2012年

7月

08日

新しい日本改造に向けて

国の言う「国民のための判断」が本当でないことが明らかにされているいま

国民の持つ価値観として、何が大事で何が大事でないかという判断や、ものごとの優先順位づけ、ものごとの重み付けの体系の価値判断から、3.11震災を契機にした「新しい価値観」と「国民全体の幸福度」についての「提言」が、いまこそ日本に必要である。

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  • #1

    t.hira (日曜日, 15 7月 2012 13:49)

    「日本型モデル」大ピンチ
    テレビ惨敗の教訓は? 日本経済新聞2012/6/25付
     
    日本企業の経営戦略、とりわけ、どのようなやり方で利益を上げるかの「事業モデル」がこれほど注目された年はないだろう。

     高い技術を誇る日本の家電業界が、テレビや携帯電話をめぐる韓国・台湾勢との値下げ競争で苦戦。ソニー、シャープ、パナソニックは創業以来の大幅赤字を計上した。半導体のエルピーダメモリは経営破綻した。

     円高も一因ではあろう。だが「開発から製造まで自社で抱える」といった日本型の事業モデルが時代遅れになったのは否めない。

     それは家電業界に限った問題ではないとみられる。

     半導体で世界最大、米インテル社の創業者の一人であるアンディ・グローブ氏から聞いたことがある。

     かつて同社の主力商品は記憶用の半導体、DRAMだった。1980年代に日本勢に追い上げられ、どうしてもかなわない。

     思い切ってこの事業から撤退。より付加価値の高い演算処理用のMPUに集中した。またパソコンの中心となる、MPUを組み込んだ基板の製造を台湾企業などに委ね、パソコン業界をも牛耳るに至る。

     「事業をしていると、仕事の枠組みを考え直さなければならない大きな変化に直面するものだ」。母国、ハンガリーなまりの氏の言葉が耳に残る。枠組みを変えるべき節目を「戦略転換点」と呼んでいた。

     日本の家電業界は戦略転換点を見逃したのか。東芝はテレビパネルを自社生産から外部調達に変えるなど早めに対応したが、ソニーなど3社は遅れた。画期的な新商品も出ていない。

     多くの日本企業は技術重視だが、全く新しい商品の開発より、既存製品の機能改善やコスト削減が得意。そのやり方も開発から製造まで抱え、各部門間で調整して仕上げるものだ。

     この日本型のモデルが経済のグローバル化などで強い逆風を受けている。

     製造業では、どの会社製であれ標準規格の部品を組み合わせれば製品になる「モジュール化」が進んで、メーカーによる差は薄れ、コストも下がった。大量生産と低賃金という優位性も持つアジア勢の価格競争力は著しく強まった。

     一方で米欧企業は革新的な商品を次々に開発する。代表格は米アップル社の商品、特に高機能携帯電話のiPhoneだ。パソコンや音楽端末の機能も備え世界中で人気。同社のほかの製品と一緒に使いやすいこともあって客の囲い込みにつながり、収益性がよい。

     かくして日本は安いモノ作りでアジア勢に押され、斬新な商品の開発では米欧企業に水をあけられ、稼げる場所を狭めてしまった。

     電気自動車が普及すると自動車の業界も一変する。部品数が少なくて作りやすく、多くの企業が参入するとみられるからだ。

     経営コンサルティング会社、A・T・カーニー日本代表の梅澤高明氏は「例えば多数の顧客と強いブランドを持つアップルが、電気自動車“iCar”を出す可能性もある」とみる。

     嵐のような環境変化で日本企業は大ピンチ。どこへ向かえばいいのか――。

     幸い、新素材や再生医療、電子・自動車部品など独自性のある技術が多い。まずはそれを磨いて利益をあげる仕組みを考えたい。

     製造部分を外国にもっと委ねるのはやむを得まい。

     「重要なのは収益源となる独自技術を公開しない代わりに、関連機器などとの接続はオープンにして自社製品の普及を促す、といった知的財産の管理」と語るのは妹尾堅一郎・産学連携推進機構理事長。

     インテルはMPUの技術を公開しないが、それを基板に組み込む方法を台湾企業に教え生産を促した。

     商業化に向かう再生医療では、幹細胞などの製造技術・装置と検査装置が主な収益源となり、そこで主導権を握れるかどうかがカギと妹尾氏はみる。

     帝人は在宅患者が使う呼吸器関係の治療機器から、患者の状態を示す情報を得て解析し、病院に送って診療に役立てるサービスを始めた。ネットワーク化や、大量の情報、いわゆる「ビッグデータ」の解析と活用も今後のキーワードだ。


     もっとも事業モデルに王道はなく、市場や製品の特性に応じ工夫が要る。

     ユニ・チャームはアジアの中間層に紙おむつを売るため「漏れない」など基本機能に絞った低価格品を作った。高機能品でなくとも自社の強みをいかせるという発想である。

     テレビの惨敗は「技術があれば安心」という時代が過ぎ、何をどう作って売るかを含む事業モデルの大改造が必要になった事実を示す。そこで問われるのは素早い決断と実行力だ。

     90年代初めに経営が傾いたIBMはルイス・ガースナー会長(当時)の下、わずか数年でコンピューターなど機器の製造から、コンサルティングやシステム構築へ業務の比重を移し、立ち直った。

     日本企業でこうはいかない。経営者の意識の問題も大きい。先述の梅澤氏は「戦略の賞味期限が過ぎているのに、製品機能や生産コストの改善で難局を乗り越えようとする企業が少なくない」と経営戦略の再構築の必要性を指摘する。

     世界では、各国の企業が事業モデルの戦略を競う。負ければ国の経済成長も危うい。「経営」の巧拙が「経済」を左右する時代だ。

    悲しいかな「技術大国日本」である。
    もっと大胆な改革が必要だと思うが。

  • #2

    t.hira (日曜日, 15 7月 2012)

    協調と競争の戦略を

     アジアの経済成長は大きな転機を迎えている。日本経済新聞2012/6/4付

    サムスンとLGは薄型テレビの世界市場で1、2位を占める(ソウル市内の量販店)
     欧米への輸出に多くを頼る経済構造は、リーマン・ショックに続く欧州債務危機で修正を迫られている。また汎用品への投資競争は企業の収益率を低めて、より付加価値の高い産業への移行を促している。

