ドラマ「北の国から」を今こそ考察する

 

-ドラマ「北の国から」を今こそ考察する 1 -

 

私の最も好きなドラマ「北の国から」がまた見たくなった。このドラマは優れて、「日本、地方、社会、家族、自然、仕事、命、感情」を表現し、映像として人間を描ききった、日本最高峰の「人間ドラマ」であり、私に「人生」を考えさせてくれた。

 

今「無性」に「北の国から」が恋しくなった。五郎さんの「生き方」をしみじみ思い出す。

 

ドラマ「北の国から」について

FROM NORTH COUNTRY...

http://www.alived.com/time/north.html

 

■ 「北の国から」とは?

 

1981年にフジテレビ系列で放送された連続ドラマ(2クール・全24話)。

脚本は倉本聰。

北海道・富良野を舞台に、黒板家をめぐる親子愛や登場人物の成長、大自然の中での生活を叙情豊かに描く。半年間の放送のために1年以上の北海道ロケを敢行し、大作映画並みの時間と予算をかけて制作された。

連ドラ終了後も数年に一度のペースでスペシャルドラマが放送され、いずれも高視聴率を記録。2002年「遺言」で幕を閉じるまで21年間続いた国民的人気ドラマ。

主要キャストは連ドラ時代から21年間同じで、純や蛍の成長の物語としても見ることができる。

 

■ 主な制作スタッフ

 

脚本 / 倉本聰

プロデュース / 中村敏夫

演出 / 杉田成道 他

音楽・主題歌 / さだまさし

制作 / フジテレビ

 

■ 主な登場人物・キャスト

 

黒板五郎 (田中邦衛) - 妻・令子の浮気をきっかけに、幼い純と蛍を連れて故郷

・富良野に帰る。不器用だが人間らしさが溢れる人物。

 

黒板純 (吉岡秀隆) - 五郎の息子。繊細でひ弱な性格で、富良野での非文明的な生活も当初拒絶するが、父の姿を見て少しづつ成長していく。

 

黒板蛍 (中嶋朋子) - 五郎の娘で純の妹。富良野での生活にも適応し、父を助ける優しい性格。

 

黒板令子 (いしだあゆみ) - 東京生まれの美容師。五郎と結婚するも次第に溝ができ、浮気。その後若くして病死する。

 

宮前雪子 (竹下景子) - 令子の妹。五郎に同情して純や蛍の面倒をみることに。

 

北村草太 (岩城滉一) - 富良野の牧場で働くやや軟派な青年。東京から来た雪子に恋をするが…。

 

中畑和夫 (地井武男) - 富良野で木材屋を経営。五郎の親友で、何かと黒板家を助けることに。

 

今考えると 倉本聰は「北の国から」で、日本が抱える「危機」の本質に迫ろうとしていたと思う。遅ればせながら「北の国から」を題材にして、夢中に見た「北の国から」を思い出しながら、今必要なことを考えてみたい。

 

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30周年ありがとう『北の国から』 ~氣がつけば 今 五郎の生き方~

 

30周年によせて

 

「今回の災害は、津波、地震という大災害があった訳ですけども、今この災害から日本が立ち直る為にどうしたらいいのかということは色々と論じられていますが、やっぱり、終戦直後のあの復興のところから、六十年かけて我々はよじ登ってきた。これに匹敵する”思想の転換”というものが日本ではものすごく必要だと思います。第二次大戦の終わった時に”一億総懺悔”ということが非常に言われてたんですね。それは、今までの生活を、全員が、国民まで含めて振り返って総懺悔し直さないと復興はできないということで、そしてその資本主義の社会になって、今に至りました。それで、GNP2位までのし上がった訳ですけれども、それに60年間、みんな溺れてしまって、今度はその溺れてしまったということに対する総懺悔を我々がするべきだと僕は思います。その時に、一番必要になってくるのは、あの、”黒板五郎の生き方”ではないかという気がします。つまり、モノとかカネとか、そういったものに頼らない、自然からいただいて質素に暮らすという旧来の日本の生活を取り戻すことが今一番望まれているのではないかなという風に思います。ちょうどそういう時期にこの30周年のイベントが設けられることを非常に感慨深く感じております。どうぞ皆さん、全国の方々に呼びかけて頂いて、このイベントを成功させるようにご協力お願いします。 どうもありがとうございました。」

