2012年

3月

11日

3.11震災から海上都市計画へ

3.11震災を契機として、日本という国家のもつ様々な問題点が明らかにされ、新しい国家像が求められている。たぶんこのままでは、さらに日本の解体状況は進んでいくだろう。ラブーン海上都市計画がひとつの方向性を提示できればと思う。

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コメント: 8
  • #1

    t.hira (水曜日, 14 3月 2012 14:25)

    第1部・不作為(1)タブー/想定外から思考停止に/敷地浸水せずと結論

     三つの原子炉が相次いで炉心溶融(メルトダウン)した福島第1原発事故。この1年、政府、東京電力は東日本大震災と巨大津波を「想定外」と強調してきた。その一方で、想定の甘さを指摘した専門家の声に耳を傾けず、対策に生かさなかった経過も明らかになってきた。事故につながった度重なる「不作為」を、震災前にさかのぼって検証する。(原子力問題取材班)=第1部は4回続き

    <「全部覆るから」>
     「津波が来たら駄目じゃないですか」。1991年10月30日、福島第1原発1号機のタービン建屋で冷却用の海水が漏れ、非常用発電機が水没し機能しなくなった。
     当時、東京電力社員だった原子炉技術者の木村俊雄さん(47)=福島県双葉町出身=は現場で上司に尋ねた。東電本店時代に安全審査担当だった上司は、こう答えた。
     「そうなんだよ。でも安全審査で言ったら全部覆るから、津波はタブーなんだ。よく連想できたね。でもタブーなんだ」
     2001年に退社し、現在は高知県土佐清水市で暮らす木村さん。上司の言葉には、国と東電の姿勢が反映されていた、と感じている。
     「津波対策を万全にするには安全審査の指針を改正する必要があり、全国の原発で膨大な設備投資が要る。金と労力を惜しんだのでしょう」

    <“物証”前に抵抗>
     09年6月、経済産業省原子力安全・保安院の審議会は福島第1、第2原発の津波地震対策などが議題だった。
     産業技術総合研究所活断層・地震研究センター(茨城県つくば市)の岡村行信センター長は、第1原発の津波対策としてマグニチュード(M)8.4以上とされる貞観地震(869年)クラスを考慮するよう訴えた。
     産総研は東北大と合同で福島県沿岸部を調査し、第1原発から約7キロ北の福島県浪江町請戸地区で貞観地震津波による堆積物を確認していた。
     貞観津波が第1原発周辺を襲った“物証”を前にしても、東電は「被害がそれほど見当たらない」と抵抗。続く同年7月の審議会では、保安院も「貞観地震の地震動は(東電が想定する)基準地震の2分の1程度」などと発言し、東電を擁護した。
     だが東電は前年の08年、貞観地震クラスの津波も想定し、第1原発を襲う津波の高さを試算していた。その結果は東日本大震災直前の昨年3月7日、「津波評価について」と題した文書にまとめ、保安院に提出された。
     1~6号機の海水ポンプ付近の波高は8.7~9.2メートルで、原発敷地(海抜10~13メートル)は「浸水せず」との結論だった。

    <注釈生かされず>
     ただ、文書の欄外に「2~3割程度、津波水位が高くなる可能性あり」との「注釈」が付されていた。津波の高さが2~3割増せば、第1原発の構内も危ない。10メートル以上の津波を想定した対策を講じても、何ら不思議ではなかった。
     注釈は結局、どこにも生かされなかった。河北新報社の取材に東電は「2~3割程度の誤差があるという意味で記載した。誤差だから(それを見込んだ津波水位は)計算しなかった」と答えた。
     文書では、明治三陸地震(1896年)=M8.2=クラスの地震が、三陸沖から房総沖にかけて発生した際の試算も紹介された。
     福島第1原発を襲う津波は15メートルを超え「浸水する」とされた。だが、国は地震モデルの確度を疑問視。その考えに沿って、東電も「想定」の外に追いやった。
     「たとえ、どんなに発生確率が低い事象であっても『あり得ることは起こる』と考えるべきである。無視していいわけではない」
     昨年末に公表された政府事故調査・検証委員会の中間報告は、想定外が「思考停止」につながったと痛烈に批判した。
    河北新報社HPより 2012年03月14日