     国内では所得格差が社会の安定をも脅かし、資源制約や環境問題も深刻だ。

     ひと言でいえば、質の高い成長モデルをさぐる段階に来ている。その文脈から日本の技術力への期待は高い。一方、日本もアジアがハイテク分野で力をつける時代を見据え、将来の自画像を描く時期である。

     過去20年以上も年7%ペースの成長を続けてきたのがベトナム。国家副主席を務めるグエン・ティ・ゾアン氏は欧州危機などから「経済の再構築を進める上で、今年は非常に重要な年になる」と強調した。

     輸出依存から内需主導型成長への移行、公共事業や金融制度の改革、環境分野の新産業育成など、副主席があげた課題は今、アジアのどの国にも共通する。

     低所得国から中所得国に成長しても、なかなか高所得国になれない――という「中所得国のワナ」にはまる恐れを述べたのは、スリ・ムルヤニ・インドラワティ世界銀行専務理事(インドネシア出身)。その観点からも技術革新や生産性の向上、教育の充実が欠かせないと訴えた。

     ビジネス界は技術革新などの必要性を肌で感じている。タイのインドラマ・ベンチャーズのアローク・ロヒア最高経営責任者によれば、汎用の石油化学製品は投資競争により価格が下がり、収益を圧迫している。供給過剰の傾向はほかの業種にも広がり始めた。

     どの国も経済成長の次の段階として、高付加価値の産業構造への転換を目指している。その一つの道が経済連携の強化だ。特に、日本からの投資や技術移転への期待は非常に大きい。

     「日本の信頼性や、東南アジアに関与しようという意欲が、東アジアが強みを取り戻すために重要」と述べたのは東南アジア諸国連合(ASEAN)のスリン・ピッスワン事務局長。

     民主化へ一歩を踏み出したミャンマーのソー・テイン工業相も「ミャンマー企業は技術や資本、管理手法が足りない」と指摘し、それらに優れる日本企業への強い期待を表明した。

     そこで問題になるのは、ASEANと日中韓との自由貿易協定(FTA)など中国が加わる経済連携と、米国が主導する環太平洋経済連携協定(TPP)の両立が可能かどうかだ。今回の「アジアの未来」会議の隠れたテーマでもあった。

     野田佳彦首相は、TPPと、東アジアでの経済連携を並行して追求することで「相互に刺激し合い、すべてが活発化するダイナミズムが働く」と述べて、日本が両方に関わる方針を明確にした。

     一方、中国の李肇星・前外相の「アジア各国は平等な対話を通じ、長期的に発展するための外部環境を整えなければならない」という発言の受け取り方はさまざまだろう。

     環太平洋での支配的な地位をめぐる米中の思惑も絡むとみられる。

     それでも、この地域の多くの国々は米中を含む環太平洋全体での通商・投資ルールの確立を望んでいる。中国に、知的財産権の保護などで国際標準の政策を取り入れてもらうためにも、TPPと、東アジアでの経済連携の両にらみ作戦は捨てがたい。

     これに関連しリー・クアンユー・シンガポール元首相は本紙とのインタビューで、米中の双方が相手の市場や技術を必要としていることから「20~30年間は、米中が折り合いをつけていくだろう」と述べた。

     南シナ海問題での中国の強硬な姿勢などから「中国の軍備増強に他の国々も軍事力の近代化で対応するのが望ましい」(アーサー・ウォルドロン米ペンシルベニア大学教授)という声も聞かれたが、経済面で米中が決定的に対立することはないだろう。世界経済の重心がアジア太平洋に移ってきたのに、この地域で対立するのは百害あって一利なしだ。

     もっとも経済連携は日本にとって利点ばかりではない。日本からの投資などによってアジアが競争力を強めたとき、日本の優位性が薄れる恐れも念頭に置かなければならない。

     当分、アジアでは付加価値の低い産業が主流だとしても、韓国勢や台湾勢がテレビや半導体で世界的な競争力をつけたように、幅広いハイテク分野で日本が競争力を失う事態を覚悟する必要がある。

     だから、経済構造の改革を急がなければならないのは日本も同じだ。特に、製造業がさらにアジアに拠点を移し、国内の雇用情勢を悪化させるのに備えて、製造業の高度化や、新産業の創出によほどの力を入れなければならない。

     アジアとの協調によって利益を得つつ、ハイテク分野でのアジア企業の台頭にどう備えるか――。日本が「協調」と「競争」の長期戦略を描くべきときに来ているのは間違いない。

  • #3

    t.hira (月曜日, 16 7月 2012 19:11)

    液晶城下町」亀山の苦悩

    働けない 若者の危機 第1部 鳴り響く警鐘(1)ルポ
    日本経済新聞2012/7/1

     シャープの液晶テレビ工場が2004年に稼働し、「世界の亀山ブランド」で一躍有名になった三重県亀山市。ホンダの工場も近く、自動車と電機というニッポンの二本柱が雇用を支えてきた。足元で両産業の苦戦が伝えられるなか、若者の雇用はどうなっているのか。現地を訪ねた。

     卒業生の4割が就職する地元の県立亀山高校。鈴鹿山脈を目前に臨む、のどかな公立校に異変が起きている。希望者の就職率は毎年ほぼ100%。11年には文部科学省から県内で唯一「キャリア教育優良学校」として表彰されるなど、先生の熱心さで知られる。そんな就職強豪校をもってしても「近年は非常に厳しくなってきている」と進路指導部主任の前川明男(57)は眉をひそめる。

     09年春まで毎年7人前後がシャープに就職してきたが、リーマン後に求人は急減。12年春は2人にとどまった。シャープにテレビ部品を供給する凸版印刷への就職も11人からゼロになった。

    車の出入りが少ないシャープの液晶工場(6月、三重県亀山市)
     「以前はトラックがいっぱい走っていたんやけどねえ」。6月、梅雨らしい強い雨の中。タクシーの運転手がハンドルを握りながら目を細めた。視線の先にあるのは、まだ真新しい白い壁に太陽光パネルが張り付けられた工場建屋。シャープの亀山第1工場だ。裏側に回ると、製品をトラックに載せる出荷口がずらりと並ぶ。この日は平日なのにすべて閉まり、トラックは1台も止まっていなかった。工業団地の道路でも車はあまり見かけない。

