっかけとして、産業革命が起こる。

 

第6次革命:電気と石油。19世紀の西欧では、電気が新しいエネルギーとして発達をはじめる。電子を構成する電子の運動から、エネルギーを取り出す技術である。電子の運動は電磁波をつくりだし、ここから電波通信の技術が発達するようになる。アメリカでは正規が新しいエネルギーとして注目され、大規模な油田開発がはじまる。自動車産業の発達。そこで形成された「フォード主義」は現代的な資本主義生産のモデルとなる。

 

第7次革命: 原子力とコンピューターの開発。いずれも第二次世界大戦の刺激によって発達した技術である。コンピューターは電子の量子力学的ふるまいを、情報処理に利用した技術であるが、この技術がなければ、原子力のコントロールは、ほとんど不可能に近い。

 

これに続いて、経済に「太陽と緑」の次元を取り戻す

第8次自然エネルギー革命を提唱する。

 

「人類はこれまで(第6次革命まで)、植物や動物が体内に固定しておいてくれた太陽のエネルギーの破片を燃やすことによって文明を築いてきた。

太陽から生態系に与えられたエネルギーという贈与を、媒介(石炭や石油など)を通じてタイムラグがあるもののそれを使用して、経済活動を行った。

しかし、第7次革命になると、太陽の中心部でおこなわれているのと同類の核反応というメカニズムを生態系に、外部から持ち込み、無媒介の技術を誕生させた。

「太陽エネルギーを生態圏のなかに媒介するシステム」かつ石炭や石油の場合と違ってタイムラグを生じないエネルギーシステムの構想(第8次革命)を提唱する。」

 

日本独自の「第8次自然エネルギー革命」を考察していく。

必要とされるのは「より効率の高い新エネルギー資源の実用化」であり、

それは「原子力発電」であるとは言えないのである。

 

 

6-2

 

人類は、この十年以内に自然エネルギーを主体とする「第8次自然エネルギー革命」を成し得るとの予感はある。

今の「エネルギー論争」は「エネルギー革命」前夜の過渡期での「混迷の時代」を象徴している。時代は「新しいエネルギー源」が出現することを待ちわびているようだ。

 

-ドラマ「北の国から」を今こそ考察する-での

 

「黒板五郎は「遺言」で語る

「子供たちに対して「遺す金や品物は何もないけど、自然から頂戴して幸せに生きろ」

と書き記す。「ほんとうの豊かさ」は「自然」と共に生きる中から生まれてくる。

人間は情けの中から「心の豊かさ」を得る。」

 

「新しいエネルギー源」は「自然エネルギー」「再生可能エネルギー」なのだろう。

よく言われる「再生可能エネルギー」は不安定であり「原子力発電」の代替エネルギーになり得ないという。

本当にそうなのだろうか?

これまでの人類の「エネルギー革命」の歴史を振り返れば解るように、必ずや「欠点」を「克服」していくのであろう。それが「必然」である。

 

「自然エネルギー」は再生可能であり、循環社会を創り出し、世界での「石油争奪戦」に終始符を打つだろう。

 

そして「ほんとうの豊かさ」は「自然」と共に生きる中から生まれてくる。という視点にたって「新しいエネルギー源」を開発すべきである。

 

「エネルギー革命を成し遂げるのは日本か?」

「世界のエネルギー市場では近いうちに革命が起こり、それは日本によって成し遂げられる可能性がある。

 日本ではメタンハイドレートの採掘試験が行われている。専門家らは、日本近海には大量のメタンハイドレートが埋蔵されており、これによって日本のエネルギー問題が解決される可能があるとの見方を表している。  

 名古屋のおよそ70キロ沖では石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)と探査船「ちきゅう」号が掘削作業を行っている。課題は、同海域でメタンハイドレートを採掘できる可能性についての試験。2013年の1-3月にはメタンハイドレート 産出に向けた試験が予定されている。  

 メタンハイドレートは、メタンガスと水が結合したもの。雪あるいは融けかかった氷をおもわせるメタンハイドレートは、世界的に分布している。だがメタンハイドレートの開発は課題が多く、今までは採算が取れないと考えられていた。だが現在、日本の専門家らは採算が取れる技術をみつけたと主張している。  

 JOGMECの本社で新技術を視察した「ルスエネルジー」社のアナリスト、クルチヒン氏は、次のように語っている。

「メタンハイドレートには将来性があるため、探査の価値があると考えている。日本ではこのプログラムに3億6000万ドルが拠出された。私は東京にあるJOGMECの本社で メタンハイドレートからガスを産出する試験が成功するために全てを行うというスローガンが書かれたポスターを見た。一番重要なのは技術的な成功だ。なぜなら、このようなエネルギーの産出技術は今のところ開発途中にあるからだ。日本はこれに大きな関心を持っている。なぜなら、日本近海にはメタンハイドレートが7兆立方メートル埋蔵されていると試算されているからだ。1立方メートルのメタンハイドレートは天然ガスの164立方メートル分に相当する。JOGMEが2006-2008年にカナダで最初に行った試みは成功に終わった。新たな試験の結果に期待されている。」  

 現在のところ、加工や輸送など全ての費用を含めたメタンハイドレートの価格は天然ガスの価格を上回っている。そのため日本は原価引き下げについても考えなければならない。だがJOGMEは熱意に満ちている。なぜならこれは戦略的に重要な課題だからだ。  

