切断プログラムの考察

 

美しき緑の星

 

その星の社会は、

 

協調のうちに暮らし、互いに助け合い、何でも分かち合い、お金の必要がなく、自然と極端なほどに協調して暮らす社会が成立している惑星。


・貨幣はない

・身分制度はない

・日常で行うことは、食事、農作、そして洗濯と運動

 (運動の比率がとても高い)

・政治は地域全体での合議制。代表者はいない

・食事は、完全な菜食(生で食べる)

・火はあまり使わない

・家電、化学物質、たばこ、酒、医薬品、原子力、自動車などはない

・武器はない

・住居や建物はない

・自然に立脚した高度なテクノロジーを持つ

・子どもたちは高度な教育を受けている(建物がないので草原で)

・音楽はない

・みんなが「天か宇宙の声」みたいなのを聴いている


 

というような社会です。

 

人は物よりも心の進化を果たす。

 

 

 

人類の本当の幸せな生き方とはどんなものだろうと考えるとき、映画「美しき緑の星」からひとつのヒントを与えてもらいました。それは宇宙人のミラさんが行う「切断プログラム」なるものです。なにから切断するかと言えば、人間をコントロールしている否定的な周波数(それは現実に見えるホログラムを作り出している)をミラさんがテレパシーを使って、意識から「切断」するというものです。この「切断プログラム」をされると、つまらぬことで怒っていたフランス人が突然木に抱きついて、口から出る言葉が「メルシー(ありがとう)」と、「パードン(ごめんなさい)」だけになってしまいます。映像はコメディタッチですが、大変興味を湧きました。「切断プログラム」とは、人の持つ本来の素晴らしい本質に目覚めることができる意識コントロールプログラムでした。この現代社会に生きる私たちは、もしかしたら悪い電磁波に囲まれていて、本来の人間が持つ本質が悪く変質されているのではないかと気づかせてくれました。地球人も本来は「美しき緑の星」の住民と同じく、誰もが協調のうちに暮らし、みんなが幸福で互いに助け合い、何でも分かち合い、お金の必要がなく、自然と共に暮らすことができるのです。そして地球人も「美しき緑の星」人のように自然に立脚した高度なテクノロジー(テレパシー、意識通信手段、恒星間移動技術、高度コミュニケーション手段)、を持つ人間に進化が可能ではというものです。これこそ「幸せな生き方」なのだろう。ひさしぶりに良い映画を観ました。



美しき緑の星の人たちは、パラレル・ユニヴァースとおぼしき宇宙から来ているようで、地球から見れば「未来」から来ているために、その星で考古学を学んでいる若者は、地球の歴史を知っているのです。それによると

 

星の人1「工業時代の後は、大裁判になる」

地球の人「大裁判?」

星の人1「有害物を製造した人たち全員に有罪の判決が下されるんだ」

地球の人「誰に下される?」

星の人1「食品、化学物質、武器、たばこ、酒、医薬品、原子力、自動車、

     建築などの業者と、それで蓄財した政治家たち」

地球の人「まさか」

星の人1「不買運動が始まった」

地球の人「不買?」

星の人1「有害物を買わないようにしたんだ。軍隊も警察も手が

     出せなかった」

星の人2「時代の名前は?」

星の人1「ええと・・・復興前の混乱期」

地球の人「復興するんだ」

星の人1「もちろん」

 

 

 

自らに「切断プログラム」を実行する。

 

理想とする社会を築こうとすればするほど、現実の社会は醜く観える。それは醜い現実の中にあってこそ、理想の社会を築こうとするからである。今が理想の現実であったならば、理想の社会など望むこともない。現実の社会と理想の社会との乖離は自らの意識の中にしか存在していないのである。現実主義者と理想主義者との違いなどはなく、元々主義などに意味はなく、主義で生きているわけでもない。まして平和主義者や覇権主義者など存在していないのである。そして主義を主張すればするほどに対立を生む。皮肉にも平和を主張すればするほどに対立する社会なのである。人は自らの感情世界という仮想空間の中で日々生きていることに目覚める必要がある。

 

人の持つ感情は

 

中国の三字経において「曰喜怒、曰哀懼、愛悪欲、七情具」とあり、

1・喜

2・怒

3・哀

4・懼 (おそれ)