     かつて亀山工場は中核部材の液晶パネルからテレビまで一貫生産する「垂直統合型事業モデル」の象徴だった。だがテレビ事業の苦戦に伴い、隣接する第2工場とあわせて生産品目をタブレット端末などに使う中小型パネルに変えてきた。今年4月に大型から中小型へ本格的に衣替えした亀山。地元の運送業者は苦笑いする。「工場を止めたわけやないけど、でっかくてかさばるテレビと、中小型じゃ、物量が全然違う。梱包の仕事もほとんどゼロになった。運送屋泣かせやわ」
    亀山市は東海道の宿場町として栄えた人口約5万人の小さな内陸都市だ。シャープの進出による雇用の創出効果は絶大だった。同社と協力企業による亀山市内の総雇用者数は04年の操業開始の1700人から、リーマン・ショック前の08年5月には4700人まで増えた。「市外から来た請負業者なども多く、市内出身者ばかりではない」(同市商工業振興室)とはいえ、1軒しかなかった市内のビジネスホテルが7軒に増えるなど、周辺経済への波及効果も無視できない。しかしリーマン・ショック後は減少傾向が続いており、現在はシャープ関連の雇用者数は3300人(11年5月)に落ち込んでいる。

    車の出入りが少ないシャープの液晶工場(6月、三重県亀山市)
     厳しいのはテレビだけではない。自動車も同じだ。東隣にF1開催地の鈴鹿サーキットで知られる鈴鹿市があり、シャープ進出前までは自動車関連産業が雇用をけん引していた。だが亀山高校からの就職者は、軽自動車を生産するホンダ鈴鹿製作所でリーマン後は毎年1~2人。ホンダ系自動車部品メーカーのエフテック亀山工場は3年前の14人からゼロに、トランスミッションなどを手掛ける柳河精機は6人から1人になった。

     ある自動車部品メーカーの採用担当者に尋ねると、「13年春は新卒を採らんことにしたんで、ほかに聞いてもらえるかなあ」と口が重い。リーマン前まで15~20人の高校生を受け入れていた。東日本大震災やタイ洪水の反動、エコカー補助金といった追い風を受け、増産に励む完成車メーカーのイメージがあるが、下請けは厳しい。「自動車メーカーは海外に行ったり、部品メーカーを選別したり、厳しいコスト意識を持っている。完成車がいいからといって、地元の部品が潤っているわけやないんやで」と不満げに話を終わらせた。

     突然訪れた就職難。それでも亀山高校はなんとか生徒の就職先を見つけようと必死だ。訪ねた日はちょうど2年生の企業・大学見学会の日。6グループに分かれた生徒たちはバスに乗り込み、進学組は大学へ、就職組はシャープや住友金属鉱山、ホンダ、リケンテクノスなどの近隣企業を見て回っているため、出払っていた。校長の福永和伸(51)は「大企業や中堅企業は難しくなってきており、地元の中小企業を丹念に当たるしかなくなってきた」と危機感を表す。

     だが、就職先の幅を広げたとしても安定した仕事を見つけるのはなお難しい。三重労働局によると、県内の有効求人倍率は今年5月に0.97倍と足元の景気回復でリーマン前の水準まで徐々に近づいてきているものの、正社員に限ると0.44倍とリーマン前の半分にとどまる。労働局の担当者は「メーカーは足元では人をかき集めているが、将来の海外移管を見据えて長期雇用が前提の正社員は採りにくいのだろう」と推察する。

     亀山商工会議所会頭の岩佐憲治は「とにかくいまは産業の栄枯盛衰のサイクルが早すぎるわ。地元のメーカーも海外に出て行かざるを得なくなる。空洞化が一番怖い」と憂う。日本の経済成長を支えた自動車や電機の各メーカーは、日本全国各地に満遍なく工場を建てて輸出競争力を支えてきた。同時に高校生を中心とする地方の若者に働く場所を提供してきた。亀山市や隣の鈴鹿市は「九州などほかの地方からも若者が職を求めてやってくるため、若年層の比率が高い」(三重県)。その土台が揺らぐ亀山はニッポンのいまと未来を映し出す縮図ともいえる。

    日本の危機的状況は足元から忍び寄ってきている。
    このままいくと、数年で日本的「むら社会」は崩れ去るだろう。

  • #4

    t.hira (水曜日, 18 7月 2012 21:30)

    (核心)団塊、嫌われぬ老後を
    後輩犠牲の高福祉では 日本経済新聞2012/5/14付 

     「いい思いをしてきた戦後のベビーブーム世代が、実に多くの問題を若い世代に押しつけている」

     これは日本の話ではなく英国会議員のD・ウィレッツ氏が英国社会について書いた本、その名も「ザ・ピンチ」の一節である。

     高齢化する先進国に共通の悩みが、社会保障などの世代間格差なのだろう。

     日本のベビーブーム世代の代表は1947~49年生まれの「団塊の世代」。その先頭が今年65歳になっている。670万人のこの塊は、若い世代に迷惑をかけず老後を送れるだろうか。




     「恵まれすぎ」などという若者らの声に釈然としない団塊世代も多いだろう。本当はどうなのか。

     年金、医療と介護で生涯に国から受け取る給付と保険料の支払額を比べよう。鈴木亘学習院大学教授(41)の推計(図)では、ほぼ50歳より上は受取額が支払額より多く、その下は支払額が受取額を上回る。団塊世代は2000万円前後の受け取り超過となる。

     この社会保障の格差が不当かどうかは、世代ごとの幸福度や社会への貢献も併せて考えねばなるまい。

     80歳代以上には戦場に行った人、空襲や原爆にあった人も多い。70歳代も戦後の食糧難に苦しんだ。今年79歳の男性が14歳の時の平均身長は、団塊世代である64歳の14歳時より11センチも低かった(文科省統計)。

     貧しさに耐え高度成長の礎を築いたのも70歳代以上が中心。その果実をいただいたのが団塊世代だ。

     団塊世代の大学卒業は70年代初め。その70年代に経済安定のため様々なシステムが導入されたとエコノミストの原田泰氏は「1970年体制の終焉(しゅうえん)」で説く。

     73年の石油危機後、資本自由化は止まり企業が保護された。金融の護送船団体制が本格的に確立し、銀行は人気就職先になる。

     安定した経済の下で職探しも楽で、昨今のように50社以上も回る学生はまれだった。総務省によると70年当時、15~24歳の失業率は2%で、最近の9.2%よりずっと低かった。