 世界には非常に多くのメタンハイドレートが埋蔵されている。信頼性があり、かつ採算の取れる採掘方法が見つかったならば、これは世界のエネルギー市場にとって革命となるだろう。ロシアはメタンハイドレート開発に加わることができるだろうか?クルチヒン氏は次のように語っている。

「そのような試みにはすでに着手された。だがロシアには膨大な量の天然ガスが埋蔵されている。メタンハイドレートの産出技術に関する作業は、今のところ理論的なレベルで行われているだけだ。 ロシアではバイカル湖の底やオホーツク海、ヤマロ・ネネツ自治管区の永久凍土、北極圏など多くの場所でメタンハイドレート鉱床が発見されている。」  

 専門家らは、北極圏には化石燃料の埋蔵量と同等のメタンハイドレートが埋蔵されていると試算している。メタンハイドレートは将来、天然ガスに代わる可能性があると考えられている。そのような時代が訪れるのはいつになるのだろか?それについては日本が示してくれるだろう。」

http://japanese.ruvr.ru/2012_05_12/nihon-enerugi-kakumei/

 

「新しいエネルギー源」の開発競争は始まっている。

「より効率の高い新エネルギー資源の実用化」が人類の生き残り賭けた挑戦として、グローバルに国家、企業を巻き込んで進められていくのだろう。

 

そして、日本の技術力を結集して「エネルギー革命」を成し遂げなければならない。

「原子力むら」「太陽光発電むら」などの日本国内の「狭い利潤だけの政策」に囚われていては「世界のエネルギー覇権競争」に遅れをとってしまうだろう。

 

6-3

 

自然エネルギーによる「エネルギー革命」は、世界各国が「中東の石油・天然ガスに依存せざるを得ない」と考えられてきた状況が一変するだろう。

エネルギー地政学における中近東の優位性も大きく後退したといわざるを得ないが、このことは世界に安定性をもたらすのではないかと期待されている。

世界は中東の石油資源をめぐる「覇権争い」を現在に於いても繰り広げている。

「世界の混乱状況」に終始符を打つためには、石油に替わる新たなエネルギー源の確保以外にない。

 

さらに日本の「エネルギーの自給率」の向上なくては、日本の未来も見えてこない。

 

【エネルギー革命】高い環境エネルギー技術が日本を支える!

 

「わが国は、石油や石炭、天然ガス、ウランのすべてを海外に依存しており、自給率はわずか4%。「エネルギーの自給率を向上させ、一方で海外のエネルギー資源をいかに安定的に確保するか」が戦略の基本となる。

 世界各国はエネルギー確保をめぐって、熾烈な生存競争を始めており、それは将来ますます激しさを増すであろう。南シナ海での中国とASEAN諸国との紛争や、東シナ海ガス田に関する日本と中国の対立も続いている。南シナ海から東シナ海にかけては日本のエネルギー輸送の生命線である。中近東の緊張がホルムズ海峡封鎖につながり、石油が途絶される恐れもある。中国とインドの高度成長で「2030年ごろには化石燃料の逼迫(ひっぱく)をきたす」とも考えられている。

 戦略的エネルギー政策とは、その時々の経済性や市場原理に委ねるのではなく、資源ナショナリズムが国際的に高まる中で、国家としてのエネルギー安全保障が最優先されなければならない。原子力と再生可能エネルギーは安全保障の中核を担うエネルギー源である。

 迫りくるエネルギー危機を回避・克服するためには、これまで述べてきたエネルギー革命を踏まえて、(1)クリーンで高効率な火力プラント技術(2)安全で安定した原子力エネルギー技術(3)安定化されて経済性を有する再生可能エネルギー技術を総動員して、わが国のエネルギー安全保障を確保していく以外ない。

 環境エネルギーに関する、日本の高い技術開発力は、省エネルギーと地球温暖化抑制という観点から日本の未来と成長を支え、発展途上国の成長と安定に貢献できるのである。」

http://www.zakzak.co.jp/society/domestic/news/20120723/dms1207230701001-n1.htm

 

3.11以降、日本でのエネルギー論争は高まってきている。

基幹電源であった「原子力発電」への信頼が損なわれたなかで「代替エネルギー」の確保は急を要している。

 

「再生可能エネルギーは、もちろん積極的に導入すべきである。しかし、自然由来のエネルギーは、天候に左右されやすく安定供給の面で不安が残る。また、いまだ割高な発電システムの導入には限界があり、発電量の多い大型システムほど設置の時間を要する。今すぐ原発の代替になるかといえば、そうは言えない。」

 

エネルギー論争の高まりのなかで

「自然由来のエネルギーは、天候に左右されやすく安定供給の面で不安が残る」

の問題解決は必要だ。

 

新しい技術開発として「天候に左右されない安定供給が可能な自然エネルギー源」の開発は可能である。

この技術が「第8次自然エネルギー革命」を切り開くだろう。

 

それは、すぐ近くまで来ている。

 

 

6-4

 

自然エネルギーはエネルギーの「地産地消」が可能になり、大規模な「電力施設」が不要になる。

電力会社は経済性から「大規模施設」を推進するが、自然エネルギーによる「エネルギー革命」が進行すれば、より地域の環境に対応した電力発電が可能になり「地域分散電力開発」により「大規模発電施設」「大規模送電網」「大規模資本」は必要なくなるだろう。