 

倉本 聰

 

6月3日、『北の国から』広場オープン式にて作者である倉本聰氏により語られた『北の国から』の近況、そして放映30周年にあたってのご挨拶をご紹介いたします。

 

http://www.kuramotoso.jp/action.php

 

便利手放す覚悟のとき

 

「今、この災害からの再生にあたり、われわれは岐路に立たされている。とるべき道は、二つある。一つは、これまでのような豊饒さ便利さをもはや捨て切れないとあきらめる道である。それにはこれまでのようなエネルギーを必要とするから、いかに自然エネルギーを今後開発しようとしても、当分の問は原発というものに頼らざるを得ないこととなる。その場合今回のような、あるいは今回以上の想定外の事態の発生を、われわれは覚・悟・し・て・かからねばならない。あなたはその覚悟を持つことが出来るか。いまひとつの道は、これまでのぜいたく、便利を少しでもあきらめ、質素な昔に帰る道である。バブル期以前の暮らしまででも良い。それでも原発はかなり不要になる。ただし。その場合にもかなりの覚悟がいる。夜の街は暗くなる。終夜営業のコンビニはなくなる。テレビの深夜放送もなくなる。自販機は街から姿を消す。電化製品から待機電力がなくなり、機能するまでにやや時間がかかる。リモコンもなくなってわれわれは一々電化製品まで歩いてスイッチを押しに行かなければならないようになるかもしれない。あなたはそういう覚悟が持てるか。便利とは人間がサボルということである。人間が本来持っているはずの体の中にあるエネルギー。そのエネルギーの消費を抑えるということである。そのエネルギーの能力に応じて、急ぐことを避け、身の丈に合わせた人間生活を身分相応になし遂げることが、本来のつつましい暮らしではなかったか。

 

30年前に書いた『北の国から』というテレビドラマで、都会の暮らしからいきなり富良野の、電気も水道もない廃屋に住まわされることになった少年が、仰天して父親にぶつけるせりふがある。

 

「電気がないッ!? 電気がなかったら暮らせませんよッ」

「そんなことないですよ」

「夜になったらどうするのッ」

「夜になったら眠るんです」

 

1日の3分の1は闇である。闇は眠るための時間である。夜の街が暗いのは危険であるというなら、夜は表に出なければ良い。それこそあたりまえのことであり、あたりまえの暮らしに戻れば良い。もっともそれにも覚・悟・が要る。」

 

(2011年5月31日 北海道新聞6面 シリーズ「3.11からの再生」寄稿)より引用

 

私も、倉本 聰が言う”黒板五郎の生き方”について考えてゆきたい。

3.11以降、やはり現状認識と思いは同じだったのだ。少し嬉しい。

 

-ドラマ「北の国から」を今こそ考察する 3 -

 

「北の国から」が放映されていた1980年代とは どんな時代だったのか。

 

世界的な動きが加速する中、戦後日本経済は80年代後半におけるバブル経済によって絶頂期を迎える。

 

1980年

  • モスクワオリンピック開催。ソ連のアフガニスタン侵攻のため、日本・アメリカ合衆国・西ドイツらはボイコット。
  • 新宿西口バス放火事件。
  • 一億円拾得事件
  • 川崎市で金属バット両親殺害事件発生。
  • 元ビートルズのジョン・レノンがニューヨークのダコタ・ハウスで射殺された(ジョン・レノン射殺事件)。