     病気や事業の失敗などでつらい思いをされた方もいる。それでも団塊世代は経済の面で相対的に恵まれていたとはいえるだろう。

     では社会への貢献はどうか。課長か部長の頃にバブルの恩恵に浴したが、その崩壊後は役員や幹部社員として事業の改革より人員削減などに傾きがちで、若者の就職難にもつながった。政界にも団塊世代はいたが経済の構造改革や社会保障の見直しには不熱心。

     こうして20年間の経済停滞や財政悪化に直接、間接に手を貸してきた。

     社会から得たものは多く与えたものの少ない世代。老いて厚い社会保障を受けるとなれば、若者の不満も分からなくはない。

     この世代の名前が由来する堺屋太一氏(76)の36年前の小説「団塊の世代」は、2000年時点での年金や医療保険の破綻を予想。若い官僚にこう言わせた。

     「(団塊世代は)まだまだ日本に力があった頃を無為無策に過ごして来た」

     「福祉だとかレジャーだとかで民族のバイタリティーをことごとくその日の消費に使ってしまった」

     洞察は当たったように思える。団塊世代は社会に何を還元できるのか。

     消費社会研究家の三浦展氏(53)は7年前の著書「団塊世代を総括する」でこの世代に起業を勧めた。成功すれば税収や雇用が増える。一定の所得がある人には国が年金を減らせる。

     ライフネット生命保険を6年前に設立した出口治明社長(64)の例もあるが、還暦過ぎのだれもができる芸当ではない。やはり社会保障改革や消費税増税に協力することが、立つ鳥跡を濁さない現実的な道か。

     冒頭に紹介した英国議員の書も、ベビーブーム世代に社会保障を含めた自制を説いている。

     社会保障の削減にあたり特定の世代を狙い撃ちすると制度をゆがめるので、基本は全世代が対象になる。それでも団塊世代の大群が本格的な受給者になる前に改革をすれば、後輩の負担を軽くできる。

     例えば公的年金の給付額を、少子化や寿命の延びに見合って年0.9%程度ずつ削る仕組みをデフレ下でも発動する。現役世代の賃金は減ったのだから文句は言えない。

     また基礎年金の支給開始年齢を66歳とし、団塊世代の最後である49年4月2日以降生まれの男性(現行制度は65歳開始)から実施する。暴論というなかれ、米国は29年前、ドイツも5年前に67歳への段階的引き上げを決めている。

     医療分野では70~74歳の自己負担1割について、団塊世代がこの年齢に達するまでに「一定以上の所得がある人は3割を負担する」仕組みに変える……。

     病気や事業の失敗などで困っている高齢者には配慮が必要だが、介護を含め、支出を抑える手は多い。

     消費税増税も危うい情勢だが、政府は社会保障の抜本改革を先送りした。もし社会保障の膨張で財政破綻が迫れば、物価は急騰し年金や貯蓄に頼る人々を直撃する。70年代に消費者物価が2.46倍になったのを団塊世代は経験済みだ。

     だから改革は団塊世代にとって自分の問題でもある。数の力に頼み沈黙を決め込むのは、結局だれのためにもならない。この世代の一員として、そう思う。

  • #5

    t.hira (日曜日, 22 7月 2012 05:47)

    住宅供給公社債務超過 宮城県、78億円補償へ

    「宮城県の外郭団体の県住宅供給公社が債務超過に陥っている問題で、債権者となる4金融機関への県の損失補償が78億円に上る見通しとなったことが20日、分かった。県は県議会9月定例会に関連予算案を提出する方針。
     同日の県議会建設企業常任委員会で、仙台簡裁が県と公社、金融機関に示した調停案を県が明らかにした。県は議会の同意を得て正式に合意する考え。
     県によると、公社の借入金は総額122億2600万円に上る。調停案は8億5500万円あった利息・遅延損害金を7600万円に圧縮した上で、公社が自己資金などで45億600万円を返済。残る77億9600万円を県費で穴埋めする内容となっている。
     県は公社が返済不能となった場合、県費で損失補償する契約を金融機関と結んでいた。
     公社は県営住宅などの維持管理や宅地分譲を担う。2010年度に実施した不動産鑑定評価を基に再建計画を策定する過程で、債務超過が判明した。
     今後、東日本大震災で自宅を失った被災者向け災害公営住宅の管理委託が見込まれることもあり、公社はことし4月、再建策を探るため特定調停を申し立てていた。
     橋本潔県土木部長は「公社廃止を求める声もあるが、災害公営住宅の運営でも大きな役割を果たさなければならない」と述べ、県費投入に理解を求めた。」

    河北新報社2012年07月21日土曜日

    復興の一方では「無責任」「無策」の行政の運営で「税金」が使われていく。

  • #6

    t.hira (日曜日, 22 7月 2012 14:54)


    東日本大震災500日 進まぬ高台集団移転 合意形成に壁「地域ばらばら」
    産経新聞 7月22日(日)
     
    東日本大震災の発生から500日になる中、住宅の高台への集団移転は進んでいない。住民の合意形成が難しいことが主な理由といい、国の認可が得られたのは想定の2割。一方で民間による高台の分譲住宅が人気を呼び「このまま時間がたてば若い世代が流出し、地域がばらばらになる」との懸念が出ている。

     ◆想定の2割

     全てが流され、がらんとした空間が広がる岩手県陸前高田市。高台では分譲地が造成され住宅会社の青いのぼりがはためいていた。20区画の一部は「○○様邸新築工事」という看板が並び、建物が組み上がる。

     開発する住宅会社「東日本ハウス」(盛岡市)によると、昨年11月に9区画を売り出し即日でほぼ完売。その奥の山林を追加造成し来月末にも11区画を販売予定だが、宣伝前から4区画が申し込み済みという。

     同社一関(いちのせき)営業所の野場靖紀所長(39)は「行政は非常に頑張ってくれているが、購入者の大半は『行政の動きを待っていられない』と、一刻も早く仮設住宅から抜け出したいとの思いを持っている」と話す。

     国土交通省によると、国の「防災集団移転促進事業」により高台への集団移転が想定されるのは岩手、宮城、福島3県の24市町村で245地区。このうち「大臣同意」と呼ばれる国の認可が得られたのは今月9日時点で3県11市町村の47地区にとどまる。