「第8次自然エネルギー革命」は電力発電の「適正規模」「中小規模」「地域規模」を目指さなければならない。

 

電力の地産地消/太陽の力で地域の自立を目指せ 

「農村はかつて薪(まき)や炭などエネルギーの供給地だった。しかし、戦後、石油やガスの普及でその座を奪われ、エネルギーを買う側に変わり、自立力も失った。

 食で見直された地産地消をエネルギーでも実現することで、地域経済に活力を取り戻すことができる。」

「地域資源を基にした純国産エネルギーは、多くの人が関わることで地域経済を潤す。何より自立的な発想を育む。」

 「脱原発依存」を進める自然エネルギーは、閉塞(へいそく)感に沈んでいた地域を目覚めさせるだろう。小さなエネルギー革命を広げ、自分たちの手と知恵で安心できる安全な未来を描いていきたい。」

神戸新聞2012/04/30より

 

電力の地産地消に“小水力”

「ダムのような大規模な設備を必要としない、小型の水力発電を「小水力発電」と呼び、再生可能エネルギーの一つとして震災以降、注目を集めています。地域ごとに電力を生産、消費する地産地消の考えにこの小水力発電を利用しようという動きが自治体や企業の間で広がっています。」

http://www.tv-tokyo.co.jp/mv/wbs/feature/post_10771/

 

「電力 50年までに「地産地消」 知事表明 

産学官で自然エネルギーの自給検討

 横内正明知事は21日、開会した6月定例山梨県議会の所信表明で、電力の「地産地消」を中長期目標に掲げることを明らかにした。2050年までに、太陽光や小水力など県内の自然エネルギーの発電量を、県内全体の年間消費電力を賄える量まで増やし、“自給自足”できる体制を整える。近く産学官の有識者らを交えた会議を立ち上げ、具体策の検討に入る。」

山梨日日新聞より

 

電力の地産地消、宮古市が構想 大手企業と設備構築

「宮古市は、東日本大震災を教訓に市全域で「エネルギーの地産地消」に取り組む。大規模太陽光(メガソーラー)発電や小水力発電などの再生可能エネルギーの活用に向け、大手企業と設備を構築。熱源を利用した植物工場なども想定しながら、新規事業や雇用の場を創出する。国の大型補助金の認定を目指し、18日に官民連携の検討会を立ち上げ基本計画の策定に着手する。

 検討会はエネット、NTTデータ、日本国土開発、NTT、帝人、パナソニックシステムソリューションズジャパンなどの企業もメンバーに入る。

 構想では、同地域の豊富な日照時間を生かした大規模太陽光発電、林野資源を活用したバイオマス発電、山間部の河川を利用した小水力発電など独立分散型のエネルギー製造設備を構築。NTTデータが発電やエネルギー供給設備のネットワーク化を担う。

 帝人は熱源を利用した植物工場を提案。コンビニエンスストアへの野菜提供も視野に入れた大規模園芸施設としたい考えだ。電気自動車の普及を見込み各地に給電設備(急速充電ステーション)を建設する構想もあるなど、再生エネルギーを活用して幅広く事業化の可能性を探る。」

岩手日報社(2012/05/17)

 

「 電力の地産地消」が進めば、「電力の独占」が解消され、「地域社会の自立」の意識が高まり、より「安価な電力」を「地域経済」は手にできる。

そして、一人ひとりの「自由な発想」から生まれる「自然エネルギー開発」がより進行するのではないか。

 

「第8次自然エネルギー革命」は閉塞した地域経済を潤し、個人の自立的な発想を育み、大きく社会構造の変革を可能にする。

 

 

6-5

 

人間は広義に解釈すれば「エネルギー体」である。

食料や水分、空気の摂取により、体内でエネルギーに変換することによって「生存」している。

さらに人の「脳細胞」によって形成される「電気信号」により、身体を操作し活動し「生存」しているのである。

まさに人間自体が「自然エネルギー体」なのである。

だからこそ人間は「自然エネルギー」と共に生きているのであり、「自然エネルギー」の一部であるとの認識を忘れてはならない。

 

ドラマ「北の国から」の映像のなかで、黒板五郎は「遺言」で 子供たちに対して「遺す金や品物は何もないけど、自然から頂戴して幸せに生きろ」 と記す。

 

「自然から頂戴して生きろ」 の意味は奥深い。

人間は自然の一部である以上、自然と共に生きてきたのである。

 

エネルギー源である食料は地球上に共に存在する動物や植物であり、エネルギーは植物を燃やすことで得てきた。

 

今の主力「エネルギー源」の電力など人類史からみればせいぜい200年ぐらい前から社会に広まったに過ぎない。

 

電気とは

「電気に関する現象は古くから研究されてきたが、科学としての進歩が見られるのは17世紀および18世紀になってからである。しかし電気を実用化できたのはさらに後のことで、産業や日常生活で使われるようになったのは19世紀後半だった。その後急速な電気テクノロジーの発展により、産業や社会が大きく変化することになった。電気のエネルギー源としての並外れた多才さにより、交通機関の動力源、空気調和、照明、などほとんど無制限の用途が生まれた。商用電源は現代産業社会の根幹であり、今後も当分の間はその位置に留まると見られている。また、多様な特性から電気通信、コンピュータなどが開発され、広く普及している。」