  • #2

    t.hira (木曜日, 15 3月 2012 14:23)

    震災と過疎-石巻・雄勝町の今(上)
    ベッドタウン/住居の移転、抵抗薄く/経済拠点、町内になし


     硯(すずり)や法印神楽で知られる石巻市雄勝町地区。東日本大震災をきっかけに、過疎化が急激に進む。人口は震災前と比べ7割減の1300人となり、多くの住民が古里に戻るかどうか決めかねている。海辺の町は、再びにぎわいを取り戻せるのか。過疎の背景と、進まぬ復興の現状を探った。(石巻総局・土屋聡史)

     「本当にいい町だったんだよ。いざ離れるとなると、つらいね」。雄勝町地区の中心部。がれきの仮置き場となった自宅跡で、藤本忠夫さん(52)はつぶやいた。
     自然豊かで伝統芸能も盛ん。生まれ育ったこの地区が大好きだった。父親は旧雄勝町長。自身も1995年、35歳の若さで町議になった。地域の魅力を発信し、交流人口を増やそうと必死だった。
     あの日-昨年3月11日、津波が古里をのみ込んだ。全家屋の9割が被災した。藤本さんが経営していた運送会社の社屋と自宅も波にさらわれた。
     1週間後、石巻市内陸部に家を借りた。実質的な本社だった石巻工業港近くの営業所までの通勤時間は、1時間から20分弱に縮まった。家族は通院や買い物が便利になった今の生活に慣れつつある。
     近く市内の別の場所に本社を移し、内陸部に家を建てる。地域づくりを引っ張った立場として、やりきれなさも込み上げる。「でも、便利さには勝てない」

     市雄勝総合支所は昨年10~11月、被災した地区の約1200世帯を対象に住まいに関する意向調査(回収率63%)を行った。「雄勝に住みたい」と答えたのは344世帯で回答者の46%。被災世帯全体でみると3割以下にとどまった。
     地元に残る住民が少ないのは、その多くが震災前から地区外の職場や高校に通勤、通学し、地区が「ベッドタウン」になっていた事情が背景にあるとみる関係者が多い。
     2010年の統計では、地区の就業者数は町に大型事業所がないサービス業や小売業、製造業が半数を占める。長い間、基幹産業とされていた漁業の倍近い。
     国が1999年に実施した消費購買動向調査をみても、消費者吸引率はわずか3.9%。旧石巻市での買い物が9割を超え、経済活動の軸足は地区外に移っていた。
     平地が少なく地区内に建てられた仮設住宅は161戸。多くの被災者は地区外の仮設住宅や借り上げ住宅に住む。若者や働き盛りの年代を中心に、生活拠点を地区外に移すことへの抵抗感はさらに薄れた。

     地区の老舗が一つ消えた。創業120年のマルタカ製菓。店は津波で流された。5代目の佐藤成利さん(44)は昨年7月、千葉県八街市に家族7人で転居、親類の支援を得て同県内に菓子店2店を開いた。
     「千葉に根を張る。ここには、作った菓子をおいしいと言ってくれるお客さんがいる」
     店の様子を通じ地域経済の移り変わりを肌で感じた。地区を潤したカツオ漁の船員は沖に出る際、決まって大量のかりんとうを買い込んだ。
     遠洋漁業の衰退が始まる1970年代末から、客は減りだした。店を継いだ90年以降も売り上げは低迷し続け、廃業を何度も考えた。雄勝を出ようとする自分の背中を震災が最後に押した。
     「見知らぬ土地での開業より、地元にとどまる方が不安だった。古里への愛情だけでは食べていけない」
     60年代に1万人を超えていた地区の人口は震災直前、4300人に減った。震災後の人口は実際には1000人を切ったとみる住民もいる。未曽有の震災は、過去にない速度で地区の過疎を推し進めようとしている。

    [旧雄勝町]1941年の町制施行で、雄勝町となった。2005年に石巻市、河北、河南、桃生、牡鹿、北上5町と対等合併。雄勝硯(すずり)は震災前、日本一の生産量を誇った。「雄勝法印神楽」は国の重要無形民俗文化財。ユズリハなど暖地性植物が生い茂る八景島は国の天然記念物に指定されている。
    河北新報社HPより 2012年03月15日