     行政手続きに時間がかかるためや、移転先の山林で埋蔵文化財の調査が必要な場合もあるというが、最大の理由は合意の難しさ。陸前高田市は8地区が想定されるが、認可はまだない。市復興対策局は「被災範囲が広い上、高台の適地が少ないため、住民の合意がまとまらない」と説明する。

     ◆自主再建で

     集団移転の決まった地区は、比較的小さな集落が多い。宮城県気仙沼市の半島部にある小鯖(こさば)集落は今月2日に認可を得た。集落の高台にある畑地1万5千平方メートルを確保し、被災53世帯のうち8世帯が集団移転、20世帯が同じ敷地に建てられる災害公営住宅へ入居する。残りは元の場所をかさ上げしたり、市内の別の場所へ土地を求めたりして自主再建するという。

     自治会役員で洋品店主、鈴木茂さん(57)は「昨年11月に意向を聞いた際は大半が地元へ住み続けたいと答えたが、時間を追うごとに別の土地での自主再建を急ぐ人が出てきた」と話す。国の認可を受け、市は移転先の用地買収や宅地造成など具体的な作業に入る。鈴木さんは「ほっとしているが、まだ細かい話をしていかなければならない」。21日も仮設住宅の談話室へ集まり話し合った。

     東京都内のコンサルタント会社から宮城県の沿岸自治体へ派遣され、移転事業に当たる男性は「小さな浜など地域の結びつきの強い集落は比較的進んでいるが、市街化された地域は道筋の立たない地区が多い。こうした地区は被災者も多く課題となっている」と話す。

    【用語解説】防災集団移転促進事業

     自然災害などで被災した土地の住宅を集団で移転させる事業。5世帯以上が原則。自治体が移転先の宅地を造成し、道路や水道などを整備した上で被災者へ譲渡、賃貸する。強制力のない任意事業のため住民の合意が必要。事業費は東日本大震災の場合、復興交付金などで国が全額負担するが、住宅の建築などは自己負担。防災が目的のため、元の土地へは戻れなくなる。

  • #7

    t.hira (日曜日, 29 7月 2012 17:34)

    株価急落「関西電力」が怯える“東電化”(ジャーナリスト 杜耕次)

    関西電力が追いつめられている。八木誠社長(62)以下経営陣が切望した大飯原子力発電所(福井県)3号機、4号機の再稼働が野田佳彦首相(55)はじめ関係閣僚会合で正式に決定したのが6月16日土曜日。昨年3月の東京電力福島第1原発の事故以後、国内にある原発50基(事故を起こした福島1-4号機を除く)は定期検査を機に次々と運転を休止し、北海道電力泊原発3号機が5月5日に発電を停止して以来1カ月以上も「原発ゼロ」の状況が続いていた。ようやく叶った再稼働だったが、同社の株価は上がるどころか、逆に堰を切ったように急落。19日火曜日には、1984年以来、28年ぶりに1000円の大台を割ってしまった。投資家は収益基盤がメルトダウンしている関電に経営危機のにおいを感じ取っている。

    外資系のシビアな評価

     関電株価の19日終値は前週末比34円安の984円。年初(1月4日)に1215円だった株価は、過去最大の赤字決算(12年3月期最終赤字2422億円、以下業績の数字は「単体」の注記がない限り連結ベース)を発表した4月27日には1158円にまで下がり、5月31日の1134円を最後に6月に入って終値は1度も1100円台を回復することがなかった。

     1000円の大台割れの引き金になったのは、16日午前の「大飯再稼働」政府決定を受け、関電社長の八木が大阪・中之島の本店で同日午後に開いた記者会見だった。

    「大飯の2基を7月下旬にフル稼働すれば、原発稼働ゼロの場合に比べ、1600億円程度のコスト改善になる」

     この八木の一言が週明けの市場を大きく動かした。

     4月27日の決算発表記者会見で八木は「原発再稼働がなければ、代替発電のための火力燃料費が一段と増加し、今期(13年3月期)のコストは前期比4000億円増える」との見通しを明らかにしていた。それから50日後の6月16日、念願の大飯再稼働にこぎ着けた安堵感から、“これで4割(1600億円)のコスト改善が可能になる”と八木はひと息ついたつもりだったかもしれない。だが、投資家たちの見方は違った。「2基が再稼働しても(4000億円-1600億円=)2400億円のコスト増がのしかかる」とネガティブなメッセージとして受け取ったのだ。

     前期の関電の決算数字をおさらいすると、営業赤字2293億円、経常赤字2655億円、最終赤字2422億円。燃料コストをストレートに反映するのは営業損益であり、前期の数字にそのまま単純に2400億円の負担増を加えると、今期の営業赤字は約4700億円に膨らむ計算になる。

     16日の八木の会見後、多くのアナリストが関電の今期の最終赤字を5000億円規模とみなした。モルガン・スタンレーMUFG証券が20日に関電への投資判断を見直し、目標株価を従来の1400円から850円に引き下げるなど、国内勢と違って電力業界にしがらみのない外資系のシビアなスタンスが広がり、関電の株価下落には歯止めがかからなくなった。

  • #8

    t.hira (日曜日, 29 7月 2012 17:34)

    なりふり構わぬ情報操作

     同じ20日、産経新聞と並んで電力業界に最もシンパシーを寄せているとみられている読売新聞は大阪版1面(東京版は9面)で「関電、家庭用18%上げ必要 大飯再稼働でも」との記事を掲載した。この記事によると、関電は大飯原発3、4号機が再稼働しても13年3月期の単体経常赤字が5200億円となり、赤字解消には家庭用で平均18%、企業など大口向けで平均27%の値上げが必要と試算しているとし、値上げをせずに赤字を解消するには大飯の2基を含む原発7基の再稼働が条件になると報じている。

     この読売の記事を材料に20日午前、関電の株価は一時前日比18円高の1002円に上昇したが、午前10時半に同社が「(値上げの記事について)当社が発表したものではない」とのコメントを発表したのを機に再び1000円を割り込み、26日現在株価は922円にまで値を下げている。

    「今度は“値上げテロ”か」

     読売の「値上げ」報道の顛末を見た大阪市関係者はこう語って不快感を隠さない。

     約1カ月前の5月17日、元経産官僚で現在は大阪府市統合本部特別顧問の古賀茂明(56)がテレビ番組に出演した際、関電や経産省が電力の足りない状況をつくり出し「停電」を連呼して脅している状況を“停電テロ”と表現。これに関電関係者が激しく反発して騒動になったが、市長の橋下徹(42)を筆頭に関電への不信感を募らせる大阪市の幹部らは、「“停電”の次は“値上げ”を持ち出し、なりふり構わぬ関電の情報操作が続いている」と見ている。