1981年

  • イギリスのチャールズ皇太子とダイアナ・スペンサーが結婚
  • 1970年代に活躍したアイドルユニットのピンク・レディーが解散
  • 米国レーガン大統領就任

1982年

  • 500円硬貨発行
  • フォークランド紛争
  • NECがパーソナルコンピュータPC-9801を発売。
  • 鈴木善幸首相辞任、中曽根康弘内閣が発足

1983年

  • 東京ディズニーランド開園。
  • ファミリーコンピュータが発売
  • フィリピンのベニグノ・アキノ上院議員射殺
  • 大韓航空機撃墜事件起こる
  • 三宅島大噴火
  • ロッキード事件の公判で元首相の田中角栄に実刑判決
  • 戸塚ヨットスクール事件が起こり、校長の戸塚宏や他のコーチらが生徒に対する監禁・傷害致死により逮捕される。

1984年

  • 日経平均株価が終値ではじめて1万円を突破。
  • グリコ・森永事件
  • 東京都世田谷区の通信ケーブル火災で電話などがマヒ

1985年

  • 国際科学技術博覧会(つくば万博)開催
  • ソ連でコンスタンティン・チェルネンコが死去し、ミハイル・ゴルバチョフが書記長に就任。ゴルバチョフが民主体制「ペレストロイカ」を起こす。
  • 日本電信電話公社(電電公社)が日本電信電話株式会社 (NTT) に、 日本専売公社が日本たばこ産業株式会社 (JT) に民営化
  • 豊田商事事件。豊田商事の永野一男会長が報道陣の目の前で暴漢に殺害される。
  • 日本航空123便墜落事故発生。歌手の坂本九を含む乗客520人が死亡。日本の航空機事故では史上最悪の大惨事となった。
  • 「ロス疑惑」の三浦和義が逮捕
  • ファミリーコンピュータのスーパーマリオブラザーズが700万台の大ヒットとなる。

1986年

  • スペースシャトル、チャレンジャー号爆発事故、乗組員全員死亡。
  • 中野富士見中学いじめ自殺事件が起こる
  • フィリピンのマルコス大統領が国外脱出、アキノ大統領が就任。(エドサ革命)
  • 男女雇用機会均等法施行。
  • チェルノブイリ原子力発電所事故発生。
  • 伊豆大島三原山が大噴火。全島民が避難。

1987年

  • 土地や証券の投機が経済全体に波及。いわゆるバブル経済が1991年まで続く。
  • 日経平均株価が終値ではじめて2万円を突破。
  • 安田火災がゴッホの「ひまわり」を53億円で落札する。
  • 国鉄が分割・民営化、JRグループが発足。
  • 世界の人口が50億人突破。
  • 10月19日 - ブラックマンデー。世界の株式市場大暴落。
  • 竹下登内閣発足。
  • 大韓航空機爆破事件が起こる

1988年

  • リクルート事件
  • 東京ドームが完成。
  • 竹下登改造内閣発足

1989年

  • 1月7日 - 昭和天皇が病気のため崩御。元号が昭和(1926年 - 1989年)から平成へ
  • 女子高生コンクリート詰め殺人事件発覚。
  • 4月1日 - 消費税スタート
  • 東欧革命が起こる。ポーランド、ハンガリーでの非共産党政権誕生に始まり、ベルリンの壁崩壊、チェコスロバキアのビロード革命、ルーマニアのチャウシェスク体制の崩壊と続く。
  • 6月、リクルート事件で竹下内閣総辞職、宇野宗佑内閣発足。
  • 8月、宇野首相、参議院選挙の敗北の責を負って退陣。海部俊樹内閣発足。
  • 六四天安門事件
  • 12月29日- 日経平均株価が史上最高値38,915円を記録。

 