  • #3

    t.hira (日曜日, 18 3月 2012 15:41)

    震災と過疎―石巻・雄勝町の今(下)進まぬ計画/合併影響人手が不足/高台移転溝埋まらず

     「こんな計画、賛成できるか」「真面目に議論する気ねえだろ」
     昨年11月下旬、石巻市雄勝総合支所の集会室は怒号に包まれた。
     市が復興計画策定に向けて開いた住民懇談会。津波で流された旧雄勝町中心部の住宅地を町北部の原地区に移す市の素案に対し、出席した一部住民が強く反発した。
     旧町中心部は震災前、全体の半数以上の800世帯が暮らしていた。地域唯一の商店街もあった。地元を離れることに抵抗感が強かった。
     住民は言う。「中心部がなくなれば、雄勝が消滅するのと同じ。住民の声が反映されていない計画なんて賛同できない」
     懇談会は反対派の理解を得られないまま散会した。それ以降、旧町中心部の復興計画作りはほとんど進展していない。
        ◇   ◇   
     市雄勝総合支所は昨年5月、地区会長らに呼び掛け、公募を含む36人で「復興まちづくり協議会」を発足。建築家ら専門家を招き、高台移転の方針で復興計画のたたき台を作ってきた。
     震災で大きな被害を受けた合併前の牡鹿、雄勝、北上の旧3町で最も速い動きだった。7月には亀山紘市長に高台移転促進を求める要望書を提出。市担当課内では「雄勝は復興のトップランナー」との評価さえあった。順風に見えた計画が一転、11月の懇談会で暗礁に乗り上げた。
     2005年の市町村合併の影響が背景にあるとの指摘がある。総合支所職員は合併以降、削減が進み、合併前の約3分の1の36人。土地利用はわずか2人が担当する。
     「言い訳はしたくないが、意見集約に力を割けるほどのマンパワーはなかった」。相沢清也支所長(58)は打ち明ける。
     婚約者が町出身というつながりから協議会の公募委員になった正田雄祐さん(33)=横浜市=は「協議会メンバーは選挙で選ばれた人ではない。住民を束ねられる町長がいれば結果は違ったかもしれない」とリーダーの不在を指摘する。
        ◇   ◇   
     高台移転反対の動きは年が明けても続く。地区中心部の一部住民は1月、「雄勝地区を考える会」を結成。土地のかさ上げと防潮堤整備で震災前に近い地域での再建を提案、市に計画変更を訴える。
     かさ上げして区画整理を行った場合、高台移転と比べ費用が大きく膨らむ上、事業完了までに10年程度を要する。時間がかかれば住民は散ってしまう恐れが大きく、市に計画を変更する考えはない。
     住民の会が想定する新たな町中心部は、津波で20メートル以上浸水した場所だ。同支所は「膨大な時間と費用を掛けて、命の危険がある場所に町を再生することはあり得ない」と説明する。
     一部住民と行政の議論がかみ合わないまま、宙に浮く雄勝町の復興計画。震災前の4300人から1300人にまで減った人口が、さらに減る恐れが現実味を帯びる。
     「対立は、何も生まない。住民と行政がまとまってほしい」。夫=当時(68)=を津波で亡くし、内陸部の仮設住宅に1人で暮らす志村礼子さん(60)は願う。
     「雄勝を愛する気持ちは、みんな一緒。官民一体で魅力的な地域をつくるのなら、私は雄勝に戻りたい」

    [雄勝町の整備方針] 市の復興計画によると、居住地は高台移転を推進する。名振、船越の両地域が市内の5地区とともに集団移転に向けて調査、測量に入った。町内に「観光」、「商業」、公共施設を集める「地域拠点」の3ゾーンを設定した。
    河北新報社HPより2012年03月18日

  • #4

    t.hira (月曜日, 19 3月 2012 06:27)

    何故こんな情報が今頃出てくるのか。
    日本社会の廃退が進んでいるのは確かだ。

    現場担当者ら、原子炉水位計の誤作動認識 福島第1事故
     
    東京電力福島第1原発事故で1号機がメルトダウン(炉心溶融)に至る際、事故対処に当たっていた担当者らが、原子炉の水位計が誤作動を起こし表示が信用できないと認識していたことが18日、関係者への取材で分かった。担当者らは水位計を信用せず、早い段階からメルトダウンを予測したが、運転実務を十分理解していない東電本店、政府は水位計の数値にこだわり、炉心状態の判断を誤ったまま指示を出し続けた。