5・愛 (いとしみ)

6・悪 (にくしみ)

7・欲

の七情が人にそなわっていると言う。

 

インドのナヴァ・ラサ (人間の9つの基本的感情) では

1・シュリンガーラ (恋愛感情;恋する気持ち、愛する気持ち)

2・ハースヤ (滑稽な笑い)

3・カルナ (悲しみ)

4・ラウドラ (怒り)

5・ヴィーラ (勇ましい気持ち、活力あふれる気持ち)

6・バヤーナカ (恐れ)

7・ビーバッサ (嫌悪)

8・アドブタ (驚き)

9・シャーンタ (平和)

の9つであるとされる 。

 

チャールズ・ダーウィンは

1・悲しみ

2・幸福

3・怒り

4・軽蔑

5・嫌悪

6・恐怖

7・驚き

という七つの基本的感情が、文化によって異ならず、普遍的に同じ方法で表現されると考えていた。

 

 

何故に人は他人の感情支配を目論むのか。欲深き人は他人の持つ感情を利用しようとする。憎むべきは感情支配構造をもつ社会である。主義なるものは支配と抑圧に利用されているだけであり、共産主義と資本主義などは、その最たるものであり、対立を生みだす支配構造として利用されてきた。そして理想社会の実現への世界観をもつ宗教に於いても、主義で醜く対立しているのである。

 

人の感情は流転する。今日は悲しくても明日は喜び、今日の怒りは明日になれば忘れている。人の喜怒哀楽は儚いものであり、人それぞれである。人は感情の流れの中に漂い生きている。そこには確たるものなど何一つない。だからこそ感情は情報によって変化しやすい。そして情報化社会の本質は人の持つ感情を支配することである。自らの感情が知らぬうちに知らない人に支配されているのである。

 


恐怖に支配されると自らの理性を失う。軽蔑と嫌悪感に支配されると感受性が無くなる。怒りに支配されると善悪の判断が失われる。感情は人の持つ思考力を削ぐのである。イライラし怒っているときには正常な思考力が働かない。人の持つ感情を支配すれば人から考える力である思考力、想像力、判断力を低下させることが可能となる。これこそがマインドコントロールの本質である。


人のみが怒りで人を殺すことができる。人のみが悲しみで死ぬことが出来る。人のみが多くの生物のなかで異様なほどに同種間の殺し合いをしてきた。人のみが本能として共存よりも対立を好む。人の持つ知性こそが人同士の対立の原因である。人は自己認識ができる知性が在るがゆえに他人との違いがより認識できる。人は知性が在るがゆえに他人を支配しようとする。人こそが他人を嫌悪し軽蔑し憎むことができる。

 


協調のうちに暮らし、互いに助け合い、何でも分かち合い、お金の必要がなく、自然と極端なほどに協調して暮らす社会が成立している美しき緑の惑星。そして格差のなかで暮らし、互いに蹴落とし合い、何でも奪い合い、お金のみが必要であり、自然を極端なほどに破壊して暮らす社会が成立している地球。どちらが仮想現実かは人それぞれの認識による。この地球は支配する側からすれば美しい惑星であり抑圧される側からすれば醜い惑星である。

 

「切断プログラム」によって人の持つ本来の素晴らしい本質に目覚めることができる。本当に人の本質は素晴らしいものなのだろうか。人は本来、協調のうちに暮らし、互いに助け合い、何でも分かち合いことができる本質をもっているのだろうか。人は自己欲を満たすのみに生きているのではないか。人は殺し合いのために生きているのではないか。人は差別と軽蔑の感情のなかで生きているのではないか。

 

 

人を含めた生物界の弱肉強食と食物連鎖の果てしない戦いが繰り広げられている世界。環境の変化による繁栄と絶滅が繰り返えされている世界。人の支配と抑圧による戦いに明け暮れる世界。自然からの収奪と環境破壊をもたらす世界。金がなければ生きられない世界。より対立と独占を好む世界。恐怖と怒りと憎しみと欲望の感情が渦巻く世界。多くの人により何年、何十年、何百年もかけて築いてきた文明の結果である。

 