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 より

 

商用電源は現代産業社会の根幹であることは確かであるが、その発電方法は今だ「発展途上」とも言える。

「自然エネルギー」の有効活用へ向けては「自然から頂戴する」という謙虚な姿勢と「自然と共に生きる」という人間の本来の立場の認識の上に進めることが重要である。

 

「自然を征服する」「自然と対決する」「自然から奪う」ならば、自然からの「反撃」を受けることになる。

人は自然には勝てないのであり、自然とは共に生きる道しか有り得ない。

そのような意識の中で「自然」から「エネルギー」を「頂戴」することが

日本に於ける「第8次自然エネルギー革命」の核心である。

 

 

6-6

 

新しいエネルギー革命の方向性-1

 

低炭素社会の実現

 

社会に多大な影響をもたらす地球温暖化の緩和を目的として、その原因である温室効果ガスのうち、大きな割合を占める二酸化炭素の排出が少ない社会を構築することが、世界的な課題となっている。

低炭素社会の主な具体的手法として、以下のようなものがある。

・省エネルギー

・エネルギー消費量の少ない機器・設備 -成績係数の高いヒートポンプ等を利用した冷暖房・給湯器、

燃費の高いハイブリッドカー・電気自動車

・変換効率の高い機器・設備 -電力用半導体素子・インバータを利用した電源装置・電動機・高周波点灯式蛍光灯、

電球型蛍光灯、LED照明

・コジェネレーション、トリジェネレーション

・エネルギー貯蔵:水素貯蔵、蓄熱、二次電池 (蓄電池)など。

・熱機関の燃料を、化石燃料から再生可能エネルギーへ転換

・発電:風力発電、水力発電、潮汐発電、波力発電、太陽光発電、地熱発電、バイオマス発電など

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 より

 

 

Vision:低炭素社会の実現に向けて

エネルギーの効率的な利用は、技術開発における永遠のテーマです。地球温暖化対策としてCO2削減にフォーカスが集まる21世紀初頭の現在では、「適材適所のエネルギー利用」と「エネルギーの地産地消」が、まず当面のテーマとなります。

そして、あらゆる化石燃料のうち最もCO2排出量が小さく、世界に幅広く存在し、需要地までロスなく届けることができる天然ガス(メタンガス)の果たすべき役割は、これまで以上に高まっています。

適材適所のエネルギー利用は、ベストミックスと言い換えることができます。
天然ガス、石油、原子力、風力、太陽光、バイオガスなど複数のエネルギーを、それぞれの特長を生かす形で組み合わせて利用する「エネルギーのベストミックス」、大規模集中型発電と分散型発電の調和をはかる「供給システムのベストミックス」、そして現在の地域冷暖房や熱供給事業の延長線上にある、面的・ネットワーク的なエネルギー利用は、需要サイドでのベストミックスと言えるでしょう。
風力や太陽光、バイオガスなどの自然エネルギーは、必然的に出力の不安定さを伴います。それを天然ガスによるコージェネレーションで補完する地域自立型のエネルギー供給・利用システム(スマートエネルギーネットワーク)が、近い将来の目標となります。

スマートエネルギーネットワーク

 

 

水素社会の実現

 

水素は化石燃料やバイオマス、水などさまざまな原料から製造でき、燃料電池自動車や家庭用、業務用のエネルギーとしての利用が期待される。水素は燃やしてもほとんど有害ガスが出ないクリーンなエネルギーである。燃料電池自動車では、水素を燃料として化学反応を利用して電気をつくり、その電気によるモーターで走るクリーンな自動車が可能である。

燃料電池自動車が水素エネルギー社会の牽引役を担うものとして大いに期待される。

今後、自動車用燃料として水素エネルギーの普及が進めば、大気汚染や地球温暖化の抑制に大きな効果をもたらすと考えられる。

 

Vision:未来の「水素社会」へ

その先には、現在の化石燃料に代わり水素が主たるエネルギー源となる「水素社会」の未来図が広がっています。天然ガスを改質してつくった水素や、自然エネルギーにより得られた水素が、自動車を走らせ、家庭を照らし、社会を動かす未来です。かつて熱量変更(天然ガス転換)という巨大事業に汗した先人たちは、現在のような環境意識の高まりや天然ガスへの注目など考えていなかったかもしれませんが、結果としてその努力が、今に実を結んでいます。
これまで解説してきた家庭用燃料電池の技術にとどまらず、東京ガスが取り組んでいるバイオガスの利用技術や、水素ステーション実証実験、さらには水素輸送や貯蔵技術などが、未来の水素社会を支える重要なピースとなってくれることを期待しつつ、次代にバトンをつないでいきたいと思います。

水素発酵実験の様子 / 水素ステーションと燃料電池自動車

 

東京ガスHPより

 

「低炭素社会」と「水素社会」の実現は日本に於ける「第8次自然エネルギー革命」の方向性である。

 

 

6-7

 

新しいエネルギー革命の方向性-2

 

循環型社会の形成

 

循環型社会(じゅんかんがたしゃかい)とは、有限である資源を効率的に利用するとともに再生産を行って、持続可能な形で循環させながら利用していく社会のこと。

 

基本的な概念

 