     水位計は、圧力容器下部の水圧と空間部分の気圧との差を、基準面器と呼ばれる水槽型の設備で計測する。電源喪失による原子炉の過熱や減圧で、基準面器の水が蒸発するなど水位計が正常に機能しなくなることは「現場の常識」(東電技術者)で、作業手順書にも明記されているという。
     関係者によると、福島第1原発の緊急対策本部は昨年3月11日午後5時15分の時点で、全電源を喪失し原子炉水位が低下した1号機は午後6時15分に燃料頂部が露出すると予測。その内容を東電本店などに伝えた。
     燃料露出から2時間後の午後8時すぎには、メルトダウンが始まることも予想されていた。
     水位計はいったん電源が失われて数値を表示しなくなったため、対策本部はバスなどのバッテリーを集め、水位計などの計器類を作動させた。
     再び動き出した水位計は11日午後9時20分ごろ、燃料頂部の200ミリ上、午後10時ごろには500ミリ上を示した。その後の経緯を考えると、水位計は既に誤作動を起こしていたとみられる。
     現場がこの数値を伝えると、東電本店や政府は「原子炉には水がある」「水位計の数値だけを伝えろ」と指示した。
     政府、東電は水位計の数値上は著しい水位低下がなかったことから、実際は作動していなかった非常用覆水器によって注水・冷却が行われていると誤認。その後も、メルトダウンが進んでいることを認めようとしなかったという。
     技術者らは「既に水位計が機能していないのは現場レベルでは周知のことだったが、本店や政府から一方的に指示が来て従わざるを得なかった」と説明。「水位計の基本的な仕組みも知らず、故障の可能性にも思い至らない人たちが指示を出していた」と話した。
    河北新報社HPより2012年03月19日

  • #5

    t.hira (日曜日, 25 3月 2012 09:53)

    少しずつであるが、自らの「復興計画」の論議が始まって来ている。

    沿岸7市町の住民、海辺復興の在り方議論 気仙沼で会合

     東日本大震災で被災した海辺の在り方を住民同士が考える会合が23日、宮城県気仙沼市本吉町のイベント会場「海洋館」で開かれた。大船渡市や気仙沼市、南相馬市など7市町の住民団体の代表者ら25人が意見を交わした。
     岩手県大槌町の住民団体「赤浜の復興を考える会」の川口博美会長(63)は、巨大堤防に頼らないまちづくりを進めていることを説明。「住民は高台に移るのに、なぜ10メートルを超える堤防が必要なのか」と指摘し、高潮や台風に備えた既存の堤防の復旧で十分だとの考えを示した。
     気仙沼市唐桑町でカキやホタテの養殖を営む畠山信さん(33)は「地盤沈下で変化した環境を生かした地域づくりも、考えられる」と語った。
     会合は、沿岸部でサクラの植樹活動をするNPO団体の理事桜野良充さん(33)=東京=が、各地の住民に呼び掛けて開いた。今後も定期的に意見交換する予定。
     桜野さんは「行政は住民の意見を踏まえずに堤防整備などの方針を決めている。浜同士で話し合い、情報を共有する場にしたい」と話した。
    河北新報社HPより2012年03月25日

  • #6

    t.hira (月曜日, 26 3月 2012 08:10)

    まだまだ自然の驚異に対しては「想定外」とする状況がこれからも明らかなってくるだろう。単に「経済的理由」で、真実に目を背けてはならない。
    でないとまた「想定外」が悲劇を繰り返す。

    房総沖に未知の長大な2活断層 長さ160と300キロ

     房総半島南端から南東に百数十キロ以上離れた太平洋の海底に、これまで存在が知られていなかった長大な二つの活断層が存在するとの調査結果を、広島大や名古屋大、海洋研究開発機構などの研グループが25日までにまとめた。
     長さは160キロと300キロ以上で、一度にそれぞれの断層全体が動けば、いずれもマグニチュード(M)8~9の地震を起こす可能性があるという。グループの渡辺満久・東洋大教授(変動地形学)は「ノーマークで未調査の活断層。強い揺れや津波が関東南部や東海地方に及ぶ可能性があり、早急に詳しく調査するべきだ」としている。
    河北新報社HPより2012年03月26日