日本は「バブル」の真っ最中であり、経済で世界を制覇できるかのようにふるまった。世界では「ベルリンの壁崩壊」が象徴するように、東欧革命が起こる時代背景の中で倉本聰は、今の不透明な時代を見越して「北の国から」によって「警鐘」を発していたのだろう。

 

「一番必要になってくるのは、あの、”黒板五郎の生き方”ではないかという気がします。つまり、モノとかカネとか、そういったものに頼らない、自然からいただいて質素に暮らすという旧来の日本の生活を取り戻す」ことの必要性をバブル時代の中にあっても、社会に問うていた。だから”黒板五郎の生き方”に「感動」していたのかもしれない。

 

そして、今を象徴するかのように1986年に「チェルノブイリ原子力発電所事故」が発生している。

 

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日本における1980年代は「バブル経済」の真っ最中であった。私もまだ若く30歳になったばかりであり、さらに「花の独身」であった。仕事が終わると真っ先に、飲み屋に直行し毎日「朝まではしご酒」であった。「お金」は右から左に流れ「かっこいい車」を乗り回し、「良いものを食い」「高い酒を飲み」「綺麗な女に囲まれて」、世に怖いものなどないと思っていた時代であった。社会全体も「かね」にまみれ、「お金」だけが人を幸せにするという「価値観」がまかり通っていた。

 

今から思えば「バブル」であったが、絶頂期の日本だったと思う。そして「北の国から」はバルブが弾けたあとも、2002年「遺言」で幕を閉じるまで21年間続いた。

 

「北の国から」シリーズ一覧・概要

 

放送日

タイトル

主な出来事

主なゲスト

視聴率

1981
10
9

1982

3
26

連続ドラマ
「北の国から」
(
24)

五郎と令子の別離
東京から富良野へ移住
極寒の大自然との闘い
純と蛍の成長と人間模様
令子の死
丸太小屋の完成

いしだあゆみ
伊丹十三

14.8%
(
平均)

1983
3
24

北の国から'83

黒板家に預けられる正吉
五郎が多額の借金を負う

笠智衆

26.4%

1984
9
27

北の国から'84

丸太小屋が火事に
正吉との別れ

-

24.3%

1987
3
27

北の国から'87初恋

中3に成長した純の初恋
純の上京

横山めぐみ

20.5%

1989
3
31

北の国から'89帰郷

看護婦になった蛍の初恋
純の東京生活と傷害事件
純の一時帰郷

緒形直人
洞口依子

33.3%

1992
5
2223

北の国から'92巣立ち
(
前編・後編)

純とタマコの恋と妊娠
五郎が石で家を作る
蛍の巣立ち
五郎の生命危機

裕木奈江
菅原文太

()32.2%
(
)31.7%

1995
6
9

北の国から'95秘密

純の帰郷。ゴミ収集員に
純とシュウの恋
蛍の不倫
シュウの過去とは

宮沢りえ
大竹しのぶ

30.8%

1998
7
1011

北の国から'98時代
(
前編・後編)

蛍が不倫相手の子を妊娠
純とシュウの再会
蛍と正吉の結婚
草田の事故死

宮沢りえ

()25.9%
(
)24.8%

2002
9
67

北の国から2002遺言
(
前編・後編)

純は借金を抱えて羅臼へ
羅臼で結との出会い
純と結の結婚
五郎は遺言を書く

内田有紀
唐十郎
柳葉敏郎

()38.4%
(
)33.6%

 

 

こんな時代を生きてきて、今更”黒板五郎の生き方”が必要だというのも気が引けるが、今では、結局は「お金」だけが人を幸せにするという「価値観」は間違っていると自覚し、反省しているのである。

 

黒板五郎が純と蛍を連れて東京を離れ、電気も水道もない故郷の北海道・富良野の原野に移り住むのだが、人間味のない「東京」と決別し大自然の中に身を置き「自立」した「生き方」を求めようとしていたことは、少し理解できていた。

 