    「関電の不作為」を見る目

     古賀や環境エネルギー政策研究所長の飯田哲也(53)ら電力問題の論客が参集した「大阪府市エネルギー戦略会議」(飯田は山口県知事選出馬のため6月に辞任)は、昨年の福島事故以後、定期検査で運転を停止する原発の再稼働が困難になることを予想できたにもかかわらず、関電は必要な手を打たず、意図的に現在の電力不足を招いたと批判した。

     実際、東京電力や東北電力はこの1年間、震災などで損傷した火力発電所の復旧やプラント新増設(代表例はタイから無償貸与されたガスタービンを東電が川崎、大井2カ所の火力発電所に設置)を必死に行ない、今夏は電力需給に余裕のある水準に持って行くことができた。

     関電関係者は「東電や東北電は震災被災地の特例で発電設備増設に必要な環境影響評価(アセスメント)を免除されたが、わが社には適用されず、機動性を削がれた」と釈明するが、前出の大阪市関係者は「関電は“原発はいずれ再稼働する”とタカをくくり、もっといえば“代替発電設備を確保すると原発不要と言われかねない”と不作為を決め込んだ可能性が高い」と分析する。

     昨年夏、九州電力玄海原発(佐賀県)の再稼働を巡る「やらせメール」問題が発覚し、第三者委員会の事実認定を九電側が否定するなど事態が混迷を深めた際、電気事業連合会(電事連)会長でもある関電社長の八木は「あくまで九電の問題」との発言を繰り返し、対立がエスカレートしていった経産相の枝野幸男(48)と九電首脳の関係修復に動いたフシはない。

    「九電の『やらせメール』問題を手際よく収めていれば、ここまで原発再稼働がこじれて追い込まれることはなかった」

    「東電があんなことになって、いまや業界のリーダーは関電しかいないはずなのに、当人たちにその自覚がない」

     関電社内からも、社長の八木や会長の森詳介(71)に対するこうした不満の声が漏れてきた。

    「霞が関発」の試算

     ただ、東日本大震災と福島原発事故から丸1年が経過しても、一向に「再稼働」の手続きが進む気配がないことに、さすがの関電首脳も焦りを露わにするようになっていった。特に前期決算や今期業績予想の数字が取りざたされるようになってきた4月以降、八木や森の危機感は一気に高まってきた感がある。

     関電の決算発表から1週間も経たない5月2日、今夏の電力需給を精査する内閣府の「需給検証委員会」が原発稼働ゼロの状態が続いた場合の電力9社の財務状況の試算結果を公表した。それによると、発電量に占める原発依存率が50.9%(11年3月期)と高水準だった関電は、13年3月期の単体最終損益が7020億円の赤字になるとの指摘。「霞が関発」の試算だけに、関電に衝撃が走ったのは言うまでもない。同社が経済界や政界、官界などあらゆる人脈を使い、大飯原発3、4号機の「再稼働」推進のロビー活動をなりふり構わず始めたのはこの時からだ。

     最も効果が表れたのが、企業を通じた自治体への圧力。滋賀県では知事の嘉田由紀子(62)を中心に早くから再稼働に慎重な姿勢を打ち出していたが、「滋賀県内に2カ所の太陽電池工場を持つ京セラなどが電力不足では稼働が困難になると県に方針転換を働きかけてきた」(地元関係者)という。その結果、対関電強硬派の1人だった嘉田だけでなく、足並みを揃えていた京都府知事の山田啓二(58)が態度を軟化。さらに関西広域連合の結束を重視した大阪市長の橋下も「期間限定の再稼働容認」にハードルを下げ、そこから野田政権の関係閣僚会合による「大飯再稼働正式決定」になだれ込んで行ったのは周知の通りである。

    深刻な「廃炉問題」

     大飯の2基の再稼働により、関電の今期最終赤字は5000億円程度に縮小できるとみられている。しかし、いま一度、同社のバランスシートを詳細にチェックする必要がある。前期末(12年3月末)の自己資本は1兆5098億円で、11年3月末からの1年間で3010億円も減少している。東電の7871億円(12年3月末、11年3月末比7710億円の減少)に比べればまだ余裕があると考える向きもあるかもしれないが、それは早計。今期原発の再稼働が2基にとどまるなら、前述のように最終赤字予想額は5000億円であり、向こう3年で自己資本を食いつぶしてしまう。

     加えて、関電にとって頭痛のタネが新たに持ち上がっている。原発の「廃炉問題」である。民主党国会議員の勉強会「脱原発ロードマップを考える会」が6月13日に開いた会合で、資源エネルギー庁が試算した「廃炉決定の際の除却損、解体引当金引当不足額」が明らかにされた。それによると、政府が原発を再稼働させずに廃炉にすると決めた場合、国内原発10社(沖縄電力を除く電力9社と日本原子力発電)のうち、東電はじめ北海道電力、東北電力、日本原電の4社が債務超過に陥る。

     関電はどうかというと、12年3月末の単体純資産1兆1835億円に対し、保有原発11基の廃炉に伴う損失額は6318億円、差し引きで残る純資産は5517億円となる。繰り返しになるが、関電の原発が稼働ゼロなら今期の単体最終赤字予想額は7020億円、大飯の2基稼働なら約5000億円。「債務超過」はあっという間に訪れる。

     もともと関電には老朽原発が多い。美浜原発1号機(福井県、運転開始1970年11月)がすでに40年を過ぎているのをはじめ、同2号機(72年7月)や高浜原発1号機(福井県、74年11月)など向こう8年間で11基中7基が順次稼働40年に到達する。

     社長の八木が16日の大飯再稼働を受けた記者会見で40年超の原発を原則廃炉にする政府方針について問われた際、「(廃炉にする)科学的、技術的根拠を明示してもらいたい」と声高に主張したのは、フロー(電力事業収益)とストック(原発廃炉)の両面で財務基盤の脆弱化が進む現状に苛立ちを募らせているからだろう。