  • #7

    t.hira (土曜日, 31 3月 2012 10:02)

    先の見えない汚染廃棄物処理

    今の政府は既に「放射能列島日本」の未来を見ることもできず、放射性物質の更なる拡散を実行しようとする
    「愚策」に邁進している。

    「<廃棄物>8000ベクレル超、13都道県で5万トンと試算

     環境省は30日、1キロ当たり8000ベクレルを超える放射性物質が含まれ、国が直接処理する廃棄物が、北海道、東北、関東地方を中心に13都道県で計約5万トン発生しているとの試算を公表した。国はこれらを「指定廃棄物」として、発生都道府県内の既存の管理型処分場などで処分することを想定しているが、難航している自治体が多いことから、国が国有地などに最終処分場を新設する方針も明らかにした。

     放射性物質が1キロ当たり8000ベクレルを超える廃棄物は、北海道や、秋田、岩手、宮城、福島、茨城、栃木、群馬、埼玉、千葉、神奈川、新潟の11県、東京都で、焼却灰や上下水汚泥、稲わら、堆肥(たいひ)、腐葉土などから見つかった。

     既存の焼却炉や管理型処分場の利用に向けた調整が難航している自治体については、市町村ごとに仮設焼却炉を設置したうえで、12年9月までに最終処分場の建設場所を選定し、15年3月をめどに建設する。

     ただし、福島県内で発生した廃棄物については、1キロ当たり8000超~10万ベクレル以下は富岡町の管理型処分場で、10万ベクレル超は除染で出た土壌などを貯蔵する中間貯蔵施設に保管する方針を既に示している。【藤野基文】」

    毎日新聞 3月31日(土)HPより引用

  • #8

    t.hira (日曜日, 01 4月 2012 15:03)

    日本の「危機管理政策」の無策振りは既に明らかです。

    3連動地震の津波想定見直し 和歌山県でも衝撃と困惑
    2012.4.1[westピックアップ]

    「どうしたらいいのか…」「慌てずに受け止めるしかない」-。内閣府の検討会が東海・東南海・南海地震の想定津波高や震度を発表した31日、津波が従来の想定の2~3倍となった和歌山県内でも、各地で関係者から驚きと困惑の声が上がった。東日本大震災以降、手探りで防災対策の見直しを進めてきた県内の各自治体。具体的なデータが出たことで、住民の命を守る取り組みが本格化する。

     「そんな津波が来たらここは全滅やないか…」

     想定見直しで最大津波高が県内で最も高い18・3メートルとなったすさみ町。海に面した下地二区の芝正生区長(64)は絶句した。古い住宅が並ぶ地区に避難できるビルはなく、昨年2月に完成した避難タワーも最上部で海抜10メートル足らず。高台の避難場所までは若者の足でも10分程度かかるが、町の高齢化率は40%を超えており、下地地区でも1人暮らしの高齢者が多い。
    町はこれまで、避難路整備や自主防災組織の強化を進めてきたが、予想を上回る津波の規模に衝撃は隠せない。「揺れが収まって数分後には津波が来るのに、年寄りを連れて逃げられるのか…。でも、行政も自分たちもそれくらいの津波を覚悟して、真剣に取り組まんと」。芝区長は自分に言い聞かせるように話した。

     東日本大震災以降、“防災先進県”として避難所のランク付けや災害時の情報収集システムの構築など、津波対策の総点検に取り組んできた和歌山県。今回の想定見直しを受け、今後詳細な浸水予測と被害想定が行われ、それを元に各市町村が新たなハザードマップを作成。専門家の意見も受けながら、住民を巻き込んだ対策が進められる。すさみ町など津波到達までの時間が短く、高齢者など災害弱者の避難が難しい県南部については、県は将来的な高台移転も含めて検討する方針を示している。
    一方で、津波への危機感が薄かった県北部の海沿いの住民からは困惑の声も上がる。和歌山市毛見の女性会社員(49)は「想定がいくらといわれてもあまりピンと来ない」。避難場所までは距離があるが、地区ではほとんど訓練は行われていないという。「家族とは『津波が来たら近くの山に登ろう』と話しているけど、訓練してるわけでもないので逃げられるかどうか…。大津波が来たらあきらめるしかないかな」と話す。