「北の国から」が自然との格闘を通して「黒板五郎」という人物像を創り上げてゆくストリーは日本の「ドラマ」というよりは、一人の人間からみた「人生観、価値観、社会観、歴史観」を表現しようとした「傑出」した物語であった。

 

[倉本聰]が言う


「機械で便利になると人間の本来の力は弱くなる。それを取り戻そうというドラマが「北の国から」なんです。五郎のあの生活を”豊かだ”と想ってくれるのが一番、うれしいですね。」


(1995年5月「TVぴあ」インタビューより)

 

黒板五郎は真の「自由人」であった。そして、今も「憧れの人」である。

 

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黒板五郎一家が東京から富良野へ移住し極寒の大自然との闘いが始まる。

故郷には、電気も水道もなく、人里離れた場所に朽ち果てた一軒家が待っていた。

 

北の国から.jpg

 

最初に移り住んだ富良野の廃屋

 

少し前までの1960年代の日本人の多くは「貧乏」であった。私の家庭でも、この時代は「薪」で、ご飯を炊き、風呂を沸かしていた。栄養価が悪いため「青ぱな」を垂らし、着ている物といえば「お下がり、ツギハギの服」であり「穴のあいた靴」だった。親はいつも貧乏で忙しく、子供は「ほったらかし」で育った。よく言えば「放任主義」である。そして子供たちは、そんな環境の中でも逞しく生きていた。

 

五郎も子供の頃は、この北海道の厳しい自然の中で戦い、生きてきたのだろう。

だから東京で何不自由なく育った我が子を見て、人としての「弱さ」を感じ取っていたのだろう。「自然と共に生きる」中から「強さ」を教え学ばせなければと。

 

[倉本聰]が言う

 

もしも君たちが働く君たちの父親の姿を闘う君たちの父親の姿を見たことがないなら 悲しいことだ

でもそれは

見えなかったのかい

君が見ようとしなかったのかい

僕はこのドラマでそれを見続けた

家族の姿を描きたかった

 

(2002年「ありがとう北の国から展」より)

 

今でこそ「再生可能エネルギー」の必要性が言われているが「北の国から」の全ての環境が「再生可能エネルギー」の中で生きなければならない現実があった。

 

「北の国から」の原点は、この「自然と共に生きる」ための「生き方」への問いかけから始まる。それは人間の存在基盤の「ライフライン」を自らの手で創るところから始まり、単に意識としての「生き方」ではなく、肉体としての「生き方」、本当の意味での「生存」を賭けた戦いが始まったのである。その「生き方」から、今の時代が学ぶべき「ヒント」がある。

 

-ドラマ「北の国から」を今こそ考察する 6 -

 

黒板五郎は「うだつの上がらないオヤジ」である。風貌はイマイチ。話はつまらない。歌がヘタ。そして「貧乏」である。さらに「頑固」である。この頑固は「こうと決めたらトコトンやり抜く」「脇目もふらずに一つのことに没頭する」と言う意味である。

 

五郎は「生」そのものが「生き方」であり、他者に対して飾ることもないし、良く見せようともしない。だから自分に対しても、他者に対しても「責任」を持つ。責任を取れなけれが「生きている意味」を無くすと思っているのだろう。何に対しても「全力」で立ち向かうし、そうでなければ生きていけないのである。厳しい自然環境の中では「全てが全力」で立ち向かなければ「生存」そのものが危うくなるのである。

 

移り住んだ廃屋で生き抜くためには、自らが「水」を確保し「暖」を採って生き抜かなければならないのだ。私たちは、蛇口をひねれば「水」が出て、スイッチひとつで「冷暖房」を確保できる「安易な」社会で生きている。

 

 

五郎の丸太小屋-1.jpg

 

 五郎の丸太小屋

 