「循環」とは、物事が一ヶ所に留まらずに巡る状態や、姿を変えながらも本質は存在し続けるという考え方を示しているが、特に循環型社会と言った場合は、主に経済活動の途中における資源やエネルギーの損失がないことを理想状態として、(消費>ゴミの生成/汚染物質の排出)という流れで一連の経済活動が終わる状態から、(資源の利用>結果として次の活用資源を生成)となるような、社会システムを構築することを指す。

 

社会に必要な様々な天然資源において、こうした循環を可能にし、再利用の度合いをより高めていこうとする考え方が「循環型社会」という概念であり、鉱物資源のみならず、農・林・水産資源の有効活用から、風力や太陽光などの自然エネルギーの活用まで、幅広い分野にわたる概念である。

 

つまるところ、循環型社会とは資源の枯渇による破局を回避し、永続性の有る社会を実現するための概念の一つであり、省資源/省エネルギー、3R活動(リデュース/リユース/リサイクル)、など個々の意識的な活動を背景として、経済活動におけるこれからの方向性を示す考え方(ビジョン)だと言える。

 

生態系の考えに立てば、物質は元来から循環しているものである。これまでの人間社会では、この点について配慮されたことがなかった。不要物は単純に廃棄され、それは自然の循環システム、あるいは自然の浄化作用に任された。人間の活動量がさほど大きくないあいだは、これでなんとかなったわけであるが、現在ではそれが大きく環境を圧迫するようになった。これを、改めて人間の視野に収め、物質循環を助ける事を考えようというのが循環型社会であるとも言える。

 

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 より

 

戦後日本の経済の発展は「膨大なエネルギー」を必要とし、「膨大なエネルギー」を消費してきた。自然環境から「多くのものを奪ってきた」との反省が必要である。

成長一辺倒の社会である「消費社会」から、資源の枯渇による破局を回避しするため省資源/省エネルギーの「循環型社会」を目指すことが重要だ。

 

そのためには、これまでの「社会構造の変革」が求められる。

 

『北の国から』というテレビドラマで、都会の暮らしからいきなり富良野の、電気も水道もない廃屋に住まわされることになった少年が、仰天して父親にぶつけるせりふがある。

「電気がないッ!? 電気がなかったら暮らせませんよッ」

「そんなことないですよ」

「夜になったらどうするのッ」

「夜になったら眠るんです」

1日の3分の1は闇である。闇は眠るための時間である。夜の街が暗いのは危険であるというなら、夜は表に出なければ良い。

それこそあたりまえのことであり、あたりまえの暮らしに戻れば良い。もっともそれにも覚・悟・が要る。」

(2011年5月31日 北海道新聞6面 シリーズ「3.11からの再生」寄稿)より引用

 

「今後、エネルギー供給のあり方は、従来のように遠方の発電所から一方的に送られてくる「大規模集中型」から、地域で必要なだけ電力をつくって共有し合う「小規模分散型」へと変わっていくでしょう。私たちは自分たちのエネルギーを主体的に選択・生産し、管理する「エネルギー・デモクラシー」を地域に根付かせ、発展させることによって、持続可能な社会を実現することが求められています。」

 

「循環型社会」は日本に於ける「第8次自然エネルギー革命」の方向性である。

 

 

6-7

 

新しいエネルギー革命の方向性-3

 

「第8次自然エネルギー革命」が進行すれば、今の日本の「エネルギー論争」は終始符が打たれるだろう。

これまでの「エネルギー革命」の歴史を見れば解るように「効率の良いエネルギー」が「効率の悪いエネルギー」を世から「駆逐」してゆくのは必然である。

 

「原子力発電」は「効率の良いエネルギー」で「安全・安心のエネルギー」と言われてきたが、今後も生き残っていけるのかの真価が問われているし「効率の悪いエネルギー」であったならば、既得権者が、いくら頑張っても主力エネルギーの座を追われていくだろう。

 

主力電源の「原子力発電」より「効率の良いエネルギー」で「安全・安心のエネルギー」の「新しい代替エネルギー」が開発されれば「エネルギー革命」が進行し、今の「混迷の時代」が終わりを告げ「新しい時代」を迎えるとの期待がある。

 

だから今こそ「新しい代替エネルギー」を提示しなくてはならない。

今後進むであろう「再生可能エネルギー」の中で、最も注目しているのは「水力発電」である。

「水力発電」の優位性は「再生可能エネルギーの「水力発電」に注目する」で考察してきた。

 

「水力発電と同様に再生可能エネルギーを利用する太陽光発電や風力発電に比べて単位出力あたりのコストが非常に安く、また発電機出力の安定性や負荷変動に対する追従性では、数ある再生可能エネルギーの中で王者とも言われ、実用化されている唯一の再生可能エネルギーとも言える。

また世界的に見ると、特に開発途上国において年間発電量として17兆キロワット時という大量の未開発水力地点があると言われている。世界の全電力消費量が12兆キロワット時程度であることを考えると莫大な資源量である。」

 

さらに一歩進めて「海上水力発電」を開発中である。

 

海洋渦潮発電機
海洋渦潮発電機

 

新たなエネルギー源は、世の「むら社会」から解放された「勝手思考」「自由思考」の中で創造されてくるだろう。

 

今後十数年内の内に、日本から世界に誇れる「第8次自然エネルギー革命」が始まる。

 

 

7、日本改造海上都市論

 

7-1

 