    「負の連鎖」がちらつく

     大震災と福島原発事故の前日(2011年3月10日)の関電株価は2146円。このとき約2兆100億円だった株式時価総額はいまや8655億円(6月25日現在)に縮小している。12年3月末の有利子負債は1年前より4551億円増えて3兆8649億円。金融機関は東電向けと同様に、関電への追加融資の条件にも原発の再稼働(大飯の2基に続く)を上げてくる可能性が高い。巨額赤字→株価下落→信用不安→資金繰り難……、3.11後に東電を襲った負の連鎖が関電の先行きにもちらついている。

     6月27日の株主総会で関電は、筆頭株主の大阪市(保有比率8.9%)による「脱原発」などの株主提案をことごとく否決できる見通しだが、それが苦境克服に何の意味も持たないことを多くの株主は理解しているはずだ。関電にとって、真の危機はこれから始まるのだから。(敬称略)

    この記事はニュース解説サイト『Foresight』より転載させていただいたものです。 http://fsight.jp/ [リンク]

  • #9

    t.hira (金曜日, 31 8月 2012 05:02)

    特集ワイド:原発の呪縛・日本よ! 地球物理学者・石井吉徳さん
    毎日新聞 2012年08月24日 東京夕刊

    <この国はどこへ行こうとしているのか>
    ◇自然は有限、脱浪費を−−地球物理学者・石井吉徳さん(79)

     「人は自然の恵みで生かされている」

    畳敷きの大広間教室に、やや早口の声が響く。8月1日。長野県大町市の信濃木崎夏期大学初日。講師陣9人のトップを務めたのが、石井吉徳さんだ。「恵みのひとつが石油。だが、生産はピークを迎えた」。今と同じようにエネルギーを使っていては、社会が成り立たなくなる。では、どうしたらいいのか。講義は熱を帯びていった。

     JR信濃大町駅から車で約15分。北アルプスを望む木崎湖畔の小高い丘に、木造平屋建ての“校舎”が建つ。夏期大学は、地域の教職員が中心となって運営する、1917(大正6)年から続く生涯学習の場だ。この日は約250人が聴講した。

     石油は食糧生産のための燃料や肥料などに大量に使われるから「石油ピークは食糧ピーク」を意味する。石油は輸送や化学製品の原材料などに欠かせないから、「石油ピークは文明ピーク」でもある。休憩をはさんで約3時間、講義は続いた。

     石井さんの結論は「脱浪費」である。原子力ではない。低エネルギー社会をつくることだ、という。

     石油生産にピークがあるという「石油ピーク論」。海外ではよく知られる考え方だが、日本で主張する人は少ない。探査や掘削技術が進歩する限り、それまで掘れなかったところでの新たな油田開発が可能となり、生産のピークは訪れないと反論されてきた。石油危機を乗り切り、石油の恵みを経済成長に変えてきた歴史がその反論を裏付けた。「コップにある半分の水を、まだ半分あると見るか、あと半分だけと見るかの違い」(エネルギー業界関係者)との指摘もある。しかも最近は、非在来型石油のオイルサンドやオイルシェールなどが大量に埋蔵されているとわかり、新たな資源として期待がかかる。

     だが、石井さんは考えを変えなかった。石油開発業界での16年の経験と、その後の大学での物理探査工学の研究が「地球は有限」と確信させていたからだ。

     「油田は自噴する非常に効率のいいエネルギーです。しかし、自噴する力は年々落ちていく。その他の多くの資源は、簡単には取り出せません。技術で商業化が可能でも、これからの資源は結局、高くつきます。言葉を換えれば、石油以外の資源は質が悪い。再生可能エネルギーも、希薄で拡散しているものを濃縮しなければ使えず、それにはエネルギーが必要。やはり質が悪い」

     石井さんを後押しするように、国際エネルギー機関(IEA)が2010年、「石油の生産量が06年にピークを迎えた可能性が高い」と年次報告書で初めて明らかにした。同時に、非在来型石油など新資源は商業化に多くの資金が必要で、石油などの在来型より高価になり、環境に与える影響も大きいとしている。

     石井さんはこう断言する。

     「資源は有限なのに、技術に過剰な自信を持っている日本人が特に、技術で何とかなると考える。原子力発電や核燃料サイクルは、その典型でしょう。技術至上主義は安全神話を生み出してきた」

     旧制中学1年生のとき、終戦を埼玉で迎えた。真っ赤に燃える東京が目に焼きついている。「終戦近くになっても大人は『日本には神風が吹く、大丈夫だ』と言っていました。神風? 何だそれはと思っていました。日本人はどんなときでも何とかなると考えがちであることを、このことが端的に示しています。それが今につながっている」

    石井さんは、昨年の福島第1原子力発電所事故まで「原子力はむしろ必要と思っていました」と、正直に告白する。ウランは有限だが、核燃料サイクルが技術的に確立すれば、使用済みのものから核燃料を作り出せる。高速増殖原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)への期待もあった。しかしそこでは、ナトリウム漏れ事故(95年)、炉内中継装置落下事故(10年)が相次いだ。

     「核燃料サイクルの技術は、通常の原子力発電よりはるかに高度なもの。フランスやドイツがあきらめていることでわかるように、相当難しい。一連の事故で私は、実用化は無理と考えるようになりました。日本政府があきらめないのは、そこに既得権があるからにすぎません」

     放射性廃棄物の処分にも疑問を抱く。「地震国日本には安定した地層がない。そこでの地層処分はありえない」

     「3・11」を目の当たりにして、原発安全神話が「恐怖の仕組み」であったことを知った。「私たちは、技術では何ともならない領域、手をつけてはならない領域に足を踏み入れていることをはっきりと思い知らされました」と吐露する。「経済成長を信奉する人は、技術によって資源は無限となり、原子力発電も可能だと言う。それができないのだから、成長そのものを問い直す時なのです」

     日本の経済成長のためには原子力発電が必要という主張がある。原発の呪縛より先に、私たちは成長という呪縛にとらわれていないか。

     5年前、くも膜下出血で奥様の宏子さんを亡くした。クリスチャンであり、石井さんの「最大の理解者」だった宏子さんは生前、石井さんに聖書を贈った。そこに、口癖だった言葉が書かれている。