そして[倉本聰]が言う


「文明は人間がエネルギーを消費しないで済む方向に進んでいます。例えばリモコンは、歩くエネルギーを惜しんだ結果の産物。しかも、それによって蓄積された余剰エネルギーを消費すべく、今度はお金を払ってジムへ通い、何の生産性もない重いものを持ち上げたり、どこにも行き着かない自転車を漕ぐという本末転倒な世界に、人ははまりこんでいる。

『北の国から』はその対極にある、第一次生産者の世界。何かを生産するために必然的に体を動かし労働の苦しみを味わい、その中から喜びも悲しみも生まれる。

都会の人間は首から上だけの思考のみで生きています。でも僕は、指の先から足の先まで、体すべてで生きている人間を描きたかった。詰め込まれた知識ばかりの人間と、生きる力としての知恵を持った人間と、どちらが人間としての格が上なのかをね。」

 

(北の国からDVDインタビューより)

 

この日本は「人間としての格」が「お金」と「地位」で判断される「つまらない社会」に成り下がっている。今は「生きる力としての知恵」を働かせることなく「思考停止」の社会が進行しているのである。

 

-ドラマ「北の国から」を今こそ考察する 7 -

 

主役の黒板五郎は高倉健・藤竜也・中村雅俊・緒形拳・西田敏行・田中邦衛などが候補となったが、一番情けなさそうな田中邦衛が抜擢されたという。

 

人とは「情けないもの」である。そして最も大事な「感情」のなかに「情け」がある。

 

なさけ 【情け】とは

 

1 人間味のある心。他人をいたわる心。人情。情愛。思いやり。

2 男女の情愛。恋情。また、情事。いろごと。

3 風情。おもむき。あじわい。

4 もののあわれを知る心。風雅を解する心。風流心。

 

-デジタル大辞泉より-

 

  

黒板五郎が建てた石の家

 

”黒板五郎の生き方”とは「情け」である。

 

家族への情け。

人へ情け。

命への情け。

自然への情け。

 

そして、「人間味のある心」をもつことである。

自分は「情けない人間である」から出発したい。

「情け」を知るところから始まる。

 

[倉本聰]が言う

 

「豊かさ、ほんとうの豊かさというものを、僕はこの土地で毎年発見する。

発見したものを五郎さんに教え、逆にまた五郎さんからしばしば教わる。

富良野とは豊かさを発見する土地だ。」

 

(1996年「北の国からガイドブック」より)

 

「北の国から」の映像のなかで、さだまさしの「スキャット」を背景に北海道の原野「富良野」の美しい風景と「子狐」を思い出す。

 

 

北の国から 展望台

 

 富良野・麓郷
 

 

最終回で黒板五郎は「遺言」で

 

子供たちに対して「遺す金や品物は何もないけど、自然から頂戴して幸せに生きろ」と書き記す。「ほんとうの豊かさ」は「自然」と共に生きる中から生まれてくる。人間は情けの中から「心の豊かさ」を得る。

 

少し寂しくなると「北の国から」の「五郎」を思い出す。

 

 

遺 言

 

  純、 蛍、

  俺には、お前らに残してやるものは、なんもない。

 

  でも、おまえらには、うまく言えんが、残すべき物は、もう、残した気がする。

  金や品物はなんも残せんが、残すべき物は、伝えた気がする。

 

  正吉や結ちゃんには、おまえらから伝えてくれ。

  俺が死んだ後の麓郷は、どんなか?

  きっと、なんにも変わらんのだろうな~。

 

  いつもの様に、春、雪が溶け、夏、花が咲いて、畑に人が出て、

  いつものように、白井の親方が夜おそくまでトラクターを動かし、

  いつものように、出面さんが働く。

 

  きっと、以前とおんなじなんだろう。

 

  オオハンゴウソウの黄色の向こうに、

  雪っ子おばさんや、すみえちゃんの家があって、

  もしも、おまえらがその周辺に、拾ってきた家を立ててくれると、うれしい。

  拾ってきた街が、本当に出来る。

  アスファルトのくずを弾きつめた広場で、快や孫達が遊んでたら、うれしい。

 