     県内の各自治体では現在、防潮堤などのハード対策に頼った東日本大震災の教訓から、“津波から逃げ切る”ための住民の意識改革が進められている。県総合防災課の高瀬一郎課長は「行政はできる限りの対策に取り組むが、住民も『自分の命は自分で守る』を基本とし、訓練などで意識を高めてほしい」としている。

    http://sankei.jp.msn.com/west/west_affairs/news/120401/waf12040110350002-n1.htm

勝手創千界への

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2013年

6月

09日

勝手創千界から世界へ

この世界が持つ多くの問題への解決は待っていては果たせない

より良き社会を目指して我が「勝手自由なる提案」を創り上げていく

そして「勝手創千界」の描く世界から解決に向けての一歩を踏み出す

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2013年

1月

01日

勝手にエネルギー論を構築する

人類の行く末は「エネルギー」を如何に獲得していくかである。

日本の社会も経済も「エネルギー問題」の解決抜きには語れない。

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2012年

10月

02日

新しいエネルギー開発に向けて

「水危機」と「エネルギー危機」が目前に迫っている。この二つの「危機」だけでも「人類の生存基盤」の危機である。 一刻も早く、地球と人類にとって安全・安心な「自然エネルギー」「再生可能エネルギー」の開発が求められている。

10年、100年先の「危機管理」として、今から行動しなければ遅いことは明白だ。

「消費社会」から「循環社会」「持続可能社会」「自然共生社会」「エネルギー自立社会」へ向けての「意識改革」と「構造改革」が重要である。

7 コメント

2012年

7月

08日

新しい日本改造に向けて

国の言う「国民のための判断」が本当でないことが明らかにされているいま

国民の持つ価値観として、何が大事で何が大事でないかという判断や、ものごとの優先順位づけ、ものごとの重み付けの体系の価値判断から、3.11震災を契機にした「新しい価値観」と「国民全体の幸福度」についての「提言」が、いまこそ日本に必要である。

10 コメント

2012年

6月

04日

勝手に発想法を研究する

差し迫る「少子高齢化の縮小社会への突入」「産業の空洞化」「エネルギー問題」「雇用問題」「財政問題」等々・・・日本社会が抱える問題は多岐に渡るが、政治や行政や官僚に「問題解決能力」の欠如が著しい。

さらに日本の技術を支える産業界や学界の「研究開発機関」においても「劣化」が進んでいる。

今こそ「フロンティア精神」と「新しい発想」が連動して「革新的なイノベーション技術」を生み出していくことが必要だ。

6 コメント

2012年

5月

01日

自然エネルギーと共に生きる

日本の自立と未来を切り開くためには、日本の国土に適合した再生可能エネルギーの社会が必要であり、最先端の日本技術を結集して「世界に誇れる日本」を創っていかなければならない。

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2012年

4月

07日

勝手創千界から「尊敬される日本」へ

まず、現状のまま進行した100年後の日本の未来を想定し、その想定社会状況から、今必要な「方策」を考えてゆく視点が必要ではないかと思っています。新しい視点が必要です。

「勝手創千界」による「勝手な発想」が「脳内停止」状態の人々に「インパクト」を与えなくてはいけません。

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2012年

3月

11日

3.11震災から海上都市計画へ

3.11震災を契機として、日本という国家のもつ様々な問題点が明らかにされ、新しい国家像が求められている。たぶんこのままでは、さらに日本の解体状況は進んでいくだろう。ラブーン海上都市計画がひとつの方向性を提示できればと思う。

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2012年

2月

19日

勝手に復興計画 in 石巻を提案

3.11震災からの新しきまちづくりとして「勝手に復興計画 in 石巻」を発進いたします。

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2011年

12月

31日

ホームページ開設

3.11震災以降、如何にすれば「津波につよいまち」が可能なのか?考えてきました。

その「ひとつの答え」を提示できればと思います。実現に向けて多くの人の意見を求めています。

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