これまでの日本の現状と国家論の考察をふまえ、新日本改造論の核心である海洋国日本の再興へ向けての提言として

 

第一 ・独立自治の海上都市国家を建設する

 

第二 ・海洋自然エネルギー源確保による循環型社会の構築する

 

第三 ・海底資源確保による資源輸出国として確立する

 

を目指す「日本の新しい豊かで幸福な国家創り」と「世界に尊敬される国家創り」を提起してきた。

 

この実現に向けて「日本海上都市」の建設が必要だ。

 

「海上都市」というと、「夢物語」「実現不可能」と批判されるかもしれない。

しかし今の「日本の危機的状況」を打破するためには、「フロンティア」としての「海洋」に注目し、「新たな国家建設」としての「海上都市」の実現が待たれる。

 

海上都市とは

「海上都市(かいじょうとし)とは、海の上に建設された都市。

 

日本における海上都市構想

 

構想は1980年代からあったが、実現していない。しかし、東京にウォーターフロントによる海上都市を建設する計画が持ち上がっており、これは出島ではなく完全に人工地盤により海面に土地を作り、その上に町を作るというもの。東京湾上の本土に近い場所に建造し、居住予定人口は10万人を予定。このような海上都市を全国の大都市圏にも建設し、人口過多、住宅問題への新たな打開策とする方針。

 

建造理由

首都及び首都圏の人口過多対策。

宅地環境の整備。

小規模空港の開設。」

 

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

 

「フロンティア精神」と「ユートピア」は人類が「歴史」を切り開いてきた「原動力」である。

 

「海上都市」の実現に向けての考察の中から「新日本改造論」の結論を導き出したい。

 

 

7-2

 

日本の60年代に「海上都市」計画があった。

 

「海上都市」 菊竹清訓
海上都市1963模型俯瞰        海上都市1958コンセプトスケッチ

海上都市模型海上都市1958菊竹清訓からは1958年から60年代にかけて構想された「海上都市」のコンセプトスケッチや模型などが提示され、丹下健三の「東京計画1960」など建築家による都市計画への提案が脚光を浴びていた時代を想起させてくれます。世界で初めて計画されたと謂われる「海上都市」は、産業基地建設のための埋め立てから日本の湾岸部を守るために、産業コンビナートを造成する場所に相模湾の洋上を設定したもので、現在盛んに叫ばれている環境破壊問題を解決すべく考案された先進的な計画でもあった。菊竹は「海上都市」のアイディアを一過性に終らせず持続的に発展させ、1960年には「移動する都市」として海洋に独立する機能をもつ大規模な「海上都市1960」を提案する。産業コンビナートから住居環境を中心として産業施設を付加した計画に変わり、電気・給排水・空調・情報・交通などのインフラ設備が内包された垂直のシャフトにムーバルブハウスと名づけられた円環状の住居ユニットを組み合わせることで一つの街区を形成する仕組みになっている。こういう垂直のシャフト(都市柱)を主要構造として、何本も海上や海中で連結していくことで、独立した都市環境をつくりだそうという計画である。更に「海上都市1963」では、シャフト(都市柱)と海面に水平に広がるプラットフォームを組み合わせたユニットとそれらを繋ぐブリッジの三つの要素が群島のような多様な形態を成すことで、海上都市の機能を構成する提案に進化している。


沖縄国際海洋博1975 アクアポリス
沖縄海洋博アクアポリスこのように菊竹が多年、継続的にスタデイを重ねてきた「海上都市」計画は、1975年に開催された沖縄国際海洋博のメイン会場の「アクアポリス」(未来の海上都市)として沖縄の洋上にようやく実現された。実際に海洋博でこの「アクアポリス」を目にした時は、現代のパルテノン神殿のような巨大な要塞に見えたものでした。50年前からイメージした未来である21世紀となった現在から過去になった「海上都市」計画を俯瞰すると、そこには未来の都市へ向けての希望というメッセージが描かれていたように思う。都市のイメージや想像力こそ、現代の我々が喪ってしまっているものではないだろうか。

-日本建築の美より転載-

 

日本の「高度成長時代」を象徴するかのような「近代的な未来都市」が計画された。

しかし、これは「夢物語」に近く、当時の「未来の豊かさ」は「近代化」としての「ストラクチャー」に関心があった時期での計画といえる。

「未来の都市へ向けての希望」が在った良き時代であった。

 

だが「日本改造海上都市」は、現状の日本の「危機的状況」からの解決方法を示す「海上都市」であって、50年前の日本の「良き時代」から創造された「甘い発想」からの「夢物語」ではない。

 

7-3

 

これまでに日本の「危機的状況」の中で、その危機の原因として「日本の国家像の喪失」にあり、危機を乗り越えるため「新たな国家像」の提示が必要であるとの認識である。

 

「今ある危機」と海上都市計画の必要性

 

1、想定される迫りくる日本の危機

・大規模な自然災害(地震・津波・噴火・海面上昇・隕石落下)と原子力災害

(原発崩壊 ・放射能漏れ・原子爆弾暴発)による、人と経済とライフラインの崩壊

・高齢化と人口減少による国家、国民、経済、産業の解体と消滅

・エネルギー、食糧、水の不足による人の生存可能条件の消失

 

上記危機を想定する「海上都市グランドデザイン」の基本計画策定へ

 