  金なんか望むな。幸せだけを見ろ。

 

  ここには、なんもないが自然だけはある。

  自然は、おまえらを死なない程度には、十分、毎年食わせてくれる。

  自然から頂戴しろ。

 

  そして、謙虚に、慎ましく、生きろ。

 

  それが、父さんのお前らへの遺言だ

 

 

 

(完)

 

勝手創千界への

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2013年

6月

09日

勝手創千界から世界へ

この世界が持つ多くの問題への解決は待っていては果たせない

より良き社会を目指して我が「勝手自由なる提案」を創り上げていく

そして「勝手創千界」の描く世界から解決に向けての一歩を踏み出す

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2013年

1月

01日

勝手にエネルギー論を構築する

人類の行く末は「エネルギー」を如何に獲得していくかである。

日本の社会も経済も「エネルギー問題」の解決抜きには語れない。

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2012年

10月

02日

新しいエネルギー開発に向けて

「水危機」と「エネルギー危機」が目前に迫っている。この二つの「危機」だけでも「人類の生存基盤」の危機である。 一刻も早く、地球と人類にとって安全・安心な「自然エネルギー」「再生可能エネルギー」の開発が求められている。

10年、100年先の「危機管理」として、今から行動しなければ遅いことは明白だ。

「消費社会」から「循環社会」「持続可能社会」「自然共生社会」「エネルギー自立社会」へ向けての「意識改革」と「構造改革」が重要である。

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2012年

7月

08日

新しい日本改造に向けて

国の言う「国民のための判断」が本当でないことが明らかにされているいま

国民の持つ価値観として、何が大事で何が大事でないかという判断や、ものごとの優先順位づけ、ものごとの重み付けの体系の価値判断から、3.11震災を契機にした「新しい価値観」と「国民全体の幸福度」についての「提言」が、いまこそ日本に必要である。

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2012年

6月

04日

勝手に発想法を研究する

差し迫る「少子高齢化の縮小社会への突入」「産業の空洞化」「エネルギー問題」「雇用問題」「財政問題」等々・・・日本社会が抱える問題は多岐に渡るが、政治や行政や官僚に「問題解決能力」の欠如が著しい。

さらに日本の技術を支える産業界や学界の「研究開発機関」においても「劣化」が進んでいる。

今こそ「フロンティア精神」と「新しい発想」が連動して「革新的なイノベーション技術」を生み出していくことが必要だ。

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2012年

5月

01日

自然エネルギーと共に生きる

日本の自立と未来を切り開くためには、日本の国土に適合した再生可能エネルギーの社会が必要であり、最先端の日本技術を結集して「世界に誇れる日本」を創っていかなければならない。

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2012年

4月

07日

勝手創千界から「尊敬される日本」へ

まず、現状のまま進行した100年後の日本の未来を想定し、その想定社会状況から、今必要な「方策」を考えてゆく視点が必要ではないかと思っています。新しい視点が必要です。

「勝手創千界」による「勝手な発想」が「脳内停止」状態の人々に「インパクト」を与えなくてはいけません。

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2012年

3月

11日

3.11震災から海上都市計画へ

3.11震災を契機として、日本という国家のもつ様々な問題点が明らかにされ、新しい国家像が求められている。たぶんこのままでは、さらに日本の解体状況は進んでいくだろう。ラブーン海上都市計画がひとつの方向性を提示できればと思う。

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2012年

2月

19日

勝手に復興計画 in 石巻を提案

3.11震災からの新しきまちづくりとして「勝手に復興計画 in 石巻」を発進いたします。

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2011年

12月

31日

ホームページ開設

3.11震災以降、如何にすれば「津波につよいまち」が可能なのか?考えてきました。

その「ひとつの答え」を提示できればと思います。実現に向けて多くの人の意見を求めています。

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