人は進化過程の途上にいるのだろう。文化や文明の形成からたかだか数千年であり、近代文明からは数百年、自らの誕生から数十年である。進化の最終形態がどの様なものかは解らない。美しき緑の星の人々が地球人よりも進化しているのだろうか。美しき緑の星は理想社会なのだろうか。個々人がテレパシー能力を持っていることによって、嘘偽りのない社会を形成し、人としての精神の進化は果たしているようだ。

 

 

人の進化が先か、文明の進化が先か。生物としての肉体の進化は長き時間を要すだろうが、人の脳の進化と呼ぶべき意識と知性の継承は一代限りで消滅するとしても、文明の基礎となる科学技術はデータとして蓄積されていく。しかし情報データは人の知性の進化とはなりえない。多くの情報を知っていても、人の進化に必要な知性とはなり得ないのである。なにか突然変異的な進化が必要になる。そして突然変異は多様性の環境の中から生まれてくる。

 

多様性を認めるならば、この世の全てを認めなければならない。違いを認め、全てを許容し、全てに感謝しなければならない。まさに悟りの境地である。善もなければ悪もない。勝ちもなければ負けもない。愛することもなければ憎むこともない。崇めることもなければ蔑むこともない。全てを肯定し、今に感謝する。生物多様性の中にこそ人としての進化がある。多様性を許容しなければ生命は瞬く間に劣化していく。

 

 

自己認識を獲得した人は孤独である。自らは他人とは違うという孤独感と恐怖に苛まれる。何故に自らと違うのかを理解できず、他人を嫌悪し軽蔑し否定する。全ての争いはこの自己認識から惹き起こされる。だからこそ必要される認識は、違いを認め、理解し、許容し、存在に感謝する。このプロセスこそが知性の進化への道程である。知性は多様性をもつ世界のなかに漂い流転してこそ新たな世界を創造していく。

 

支配する側と支配される側、束縛する側と束縛される側、利用する側と利用される側、分断する側と分断される側、破壊する側と破壊される側、差別する側と差別される側、略奪する側と略奪される側、殺す側と殺される側、人による、する側とされる側による対立と争いは理想社会になれば、無くなるのだろうか。する側の理想社会と、される側の理想社会が存在すれば永遠に対立は続く。


 

人の自己認識は対立を生みだす。何時か疲れ果てて対立を止めるか、何時か対立する人が居なくなるか、そして何時か人の進化により対立のない理想社会を築けるかだろう。人は多様性の許容と共存と感謝と自由への知性の進化を果たす時を向かえるのか、多様性の否定と対立と軽蔑と抑圧への知性の退化による消滅を向かえるのか。パラレルワールドの世界に於いて人が理想とすべき世界が存在しているのかもしれない。

 

小さな理想と大きな理想、小さな理想社会と大きな理想社会。どのくらいの大きさを理想とするのか。空間の面積と体積と、時間の短さと長さ。この世界の時空間認識により世界認識が異なる。素粒子の世界観認識と大宇宙の世界観認識により、この世界の創造原理への認識が進化する。世界の全てはエネルギーであり、量子力学の物質創造原理によれば、全てに精神エネルギーが関与し振動し共鳴している。

 


エネルギーは運動であり、流れの中で存在している。右と左、上と下、プラスとマイナス、闇から光へと導かれ移動し、全てのエネルギーはこの時空間の中で流転しているのである。人の世界観は、小我と大我、小乗と大乗、有常と無常、小宇宙と大宇宙、ミクロ世界とマクロ世界、生と死の相反する相対性をもつ世界が本質であり創造原理である。そして物質エネルギーと精神エネルギーの統合により世界は創造される。


今だ人による創造原理の解明は、わずか数パーセントしか果たしていない。この世界は未知の世界である。五里霧中、暗中模索、疑心暗鬼、試行錯誤の中で、全てが稚拙で進化途上の世界認識である。百花繚乱の多様性の中で理想に向かっていくのだろうか。人も宇宙もエネルギーがもつ方向性によって形態が創造されていく。人の関与する理想創造原理は人の意識ベクトルによる大きさと向きを兼ね備えたエネルギー量により決定されるのは確かだ。