2、政治構造の硬直・陳腐化と日本の将来像の消失

・3・11大津波は東北3県の沿岸地域の住宅、施設、港を壊滅させ、これまでの

耐津波防災の施策の脆弱性を露呈させた。

・今後の津波の防災施策も「高台移転」「高台へ逃げる」の安易な方策しか提言さ れていない。

・津波被災地域の「瓦礫問題」は一向に解決されず、今後の処理には長期化が予想される。

・国の政治状況は最悪であり、情報隠蔽・震災対策の遅れ・「提言」の期待はずれと

失政が続き、国家への信頼が揺らいでいる。

・国家財政は破綻状態にあり、最低限必要な多大な復興財源確保は困難であることが

予想される。

・日本の社会構造として今後も少子・高齢化が一段と進み、社会の縮小化がはじまる。

・産業の空洞化と雇用状況の悪化により国民の生活状況の困窮化が進行する。

・環境・エネルギー問題は切迫化しており、革新的な脱炭素への社会構造が求め れている。

・日本の政治と官僚機構は完全に硬直化し、日本の将来像の展望さえ明らかにできずにいる。

・「日本沈没」の様相を呈するように、日本国の解体が進行している。

 

上記課題を解決する「海上都市グランドデザイン」の基本計画策定へ

 

3、海洋国日本としての新しき海上都市の実現へ

・「世界初の海上都市は2030年までに日本で完成する」の予言を実現することを

世界に示す。

・海に囲まれている日本の地理的優位性で「海上都市」を実現する。

・高齢化と人口減少の日本の危機を高齢者自身が自立し、

主体的に「新しき海上都市」を建設する。

・日本の全産業(造船・海運・建設・環境・漁業・農業・医療・金融)の優れた技術力

を結集して、現状と将来の危機的問題の解決策として「豊かな海上都市」を完成させる。

 

上記提言を実現する「海上都市グランドデザイン」の基本計画策定へ

 

新しい日本改造に向けては、実現可能な「海上都市グランドデザイン」を提示しなければならない。

そして日本の技術開発力があれば「海上都市」の建設は可能であり「夢物語」ではない。

重要なことは、日本の未来を切り開くためには「海上都市」の建設が必要であると「認識」することである。

 

 

7-4

 

海上都市の4つのコンセプト

 

   1、「災害につよい海上都市」

   2、「シルバー世代の拠点としての海上都市」

   3、「自由都市としての海上都市」

   4、「自立した海上都市」

 

1、今後、発生が予想される大規模災害(東京直下地震、東南海地震、大津波、富士山噴火、海面上昇、原発再爆発など)によって、壊滅的な都市災害が予想されるため、都市機能のバックアップ機構をもつ、「災害につよい海上都市」を構築する。

 

2、日本の壊滅を予想する「人口減少問題」を解決する方法として、子供、青年層に頼らない、「自立した老人の生活拠点」として、日本の陸地や都市は若者に明け渡し(年金問題、地価問題、老害問題、財政問題が解決する)リタイヤした老人のための漁業を主体とした生活拠点として、「シルバー世代の拠点としての海上都市」を構築する。

 これは、「将来ある若者に迷惑をかけない、潔い死に場所を求める老人であるべき」との思想、生き方によるものである。

 

3、「海洋国日本」において「日本の海洋、環境、建設の技術力」を結集し、集中した「ケア医療センター」と「自立した新しいコミュニテ―」と「日本の政治、産業の大変革」を可能にする、民間主導の「自由都市としての海上都市」を構築する。

 

4、海は資源に溢れている。海と環境と自然からの資源をもとにした「産業と経済と生活の自立」と「循環社会の形成」を確立するグローバルな経済都市としての「自立した海上都市」を構築する。

 

 

新しい日本改造への道

 

1・現状の国家が腐敗し将来への希望を国民に提示できなければ、国家として国民を統治する意味がなく、国家の崩壊を意味する。

 

2・国家としての存在理由が「文化情報共同体」にあり、現状の国家の崩壊が予期されたならば、次の「共同体」が準備されなくてはならない。

 

3・海上都市が次の「小さな共同体」として成立するためには「新しき将来像」を提示し、共感を得て「新しき経済社会」と「新しき文化情報共同体」を構築し「大きな共同体」に向けての、第一歩を踏み出さなくてはならない。

 

 

 

現状の日本をどう見るのか?

一人ひとりが考えなければならない時期にきているのは確かだろう。

 

多くの問題を抱えている日本であるが 、本来の日本人のもつ「フロンティア精神」を発揮し「新しい挑戦」として、一つの方向性である「海上都市」を目指せば「解決策」が見えてくるのではないか?

 

海に囲まれた日本の「優位性」により、未来都市国家の「海上都市」建設を準備し、日本の大きな「プロジェクト」として推進していけば、日本の「独自性」を発揮し、「世界に貢献できる日本」として「世界から尊敬される日本」を確立できるのでないか?