     <狭き門より入れ。命に至る門は狭く、その道は細い>

     マタイによる福音書の一節で、この言葉の前には<滅びに至る門は大きく、その道は広い。そこから入っていく者が多い>とあり、<狭き門を見いだす者はまれ>と続く。

    石井さんは、「楽に生きるな」と宏子さんが言っているように感じるという。「恵み」を野放図に使うな、と。

     宏子さんが亡くなる前年の06年、エネルギーや環境問題を中心にいろいろな人と意見を交わしていこうと、NPO法人「もったいない学会」を設立した。正式には「石油ピークを啓蒙(けいもう)し脱浪費社会をめざすもったいない学会」。会員は現在、約400人。「3・11」後、問い合わせや講演依頼が増えたという。ウェブ上での情報交換に加え、定期的にセミナーを開き、石井さんは大量生産・大量消費を支えた集中型エネルギーの時代は終わり、エネルギーを地産地消して生きていくしかない、と説いている。「脱浪費」は「脱成長」である。

     夏期大学の初日は抜けるような晴天で、遠くの峰に雪が輝いて見えた。「人は自然の恵みで生かされている」。石井さんは、改めてそう実感したという。

     取材を終えたうだるように暑い日。東京の一角で、青い空に高層ビルが突き刺さるようにのびるさまを見上げながら、石井さんの言葉をかみしめた。【内野雅一】

    ■人物略歴

     ◇いしい・よしのり

     1933年生まれ、東大理学部卒(地球物理学)。帝国石油(現・国際石油開発帝石)入社。その後、東大教授、国立環境研究所所長を務めた。東大名誉教授、NPO法人もったいない学会会長。著書に「石油ピークが来た」など。

  • #10

    t.hira (金曜日, 31 8月 2012 05:11)

    環境省戦略:洋上風力、原発8基分に 「浮体式」商用化で
    毎日新聞 2012年08月31日 

    環境省がまとめた、再生可能エネルギー4分野を大きく伸ばすための戦略が30日判明した。「2030年時点で原発ゼロ」を選択した場合、政府の試算では4分野で総発電量の約10%をまかなう必要があるため、潜在力が最も高い「洋上風力発電」を30年には原発約8基分にあたる803万キロワット(10年度は3万キロワット)に伸ばす目標を設定。海上に発電設備を浮かせる「浮体式」技術を20年までに商用化する必要があると位置づけた。

     31日に公表する。野田佳彦首相は原発ゼロにした場合の課題を検討するよう関係閣僚に指示しており、この戦略で再生可能エネルギーによる代替は可能だと示す狙いもある。

     4分野は▽洋上風力▽地熱▽バイオマス▽波力・潮力。戦略は原発ゼロを事実上想定し、原発約20基分の電力を4分野でまかなう策を提示。洋上風力については、海底に発電施設を固定する「着床式」が商用段階にあるとして、▽20年までに「浮体式」の商用段階化を確立する▽20〜30年に双方を普及させる−−とした。

    地熱(30年の目標388万キロワット)は来年度から新技術活用に向けた実証を開始。バイオマス(同600万キロワット)は20年までに公共の廃棄物焼却施設を更新・改良し効率を高める。波力・潮力(同150万キロワット)も20年までに実証実験を進める必要があるとした。【笈田直樹】

勝手創千界への

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2013年

6月

09日

勝手創千界から世界へ

この世界が持つ多くの問題への解決は待っていては果たせない

より良き社会を目指して我が「勝手自由なる提案」を創り上げていく

そして「勝手創千界」の描く世界から解決に向けての一歩を踏み出す

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2013年

1月

01日

勝手にエネルギー論を構築する

人類の行く末は「エネルギー」を如何に獲得していくかである。

日本の社会も経済も「エネルギー問題」の解決抜きには語れない。

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2012年

10月

02日

新しいエネルギー開発に向けて

「水危機」と「エネルギー危機」が目前に迫っている。この二つの「危機」だけでも「人類の生存基盤」の危機である。 一刻も早く、地球と人類にとって安全・安心な「自然エネルギー」「再生可能エネルギー」の開発が求められている。

10年、100年先の「危機管理」として、今から行動しなければ遅いことは明白だ。

「消費社会」から「循環社会」「持続可能社会」「自然共生社会」「エネルギー自立社会」へ向けての「意識改革」と「構造改革」が重要である。

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2012年

7月

08日

新しい日本改造に向けて

国の言う「国民のための判断」が本当でないことが明らかにされているいま

国民の持つ価値観として、何が大事で何が大事でないかという判断や、ものごとの優先順位づけ、ものごとの重み付けの体系の価値判断から、3.11震災を契機にした「新しい価値観」と「国民全体の幸福度」についての「提言」が、いまこそ日本に必要である。

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2012年

6月

04日

勝手に発想法を研究する

差し迫る「少子高齢化の縮小社会への突入」「産業の空洞化」「エネルギー問題」「雇用問題」「財政問題」等々・・・日本社会が抱える問題は多岐に渡るが、政治や行政や官僚に「問題解決能力」の欠如が著しい。

さらに日本の技術を支える産業界や学界の「研究開発機関」においても「劣化」が進んでいる。

今こそ「フロンティア精神」と「新しい発想」が連動して「革新的なイノベーション技術」を生み出していくことが必要だ。

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2012年

5月

01日

自然エネルギーと共に生きる

日本の自立と未来を切り開くためには、日本の国土に適合した再生可能エネルギーの社会が必要であり、最先端の日本技術を結集して「世界に誇れる日本」を創っていかなければならない。

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2012年

4月

07日

勝手創千界から「尊敬される日本」へ

まず、現状のまま進行した100年後の日本の未来を想定し、その想定社会状況から、今必要な「方策」を考えてゆく視点が必要ではないかと思っています。新しい視点が必要です。

「勝手創千界」による「勝手な発想」が「脳内停止」状態の人々に「インパクト」を与えなくてはいけません。

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2012年

3月

11日

3.11震災から海上都市計画へ

3.11震災を契機として、日本という国家のもつ様々な問題点が明らかにされ、新しい国家像が求められている。たぶんこのままでは、さらに日本の解体状況は進んでいくだろう。ラブーン海上都市計画がひとつの方向性を提示できればと思う。

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2012年

2月

19日

勝手に復興計画 in 石巻を提案

3.11震災からの新しきまちづくりとして「勝手に復興計画 in 石巻」を発進いたします。

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2011年

12月

31日

ホームページ開設

3.11震災以降、如何にすれば「津波につよいまち」が可能なのか?考えてきました。

その「ひとつの答え」を提示できればと思います。実現に向けて多くの人の意見を求めています。

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