人は全ての環境、情報、思想、感情から「切断」されたとしたら、一体何が残るのだろうか。生物、動物としての本能は残るのだろ。人は社会環境の中で生かされている。生きていることと生かされていることでは根本的に異なる。野生の動物は生きているが、家畜は生かされている。生かされている人にとっては理想は幻想であり、理想は与えられた仮想現実であり、理想は生かされるように仕組まれ、植えつけられた思想である。


これはまさにマトリックスの世界観である。「切断プログラム」の本質は「覚醒」であり「目覚め」である。主人公ネオは支配からの開放のため、選択し、再生し、覚醒する。偽りの情報源と戦い「真の情報」=「真実」を勝ち取ることで、目覚めるのである。マトリックスの仮想社会と現実社会の中で、偽りと真実の情報が氾濫する状況を見極めて、「真の生き方」「自由な生き方」に目覚めるのである。


勝手創千界への

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2013年

6月

09日

勝手創千界から世界へ

この世界が持つ多くの問題への解決は待っていては果たせない

より良き社会を目指して我が「勝手自由なる提案」を創り上げていく

そして「勝手創千界」の描く世界から解決に向けての一歩を踏み出す

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2013年

1月

01日

勝手にエネルギー論を構築する

人類の行く末は「エネルギー」を如何に獲得していくかである。

日本の社会も経済も「エネルギー問題」の解決抜きには語れない。

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2012年

10月

02日

新しいエネルギー開発に向けて

「水危機」と「エネルギー危機」が目前に迫っている。この二つの「危機」だけでも「人類の生存基盤」の危機である。 一刻も早く、地球と人類にとって安全・安心な「自然エネルギー」「再生可能エネルギー」の開発が求められている。

10年、100年先の「危機管理」として、今から行動しなければ遅いことは明白だ。

「消費社会」から「循環社会」「持続可能社会」「自然共生社会」「エネルギー自立社会」へ向けての「意識改革」と「構造改革」が重要である。

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2012年

7月

08日

新しい日本改造に向けて

国の言う「国民のための判断」が本当でないことが明らかにされているいま

国民の持つ価値観として、何が大事で何が大事でないかという判断や、ものごとの優先順位づけ、ものごとの重み付けの体系の価値判断から、3.11震災を契機にした「新しい価値観」と「国民全体の幸福度」についての「提言」が、いまこそ日本に必要である。

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2012年

6月

04日

勝手に発想法を研究する

差し迫る「少子高齢化の縮小社会への突入」「産業の空洞化」「エネルギー問題」「雇用問題」「財政問題」等々・・・日本社会が抱える問題は多岐に渡るが、政治や行政や官僚に「問題解決能力」の欠如が著しい。

さらに日本の技術を支える産業界や学界の「研究開発機関」においても「劣化」が進んでいる。

今こそ「フロンティア精神」と「新しい発想」が連動して「革新的なイノベーション技術」を生み出していくことが必要だ。

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2012年

5月

01日

自然エネルギーと共に生きる

日本の自立と未来を切り開くためには、日本の国土に適合した再生可能エネルギーの社会が必要であり、最先端の日本技術を結集して「世界に誇れる日本」を創っていかなければならない。

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2012年

4月

07日

勝手創千界から「尊敬される日本」へ

まず、現状のまま進行した100年後の日本の未来を想定し、その想定社会状況から、今必要な「方策」を考えてゆく視点が必要ではないかと思っています。新しい視点が必要です。

「勝手創千界」による「勝手な発想」が「脳内停止」状態の人々に「インパクト」を与えなくてはいけません。

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2012年

3月

11日

3.11震災から海上都市計画へ

3.11震災を契機として、日本という国家のもつ様々な問題点が明らかにされ、新しい国家像が求められている。たぶんこのままでは、さらに日本の解体状況は進んでいくだろう。ラブーン海上都市計画がひとつの方向性を提示できればと思う。

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2012年

2月

19日

勝手に復興計画 in 石巻を提案

3.11震災からの新しきまちづくりとして「勝手に復興計画 in 石巻」を発進いたします。

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2011年

12月

31日

ホームページ開設

3.11震災以降、如何にすれば「津波につよいまち」が可能なのか?考えてきました。

その「ひとつの答え」を提示できればと思います。実現に向けて多くの人の意見を求めています。

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