 

一人の「自由な発想」と「勝手思考」により「新たな創造的」な日本国家を提案できるとの思いである。

 

 

7-5

 

3.11震災以降の「安全・安心のまちづくり」のグランドデザインの視点をどこに据えるかが、まず先決です。

グランドデザインのバックグランドは技術にあります。新技術なき新デザインはありません。

「海上都市」は100年先を見越した最新技術の粋を横断的に結集させなくてはならない。

日本の優れた海洋技術を示し、世界に誇れる「日本と世界を救う海上都市」を建造してゆく。

 

「海上都市」の具体的計画を示す。

 

「海上都市」を可能とする「4つの先端技術」

 

1・エネルギー技術 

2・環境循環技術 

3・新産業技術 

4・造船・建築技術

 

-1・新しい「エネルギー技術」を導入する-

海洋の自然エネルギーと共に生きる。

(海水・太陽・風・波・潮流・海洋生物・海洋植物・海底鉱物)

1・太陽光発電

2・風力発電

3・バイオマス発電

4・水力発電

5・太陽熱利用

6・温度差熱利用

 

-2・新しい「環境循環技術」を導入する-

日本経済は、バブル期を頂点として、「大量生産」「大量消費」「大量廃棄」という経済システムから、限りある資源を有効に使うことを主眼とした

「資源循環型」の経済システムに移行する。

1・エネルギー貯蔵システム

2・水循環システム

3・ゴミゼロ型・資源循環型技術

4・水利用の先端技術-逆浸透膜の淡水化技術

5・ヒートポンプシステム

 

-3・新しい「産業技術」を導入する-

漁業・農業の効率的な新しい技術を開発し「食」の継続的な未来を指し示す。

1・海洋牧場、海草牧場

2・海上植物工場

3・海底資源採取

4・海水資源採取

5・海水飲料水化

 

-4・新しい「造船・建築技術」を導入する-

日本の最先端の造船・建築技術をもって「尊敬される国創り」

「日本と世界を救う海上都市」を世に示す。

1・海上、海中V型回転ビルドシステム

2・海上ユニット型プラットフォームシステム

3・波力、潮流発電ユニットシステム

4・海上スマートシティーシステム

 

 

計画中の「ラブーン海上都市」

 ラブーン海上都市 企画提案書 5 

勝手創千界への

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2013年

6月

09日

勝手創千界から世界へ

この世界が持つ多くの問題への解決は待っていては果たせない

より良き社会を目指して我が「勝手自由なる提案」を創り上げていく

そして「勝手創千界」の描く世界から解決に向けての一歩を踏み出す

10 コメント

2013年

1月

01日

勝手にエネルギー論を構築する

人類の行く末は「エネルギー」を如何に獲得していくかである。

日本の社会も経済も「エネルギー問題」の解決抜きには語れない。

6 コメント

2012年

10月

02日

新しいエネルギー開発に向けて

「水危機」と「エネルギー危機」が目前に迫っている。この二つの「危機」だけでも「人類の生存基盤」の危機である。 一刻も早く、地球と人類にとって安全・安心な「自然エネルギー」「再生可能エネルギー」の開発が求められている。

10年、100年先の「危機管理」として、今から行動しなければ遅いことは明白だ。

「消費社会」から「循環社会」「持続可能社会」「自然共生社会」「エネルギー自立社会」へ向けての「意識改革」と「構造改革」が重要である。

7 コメント

2012年

7月

08日

新しい日本改造に向けて

国の言う「国民のための判断」が本当でないことが明らかにされているいま

国民の持つ価値観として、何が大事で何が大事でないかという判断や、ものごとの優先順位づけ、ものごとの重み付けの体系の価値判断から、3.11震災を契機にした「新しい価値観」と「国民全体の幸福度」についての「提言」が、いまこそ日本に必要である。

10 コメント

2012年

6月

04日

勝手に発想法を研究する

差し迫る「少子高齢化の縮小社会への突入」「産業の空洞化」「エネルギー問題」「雇用問題」「財政問題」等々・・・日本社会が抱える問題は多岐に渡るが、政治や行政や官僚に「問題解決能力」の欠如が著しい。

さらに日本の技術を支える産業界や学界の「研究開発機関」においても「劣化」が進んでいる。

今こそ「フロンティア精神」と「新しい発想」が連動して「革新的なイノベーション技術」を生み出していくことが必要だ。

6 コメント

2012年

5月

01日

自然エネルギーと共に生きる

日本の自立と未来を切り開くためには、日本の国土に適合した再生可能エネルギーの社会が必要であり、最先端の日本技術を結集して「世界に誇れる日本」を創っていかなければならない。

15 コメント

2012年

4月

07日

勝手創千界から「尊敬される日本」へ

まず、現状のまま進行した100年後の日本の未来を想定し、その想定社会状況から、今必要な「方策」を考えてゆく視点が必要ではないかと思っています。新しい視点が必要です。

「勝手創千界」による「勝手な発想」が「脳内停止」状態の人々に「インパクト」を与えなくてはいけません。

13 コメント

2012年

3月

11日

3.11震災から海上都市計画へ

3.11震災を契機として、日本という国家のもつ様々な問題点が明らかにされ、新しい国家像が求められている。たぶんこのままでは、さらに日本の解体状況は進んでいくだろう。ラブーン海上都市計画がひとつの方向性を提示できればと思う。

8 コメント

2012年

2月

19日

勝手に復興計画 in 石巻を提案

3.11震災からの新しきまちづくりとして「勝手に復興計画 in 石巻」を発進いたします。

6 コメント

2011年

12月

31日

ホームページ開設

3.11震災以降、如何にすれば「津波につよいまち」が可能なのか?考えてきました。

その「ひとつの答え」を提示できればと思います。実現に向けて多くの人の意見を求めています。

4 コメント